第111話 悩み Worry
文字数 1,828文字
アイゼンは、化粧をなおして外に出た。ギンジロウが模擬刀の素振りをしている。達人のお手本を見ているように綺麗な動作だ。さすがは普段から剣を練習しているだけある。
「ギン」アイゼンは声をかけた。
ギンジロウは正しい呼吸を崩さず、返事もしない。だが、耳を傾けているのは分かる。アイゼンはそのまま続けた。
「オポポニーチェに鈴を取られた時の事を、詳細に教えてくれないか?」
ギンジロウの動きが少し乱れた。
ーー自分の失敗を話すことはプライドが傷つく。分かっている。それでも話を聞きたい。たくさんの情報を持たないと、正しい選択ができない。勝率を上げるためだ。
アイゼンは、手ぶりもまじえて切実に訴えた。
「次の試合のために、どうしても知りたいんだ」
ギンジロウは迷いながら、さらに二、三回素振りをした。
ーー俺のさっきの醜態が役に立つというのなら、恥を忍んで話すしかない。
一度自分の中の過ちを認めれば、現状も見えてくる。
ーーというか、そもそも自分から話さなくてはいけないような内容だったな。
「わかった」ギンジロウは竹刀をおろし、アイゼンと目を合わせた。
「頼む」
ーーそれでも恥ずかしいな。
自意識過剰なギンジロウは目を合わせず、軽く跳ねながら話を続けた。
「あの時は……、バラの香りがしたんだ。振り返ると、オポポニーチェがやってきた。その途端、いきなり一面バラが咲き出して、イバラが俺に絡みついてきた。俺は反射的に手で払ったが、払ったはずの手には何もつかめなかった。あっという間にイバラに包まれて目も見えなくなり、気づいたら鈴がとられていた。そんな感じだ」ギンジロウは空を見上げた。思い出すと悔しさが溢れ出してくる。だが、それでもしっかりと思い出さなければならない。自分の恐怖と不安を振り払うために。そして、次戦で借りを返すために。
「タンザと対峙した時は、ルール内なら勝つ方法はあると思った。だが、オポポニーチェにたいしては、正直どうすればいいのか、いまだに分からない。完全にパニックだった」声が震えている。
「イバラが迫ってきた時、触れられなかったの?」アイゼンは戦術を練るために、ギンジロウの記憶の洗い出しに助力した。人に質問されると思い出しやすい。
「ああ……。全く触れられなかった。ただ、VRや映画の類ではない。どう考えても存在していた。けれども触れられなかった。トゲの部分に手が当たらないようにしながら払ったんだ。しっかりと覚えている」
「オポポニーチェに鈴を奪られた時はわかった?」
「あの時はパニックに陥っていたけど……。そう言われてみれば、奪られた瞬間は気配を感じたような気がする」ギンジロウは声だけでない。体も震わせていた。
ーーこれ以上聞くのは限界だな。3回戦に差し支える。
「なるほど。それだけ聞ければ十分だ。他になにか、オポポニーチェの能力について、気づいたことがあったら教えてくれ」アイゼンは話を打ち切った。
「わかった。アイゼンも、あいつの対処方法について分かったら教えてくれよな」
「任してくれ」アイゼンは笑顔で約束を交わした。
その一動作で安心したようだ。ギンジロウは再び、闇を斬り裂けとばかりに模擬刀を振り始めた。
ギンジロウと別れた後、アイゼンは再び、真言立川流の休憩しているラウンジへと向かっていく。時間がない。急がなければならない。
ーーヌドランゲタとは点差がつきすぎた。私たちが勝つには、もはや、なりふり構っていられるフェイズではない。試合中だけではなく、交渉術でも点を稼がなければ。
今回交渉しようと思っていることは、気分を害さないようにしながら、一つでも多くの鈴をもらうことだ。
ーー41点差もついていたら、自分たちが勝てないということに気づいてもいいものなのに。勝つことよりも目的を達成することの方が大事なのに。そうしたら、自分から私たちにアプローチしてきてもおかしくないのに。
けれども、人間は自分の事を40パーセント良く思い、他人の事を40パーセント悪く思う生き物だ。また、自分自身のことは冷静に考えられない。
ーーしょせんは、一宗派という小さなコミュニティに所属している箱人間だ。理解してもらえたらいいけど……。
アイゼンはそこまで考えて首を振った。
ーーいや。いいけど、じゃない。そうなるように自分の手でしむけるんだ。1点でも多く得点を稼ぐ。これが私の戦いだ。
