第100話 2回戦(14) Second Round

文字数 1,549文字

 一方、寝ているサオリから離れたアイゼンは、警戒しながら乗壺口近くまで戻り、タンザとビンゴを視界にとらえた。
ーー追ってきてないんだ。
 これは意外だった。リリウス・ヌドリーナは交戦的だと思っていたからだ。乗壺口の壁に隠れ、タンザとビンゴの様子をうかがう。
 2人とも何かを話している。だが油断しているわけではない。乗壺口からは目を逸らさない。彼らの尻尾を奪うには、隠れる場所がない中を、10メートルは進まなければならない。
ーーここで2人を相手に闘う? 無茶無理無謀のオンパレードだな。
 こっちは1人。そのうえ、奪わなければならない尻尾は、相手の背後についている。地の利が悪すぎる。真っ正面から立ち向かっても、勝てる算段が思い浮かばない。
ーーサオリの寝ているところ。第5エリア、ティガーのトランポリン床があるエリアなら、1対2でも勝算はある。あそこは暗くて狭い。気配を殺し、弾むリズムに合わせた私に気づく事は、ミハエルほどの達人でも難しいだろう。2人よりも私の方が逃げ足も速い。ここは姿を見せて挑発し、トランポリン床までおびき寄せるか。
 隠れていたアイゼンは立ち上がり、わざと、タンザとビンゴの2人から見える場所まで歩いていった。距離はおよそ8メートル。
「やろ。来やがったぜ、ブラザー」ビンゴはすぐにアイゼンを見つけた。
「ふん」タンザは余裕の笑みを浮かべる。腰を上げようとはしない。
 実際、余裕なのだ。日本人女性としてはかなり高身長のアイゼンだが、2メートルを優に超えているタンザとビンゴにとっては、ただの可愛い女の子に過ぎない。
 アイゼンは英語で挑発した。
「そこの大きなお2人さん。今が試合中って知ってる? 私がこんなに無防備で待ってるっていうのに。奪りにこないの? 鈴、あるよ」言いながら鈴を鳴らす。
「てめ」身を乗り出したビンゴを、タンザは手で押さえた。
ーーなぜだ?
 ビンゴはタンザを見るが、タンザは気にせず、アイゼンに話しかける。
「お前、なんて名前だっけ? まぁ、仔猫ちゃんでいいか。お前に白人が使用する、英語、という言語を教えてやろう。この試合は、キャッチ・ザ・マウス。つまり、お前たちが、俺たちを捕まえるゲームだ。今が試合中だと分かっているなら、来いよ、仔猫ちゃん」
「対戦相手の名前も覚えてないなんて、失礼じゃない? イタリアの男は、女の子を大事に扱うって聞いたんだけど。私の名前はラーガ・ラージャ。ちゃんと覚えておいて」
「悪ぃ悪ぃ。あまりにも小物だから、まったく覚えられなかったぜ、仔猫ちゃん」
「あら、あなた、ずいぶん自分を大物だと思っているみたいね。女の子1人も捕まえられないのに。あなたは大物じゃないわ。ビッグマウスよ」
「ハッ」
「面白い冗談じゃねーか」暇つぶしにちょうどいい。タンザとビンゴは笑った。
 アイゼンは話しながら、1歩、2歩と近づいていく。距離は4メートル。逃げられる距離のギリギリだ。だが。タンザたちは動かない。
「50分経過」プーさんのアナウンスが流れる。
 アイゼンは挑発を繰り返した。
 最初はビンゴは挑発にのりそうだった。だが、タンザの意図がわかったのだろう。動こうとはせず、からかうだけとなる。
 動かないなら隙を見て一気に尻尾をとろう、とも思ったが、さすがにそこまでの隙はない。
ーーこれは話にならない。
 アイゼンは、挑発がわりに背中を向け、堂々と後ろに戻り、乗壺口近くに腰を下ろした。
 追ってくればこっちのもの。追ってこなくても、3回戦のために体力を回復させることができる。
 パン!
 タンザは突然、足を大きく地面に叩きつけた。アイゼンは飛び退る。だが、タンザに追う意思はない。立つフリをして、アイゼンをビビらせただけだ。
 アイゼンの姿を見て、タンザはピンゴと大笑いをした。
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