第88話 2回戦(2) Second Round
文字数 2,459文字
リリウス・ヌドリーナが進んで5分後。黄金薔薇十字団も、プーさんのハニーハントへと入っていく。
ーー時間だぜい。
出番を待っているサオリは、黒いミニスカジャージと鈴に加え、先ほど買った黒耳カチューシャを頭につけた。完璧なクロネコスタイルだ。
「どこで手に入れたの?」先ほどまで持っていなかった黒耳だ。アイゼンが尋ねる。
「これ? フィガロ。ピノキオの」サオリは自慢げに答えた。
「ジミニークリケットと一緒だね」フィガロもジミニークリケットも、ディズニーアニメのピノキオにでてくる登場人物だ。ギンジロウはそこそこディズニーに詳しい。
「どう?」サオリはクルリと一回転した。
可愛すぎて、ギンジロウは何も言えない。「かわいー」と言ってサオリを抱きしめているアイゼンのことを、ただ羨ましく見つめていた。
5分が経過した。
「2時16分。ダビデおーの騎士団の、出番だよー」プーさんが呼び込む。
ーーやと来た! 今度こそ活躍を君たちにお約束しよう!
君たちが誰かはまったく分からない。サオリは、勢いよくプーさんのハニーハントへと走ろうとした。
だが、サオリの勢いは、一歩目でアイゼンによって止められた。踏み切りのように長い腕がサオリを止める。
緊張した顔のアイゼンが、まず先頭を進んでいく。
ーーどうぞ。
ギンジロウに譲られ、サオリがアイゼンの後につく。
そして最後がギンジロウ。
3人は、イギリスの田園風景が広がる夜の庭園を、白い屋根がついた道沿いに進んでいった。
わーっ、と突っ込んでいきたいサオリは不満だった。
ーーなーんかアタピ、2人に守られて進んでるみたいなんだよねー。
「沙織、強いのにねっ!」アカピルが憤慨する。
「いい子いい子してあげる」キーピルが慰めてくれる。
そうこうしながら庭と納屋を越えていくと、いよいよ絵本でできた建物、プーさんのハニーハントへと突入する。
第2エリア、絵本の森だ。建物の中は高さ3メートル、幅1.5メートル程度の大きさの本のページを模したオブジェが、クネクネに作られた道順いっぱいに立ち並んでいる。オブジェは絵本らしく、クマのプーさんの登場人物が、サオリと同じくらいの大きさで描かれている。
ーー大きな絵本のページが並んでる!
軽快な音楽も流れている。クリケットのアトラクションツアーで見た映像より、100倍は楽しそうだ。
ーーなにこれ!
サオリはウキウキ気分で足を踏み入れた。けれどもその瞬間、サオリのウキウキ気分は蒸発した。まるで人が殺された現場なのではないかといぶかしむほどの、痛々しく、強烈なオーラを体全体に感じたからだ。
ーーわ! のどかな物語とは大違い。
真剣な顔になる。あたりを見回すと、部屋の奥にある2枚のオブジェの裏側から、とんでもなく強烈なオーラを感じた。
サオリは、アイゼンとギンジロウを見た。2人は自分よりも優れている錬金術師だ。このオーラに気づかないはずはない。だが、気づいていないような顔をしている。
ーーわかってるの?