アイゼンは仙術、烏天狗の息吹で呼吸を整えた後、真言立川流ラウンジのブザーを押した。
「ギン」アイゼンは声をかけた。
ギンジロウは正しい呼吸を崩さず、返事もしない。だが、耳を傾けているのは分かる。アイゼンはそのまま続けた。
「オポポニーチェに鈴を取られた時の事を、詳細に教えてくれないか?」
ギンジロウの動きが少し乱れた。
ーー自分の失敗を話すことはプライドが傷つく。分かっている。それでも話を聞きたい。たくさんの情報を持たないと、正しい選択ができない。勝率を上げるためだ。
アイゼンは、手ぶりもまじえて切実に訴えた。
「次の試合のために、どうしても知りたいんだ」
ギンジロウは迷いながら、さらに二、三回素振りをした。
ーー俺のさっきの醜態が役に立つというのなら、恥を忍んで話すしかない。
一度自分の中の過ちを認めれば、現状も見えてくる。
ーーというか、そもそも自分から話さなくてはいけないような内容だったな。
「わかった」ギンジロウは竹刀をおろし、アイゼンと目を合わせた。
「頼む」
ーーそれでも恥ずかしいな。
自意識過剰なギンジロウは目を合わせず、軽く跳ねながら話を続けた。
「あの時は……、バラの香りがしたんだ。振り返ると、オポポニーチェがやってきた。その途端、いきなり一面バラが咲き出して、イバラが俺に絡みついてきた。俺は反射的に手で払ったが、払ったはずの手には何もつかめなかった。あっという間にイバラに包まれて目も見えなくなり、気づいたら鈴がとられていた。そんな感じだ」ギンジロウは空を見上げた。思い出すと悔しさが溢れ出してくる。だが、それでもしっかりと思い出さなければならない。自分の恐怖と不安を振り払うために。そして、次戦で借りを返すために。
「タンザと対峙した時は、ルール内なら勝つ方法はあると思った。だが、オポポニーチェにたいしては、正直どうすればいいのか、いまだに分からない。完全にパニックだった」声が震えている。
「イバラが迫ってきた時、触れられなかったの?」アイゼンは戦術を練るために、ギンジロウの記憶の洗い出しに助力した。人に質問されると思い出しやすい。
「ああ……。全く触れられなかった。ただ、VRや映画の類ではない。どう考えても存在していた。けれども触れられなかった。トゲの部分に手が当たらないようにしながら払ったんだ。しっかりと覚えている」
「オポポニーチェに鈴を奪られた時はわかった?」
「あの時はパニックに陥っていたけど……。そう言われてみれば、奪られた瞬間は気配を感じたような気がする」ギンジロウは声だけでない。体も震わせていた。
ーーこれ以上聞くのは限界だな。3回戦に差し支える。
「なるほど。それだけ聞ければ十分だ。他になにか、オポポニーチェの能力について、気づいたことがあったら教えてくれ」アイゼンは話を打ち切った。
「わかった。アイゼンも、あいつの対処方法について分かったら教えてくれよな」
「任してくれ」アイゼンは笑顔で約束を交わした。
その一動作で安心したようだ。ギンジロウは再び、闇を斬り裂けとばかりに模擬刀を振り始めた。
ギンジロウと別れた後、アイゼンは再び、真言立川流の休憩しているラウンジへと向かっていく。時間がない。急がなければならない。
ーーヌドランゲタとは点差がつきすぎた。私たちが勝つには、もはや、なりふり構っていられるフェイズではない。試合中だけではなく、交渉術でも点を稼がなければ。
今回交渉しようと思っていることは、気分を害さないようにしながら、一つでも多くの鈴をもらうことだ。
ーー41点差もついていたら、自分たちが勝てないということに気づいてもいいものなのに。勝つことよりも目的を達成することの方が大事なのに。そうしたら、自分から私たちにアプローチしてきてもおかしくないのに。
けれども、人間は自分の事を40パーセント良く思い、他人の事を40パーセント悪く思う生き物だ。また、自分自身のことは冷静に考えられない。
ーーしょせんは、一宗派という小さなコミュニティに所属している箱人間だ。理解してもらえたらいいけど……。
アイゼンはそこまで考えて首を振った。
ーーいや。いいけど、じゃない。そうなるように自分の手でしむけるんだ。1点でも多く得点を稼ぐ。これが私の戦いだ。
アイゼンは仙術、烏天狗の息吹で呼吸を整えた後、真言立川流ラウンジのブザーを押した。