第1話 全ての物語は世界塔から始まる World Tower 

文字数 1,857文字

「すごいなセバスチャン、この高さは。まるで神々の視点に挑戦しているかのようだ」
 一人の男が、エレベータフィッシュの中でもレアなスケルトンタイプの腹にぺったりと顔を押しつけてはしゃいでいる。中肉中背で年は40から50代。もうけして若くはない。目が細く、ずっと笑っている。服装はいちおうスーツ姿なのだが、着崩しているために全くフォーマルに見えない。まるまると太った灰色猫を抱いている。髪はパーマの日本人。遠藤双葉と猫のトリュフだ。
「そうでございますね」
 その後ろには、フタバとは正反対の男が微笑んでいる。背が高く細身だが、そのモーニングスーツを脱ぐと筋骨隆々であることがすぐわかる。姿勢がいい。年齢はフタバと同じくらいだが、白髪が目立つ。鼻が大きなところが特徴だが、容姿は整っている。上品だ。髪はオールバックのユダヤ人、セバスチャン・ダビデだ。
 二人と一匹は、長い長い上昇を感じていた。リアルカディアにある世界塔のエレベーターフィッシュを使って、円卓の間に向かっているのだ。
 フタバはゆっくり深呼吸を続けた。いくらノンビリ屋として知られているフタバでも、円卓の間に呼ばれるのは緊張する。
ーーしかもノンビリ屋と思われているから、緊張しているそぶりも見せられないんだよなぁ。
 フタバは、強い重力に逆らうかのように伸びをしながら考えた。
 今回呼ばれた理由を。

 世界は一つしかないとお思いの方も多く、また、ほとんどの人間は片方の中で一生を終えていく。だが、この世界には二つの世界が存在する。我々の住んでいる現実の世界であるリアルと、リアルで起こる想像によって創造される理想の世界、アルカディアだ。二つの世界を知る者は、リアルにいる我々のような生物をリアリスト、アルカディアにいる空想生物をアルカディアンと呼んでいる。両者は基本的に、お互いが触れ合うことがない。だが、ここリアルカディアでだけは、夢の片鱗が擬似体験できる。
 リアルカディアは、水晶と水鏡の王、ジョセフ・シュガーマンが創生した国だ。リアルとアルカディアの間に位置している。街並みは水晶や鏡やガラスのような物質で構成されている。とても幻想的だ。歩いているのも人間だけではない。エルフ、ドワーフ、怪物、妖怪。人々が想像したあらゆる種類の生き物がいる。だが、街並みにあいまって違和感を感じさせない。天井は大きなドームで包み込まれているかのように明るい雲で覆われている。建物は高くても20メートル程度だが、一つだけ、天まで届く白い塔がそびえたっている。どこからでも見える塔。それこそが、今、フタバのいる世界塔だ。
 その名の通り世界の中心にそびえ立つ塔で、階数は人の夢の数だけあるといわれている。今回フタバが呼ばれた円卓の間は、アルカディアの代表である女王陛下の騎士団KOQと、リアルの代表であるダビデ王の騎士団KOKが世界のバランスについて協議する会議室である。そんな世界の偉い生物たちが集まった場所に呼ばれるということは、重要な話があるに違いない。
 普段、フタバは自由気ままに生きている。詩人として十代で爆発的な人気を誇り、二十二歳で書くことをやめ、三十歳まで戦略コンサルタントをした後は、紹介業という名の浮浪生活を続けている。まったく働いていない。
 とはいえ、いつも家にいるタイプではなく、西に面白そうなものがあれば飛行機で飛び、東に面白そうな人物がいれば車を飛ばすような生活をしている。ブランドものやパーティなどの派手な生活は好まないものの、お金を全く使わないタイプの人間とは程遠い。
 それでもお金のことを考えることなく自由に生活ができているのは、けして若い頃に稼いだおかげだけではない。自分の欲しいだけのお金を、ダビデ家から援助されているのだ。これは、ダビデ家の六男、セバスチャン・ダビデが、フタバのことを大好きだからだ。
 セバスチャンは、フタバの書いた詩は全編暗記している。兄貴のように慕い、執事のような格好をし、ボディガード兼親友として、いつも一緒について回っている。
 フタバも、これだけいつも好き勝手をやらせてもらっているのに、普段絶対に何かを頼んでくることのないダビデ家からの依頼とあらば、さすがに腰を上げないわけにはいかない。
ーーしかし一体、何だっていうのだろう。オイラにしかできない依頼というのは。
 フタバは伸びをした体を一斉に弛緩させ、もう一度大きく息を吐いた。
「まっ、いずれにせよ」
 そう言ったフタバの目は、いつも通りの緩く、優しい目に戻っていた。
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