2人の足取りは淀みない。何も言わなければ、このまま進む。2つのオーラの間に入れば、挟み撃ちをされてしまう。
「アイちゃ」サオリは注意をしようとした。が、アイゼンから口に指を当てられる。ギンジロウも気づいているようだ。歩みには動揺がないが、額にはうっすらと脂汗が浮かんでいる。
ーー気づいてるの? じゃあ……、アイちゃんを信じよう。
武器を持たずにホッキョクグマの檻に入るような緊張感。先ほどまでの絵本を読みたいなどという気持ちは雲散霧消している。まるで、東京ドームのランウェイで、5万人の観衆に見られながら、裸でモデルウォークする。そんなビンビンの視線を感じる。
ーー平気かな……。平気かな……。
ビクビクとした気持ちを隠しながら歩いていく。
ーー何も考えない。ただ歩く。
死んでもいい。進むと決めたら進むしかない。バンジージャンプをした時もこんな感じだった。
サオリたちは、凶悪なオーラの広がるオブジェの間を、何事もなく、無事に抜けきることができた。
ーーよかたー。
奥は薄暗くなっており、蜂蜜壺を模したハニーポッドが続々と流れてくる。第3エリア、乗壺口だ。
サオリはアイゼンに促され、流れてきたハニーポッドに乗った。
ハニーポッドはゆっくりと流れていく。ここまで来て、アイゼンはひとつ、呼吸を深く吐いた。
「なんで平気だったの?」
先ほどの殺されるほどのオーラ。だが、無事にすんだ。サオリはなぜ、あの危ない状況を無視して進むことができたのかを聞きたかった。
アイゼンは答えた。
「待ち伏せしていたのはGRCではなく、ヌドランゲタだったってことはわかったでしょ?」
言われて考えた。
ーー確かにあの禍々しいオーラは、1回戦で感じたタンザとビンゴのものだった。
サオリはうなづいた。
「ヌドランゲタなら、私たちの前にGRCが通ったはず。けれども争った形跡がなかった。誰かがリタイアしたというアナウンスもなかった。ということは、素通りさせたってことでしょ? そしてヌドランゲタは、立川流と敵対関係にある。私たちと戦えば、必ず5分後には立川流がやってくる。そうなったら、一気に数的不利になる。戦術の基本は各個撃破。あの戦術に長けたヌドランゲタたちが、そんな危険は冒すはずがない。これらを加味すると、私たちも見逃される可能性が高かったってわけ」
ーーそんなこと考えてたんだ。
サオリは、ギンジロウを見た。
「俺はただ、どんな状況でも勝つ。それだけを考えてただけだよ」ギンジロウは頭をかいた。
ーーいやいや。立派だよ。
サオリは、大人の考えを持っている2人に感動した。と同時に、少しだけ嫉妬した。
「降りるよ」そんなサオリの気持ちなど露知らず、次のエリア、100エーカーの森に入る直前で、サオリたち3人はハニーポッドを降りた。
よくわからないが、アイゼンは色々考えている。
ーー今はアイちゃんの言う通りに作戦を遂行しよう。
サオリは1人の従順な兵士になったつもりで、軽快にハニーポッドから跳び降りた。
ーー時間だぜい。
出番を待っているサオリは、黒いミニスカジャージと鈴に加え、先ほど買った黒耳カチューシャを頭につけた。完璧なクロネコスタイルだ。
「どこで手に入れたの?」先ほどまで持っていなかった黒耳だ。アイゼンが尋ねる。
「これ? フィガロ。ピノキオの」サオリは自慢げに答えた。
「ジミニークリケットと一緒だね」フィガロもジミニークリケットも、ディズニーアニメのピノキオにでてくる登場人物だ。ギンジロウはそこそこディズニーに詳しい。
「どう?」サオリはクルリと一回転した。
可愛すぎて、ギンジロウは何も言えない。「かわいー」と言ってサオリを抱きしめているアイゼンのことを、ただ羨ましく見つめていた。
5分が経過した。
「2時16分。ダビデおーの騎士団の、出番だよー」プーさんが呼び込む。
ーーやと来た! 今度こそ活躍を君たちにお約束しよう!
君たちが誰かはまったく分からない。サオリは、勢いよくプーさんのハニーハントへと走ろうとした。
だが、サオリの勢いは、一歩目でアイゼンによって止められた。踏み切りのように長い腕がサオリを止める。
緊張した顔のアイゼンが、まず先頭を進んでいく。
ーーどうぞ。
ギンジロウに譲られ、サオリがアイゼンの後につく。
そして最後がギンジロウ。
3人は、イギリスの田園風景が広がる夜の庭園を、白い屋根がついた道沿いに進んでいった。
わーっ、と突っ込んでいきたいサオリは不満だった。
ーーなーんかアタピ、2人に守られて進んでるみたいなんだよねー。
「沙織、強いのにねっ!」アカピルが憤慨する。
「いい子いい子してあげる」キーピルが慰めてくれる。
そうこうしながら庭と納屋を越えていくと、いよいよ絵本でできた建物、プーさんのハニーハントへと突入する。
第2エリア、絵本の森だ。建物の中は高さ3メートル、幅1.5メートル程度の大きさの本のページを模したオブジェが、クネクネに作られた道順いっぱいに立ち並んでいる。オブジェは絵本らしく、クマのプーさんの登場人物が、サオリと同じくらいの大きさで描かれている。
ーー大きな絵本のページが並んでる!
