第113話 狐と狸(2) Outfoxing Each Other

文字数 3,105文字

ーーやっと来た!
 ようやく魚が餌に食いついた。あとはバレないように、ゆっくりと釣り上げなくてはならない。アイゼンは真剣な顔をした。
「はい。ございます」
「やはり!」カンレンは身を乗り出した。
「4回戦は私たちの選んだ試合場です。大きく逆転できる仕掛けを用意しました。3回戦さえうまくいけば、私たちのどちらかが勝てるようにもできるでしょう。ただその前に……」
「その前に?」
「もっと良い方法があります」
「どんな方法ですか?」カンレンは食いつく。
「はい。ただ……、これは言いにくいのですが……」
 言いにくいと言われて、じゃあ聞きませんとなる人はいない。
「構いません。お聞かせくだされ」カンレンはやはり、アイゼンに聞いてきた。
「はい。言いにくいのですが……、あの……」
 カンレンは、次の言葉を真剣な眼差しで待つ。
「私たちは現在、同盟を結んでおります。けれどもこのままでは、どちらにせよ勝ち目が薄い。これはおわかりですか?」
 カンレンは、聞きたくなかった現実を突きつけられた。が、この後に及んで目を背けるわけにはいかない。受け入れ難いが、確かにアイゼンの言っていることは正しい。
「うむ……」渋々同意する。
「そこで、3回戦からは、同盟ではなく、取引をしませんか?」
「取引?」怪しむに足る単語だ。カンレンの表情が変わる。しかし、こちらも怪しげな表情をしたら、全ての戦術は破綻する。アイゼンは変わらず真摯に話し続けた。
「はい。お互いの目標を変えるのです」
「どういうことだ?」カンレンは眉をひそめた。
「現在、私たちは、お互いの優勝のために同盟を結んでおります。ただ、カンレンさんたちは首位と41点差、私たちも21点差。この点差を詰めるのは、現実的に考えると難しいことです。けれども、目標を変えれば達成は可能です」
「目標を変える?」
「はい。つまり、カンレンさんたちは、ドクロを取り戻すことを目標にする。私たちは、優勝だけを目標にする。そういうことです」
「貴方達が優勝する??? それでは、拙僧らがドクロを奪い返すことができないではないか? 拙僧らがドクロを奪還するには、優勝するしか道はありません」カンレンは騙されないように目を細めた。
「いえ。私たちが望んでいることは、KOKに入団できることと、護良親王のドクロが悪用されないか管理すること。それだけです。その条件を満たしさえすれば、他の全てを真言立川流に譲っても構いません」
「他のすべて? しかし、ドクロの管理が条件に入っているではないですか」
「ええ。ドクロの管理は入っております。ただし、管理のみ。貸し出しをしてはいけない、とは言われておりません」
ーーどういうことだ?