軽快な音楽も流れている。クリケットのアトラクションツアーで見た映像より、100倍は楽しそうだ。
ーーなにこれ!
サオリはウキウキ気分で足を踏み入れた。けれどもその瞬間、サオリのウキウキ気分は蒸発した。まるで人が殺された現場なのではないかといぶかしむほどの、痛々しく、強烈なオーラを体全体に感じたからだ。
ーーわ! のどかな物語とは大違い。
真剣な顔になる。あたりを見回すと、部屋の奥にある2枚のオブジェの裏側から、とんでもなく強烈なオーラを感じた。
サオリは、アイゼンとギンジロウを見た。2人は自分よりも優れている錬金術師だ。このオーラに気づかないはずはない。だが、気づいていないような顔をしている。
ーーわかってるの?
2人の足取りは淀みない。何も言わなければ、このまま進む。2つのオーラの間に入れば、挟み撃ちをされてしまう。
「アイちゃ」サオリは注意をしようとした。が、アイゼンから口に指を当てられる。ギンジロウも気づいているようだ。歩みには動揺がないが、額にはうっすらと脂汗が浮かんでいる。
ーー気づいてるの? じゃあ……、アイちゃんを信じよう。
武器を持たずにホッキョクグマの檻に入るような緊張感。先ほどまでの絵本を読みたいなどという気持ちは雲散霧消している。まるで、東京ドームのランウェイで、5万人の観衆に見られながら、裸でモデルウォークする。そんなビンビンの視線を感じる。
ーー平気かな……。平気かな……。
ビクビクとした気持ちを隠しながら歩いていく。
ーー何も考えない。ただ歩く。
死んでもいい。進むと決めたら進むしかない。バンジージャンプをした時もこんな感じだった。
サオリたちは、凶悪なオーラの広がるオブジェの間を、何事もなく、無事に抜けきることができた。
ーーよかたー。
奥は薄暗くなっており、蜂蜜壺を模したハニーポッドが続々と流れてくる。第3エリア、乗壺口だ。
サオリはアイゼンに促され、流れてきたハニーポッドに乗った。
ハニーポッドはゆっくりと流れていく。ここまで来て、アイゼンはひとつ、呼吸を深く吐いた。
「なんで平気だったの?」
先ほどの殺されるほどのオーラ。だが、無事にすんだ。サオリはなぜ、あの危ない状況を無視して進むことができたのかを聞きたかった。
アイゼンは答えた。
「待ち伏せしていたのはGRCではなく、ヌドランゲタだったってことはわかったでしょ?」
言われて考えた。
ーー確かにあの禍々しいオーラは、1回戦で感じたタンザとビンゴのものだった。
サオリはうなづいた。
「ヌドランゲタなら、私たちの前にGRCが通ったはず。けれども争った形跡がなかった。誰かがリタイアしたというアナウンスもなかった。ということは、素通りさせたってことでしょ? そしてヌドランゲタは、立川流と敵対関係にある。私たちと戦えば、必ず5分後には立川流がやってくる。そうなったら、一気に数的不利になる。戦術の基本は各個撃破。あの戦術に長けたヌドランゲタたちが、そんな危険は冒すはずがない。これらを加味すると、私たちも見逃される可能性が高かったってわけ」
ーーそんなこと考えてたんだ。
サオリは、ギンジロウを見た。
「俺はただ、どんな状況でも勝つ。それだけを考えてただけだよ」ギンジロウは頭をかいた。
ーーいやいや。立派だよ。
サオリは、大人の考えを持っている2人に感動した。と同時に、少しだけ嫉妬した。
「降りるよ」そんなサオリの気持ちなど露知らず、次のエリア、100エーカーの森に入る直前で、サオリたち3人はハニーポッドを降りた。
よくわからないが、アイゼンは色々考えている。
ーー今はアイちゃんの言う通りに作戦を遂行しよう。
サオリは1人の従順な兵士になったつもりで、軽快にハニーポッドから跳び降りた。