 カンレンは目を見開いた。が、構わず続ける。
「私たちが優勝したら、条件付きで、真言立川流に永遠にドクロを貸し続ける、と約束いたしましょう。証書も作ります。もちろん、賞金も折半します」
「なんと!」カンレンは少し考えた。
ーー髑髏本尊だけでなく賞金も半分もらえる? ならば、優勝したとほぼ同じ結果がもたらされるではないか。
 カンレンは、薄々自分たちが優勝することが不可能であることは感じ始めていた。ただし、騙されることだけは恥ずかしいので避けなければならない。言葉を選びながら、慎重に話を聞く。
「……条件とは、一体なんですかな?」少しずつアイゼンに引きずり込まれていることには気づかない。心の奥底では、今の自分の状況を好転させる方法を探しているからだ。
 アイゼンは、食いついた獲物をバラさないように糸を手繰った。
「条件は、KOKが管理しているという体になるということです。つまり、ドクロを悪用されると困ります、それから、メンテナンスなどの関係で、1年に2週間だけはKOKにお返し願います。もちろん、こちらが借りる時には、必ず一ヶ月前までにはご相談いたします。そうすれば、実質的には、ドクロはほとんど真言立川流で使用できる、ということになります」
 条件を伝えるだけではない。真言立川流で使用されるようになる未来までを想像させる。カンレンにとっては良い想像しか思い浮かばない。
ーーどう考えても好条件だ。拙僧らはドクロを本尊としてしか扱わぬ。しかも、儀式は長くて1ヶ月。事前に言っておいてもらえれば、何の滞りもなく使用することができる。幹部の老僧たちに理解させることが面倒だが、賞金も手に入るのだ。彼らは欲に忠実だ。おそらく、首を縦に振るだろう。
「なるほど。お話はわかりました。拙僧どもは、貴方がたの優勝に対して、どのように貢献すればよろしいのでしょうか?」
「次の3回戦以降、カンレンさんたちの鈴を、試合が始まり次第、すぐに私たちに託してください」武士の情けだ。言いづらそうな顔もアイゼンは忘れない。
「つまり……、拙僧たちは試合を諦め、他のチームに得点を奪られないよう、試合開始と同時に、全ての鈴を貴方がたに受け渡す、ということでよろしいですか?」
「はい」
ーーふーむ。
 カンレンは、腕を組んで考えた。が、熟考できるほど時間に余裕がない。作戦を練って大魚を逃すことが一番バカらしい。
 カンレンは素直に、今自分が思っていることをアイゼンに伝えた。
「それよりも、お互い協力して3回戦の1周を切り抜け、ヌドランゲタを倒しきり、貴方がたが20点を獲得してから拙僧らの鈴を渡す方が、優勝の確率は上がりませんか?」
「もちろん、それらが全てうまくいけば、優勝できるでしょう。けれども、それは希望です。作戦において、希望と現実は分けなければなりません。不確定な出来事に身を任せると、目標を達成する可能性は低くなります。つまり、その計算には、カンレンさんたちや私たちが鈴を奪られるという可能性や、1周できない可能性などは、一切考慮に入れておりません」
ーー失敗することも計算に入れる??? 成功を信じて突き進むのが、勝利への道なのではないのか?
 アイゼンも、こんなにボンヤリとした答えでカンレンを納得させられるとは思っていない。説明を続ける。
「このザ・ゲームという競技は、簡単にいうと、1試合42点、合計168点という得点の奪い合いです。カンレンさんたちの実力を疑っているわけではありませんが、相手にカンレンさんたちの得点が渡ってしまうほど、私たちが優勝できる可能性は低くなります。逆にいうと、私たちに得点をくださるほど、優勝できる可能性は高くなります」ここで具体的な数字を出す。人は数字や統計に弱い。
「現在、私たちとトップとの差は21点です。けれども、カンレンさんたちの鈴を2試合分渡してくだされば、18点プラスされて差は3点になります。さらに、4回戦目はネズミチーム。私たちは尻尾を持てます。尻尾は5点、鈴は3点なので、1本につき2点のリード、合計6点のアドバンテージを得ることができます。つまり、カンレンさんたちが協力さえしてくだされば、私たちは現時点でプラス24点。ヌドランゲタより3点勝っている計算になります」
「なるほど……」
ーー拙僧らが手伝うと決めるだけで、KOKは現時点で首位になるのか……。確かにその計算だと、拙僧らよりもKOKの方が優勝する確率は高い。
 小さなプライドは潰せばいい。全てはドクロが取り戻せれば回収できることだ。カンレンは、取引に関しては問題がなかった。しかし、1点だけ疑問を持っていた。
ーー確かに、拙僧らには勝ち目がない。だが、相手は曲者揃いのリリウス・ヌドリーナと黄金薔薇十字団だ。その中で、KOKが本当に優勝することができるのだろうか。
 つまり、実力を疑っているのだ。
 カンレンは、改まった態度で質問をした。
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