第64話 1回戦(2) First Round

文字数 1,768文字

「ネズミチーム、真言立川流。なんと、屋根の上に登ってしまったー! 他の選手からは、屋根の上の様子が一切わかりません!!」クーの実況に熱が入る。
 ワイアヌエヌエ・カジノにいる観客たちは熱狂した。
「驚きましたね」クーがゲストに話を振る。
「なるほど。戦いでは上の位置にいる方が有利だということは、戦術の基礎中の基礎。まさか、ここでそれをおこなうとは」マックス・ビーは深くうなづいた。
 真言立川流の3人は、両手を腰に当て、他のチームを見下ろしている。
「もし誰かが登ってこようとしても、柱は細くて登りにくい。コントロール室の屋根から跳び上がるにしても上から撃ち落とせる。最初の5分間だけは自分たちのチームしかいないというアドバンテージを生かした、見事な戦術だね」フタバも興味津々だ。
「うむ。ヌドランゲタに近づいていったのも、実際の身長と手足の長さを見て、屋根に手が届くかどうかを調べていたようだな」マックス・ビーも感心して付け加えた。
「これから真言立川流は、どのような戦い方を展開していくと予想されますか?」クーが尋ねる。
「うーん。色々な選択肢があるなー。試合はネズミチームかネコチームが全滅するか、1時間経たないと終わらない。この1回戦では自分たちの体力は温存し、下で3チームを争わせて、疲弊や怪我をさせるのもいい。上から相手を分析して、自分たちを狙おうとしてきた時だけ攻撃するのもいい。最低でも尻尾3つ分、15点を稼げる。防御にも攻撃にも優れた、1回戦にふさわしい戦法だ」フタバは、解説者らしいことを言ってみた。
「うむ。最初はネズミチームが逃げられないように、1時間経ったら尻尾も3点にするというルールだった。だが、ルールが変更されたせいで、この戦法が有効になった。これは臆病というよりも、クレバーな戦術だな。ヌドランゲタは今頃、ルールを変えたことを後悔しているだろう」マックス・ビーの言葉にフタバもうなづいた。
「なるほど。真言立川流は、戦略において、一歩アドバンテージをとったということですね!」クーは丁寧にまとめた。
ーーただ、せっかくの面白そうなステージなのに、勝ちにこだわって逃げるだけ、てのは美しくないなー。
 フタバは、誰かがこのつまらない戦法をぶち壊してくれることを願った。

「5分経過。ダニエレ・ヌドリーナ。どーぞお入り、ドーン!」
 フタバと同じことを願っている観客がいるようだ。リリウス・ヌドリーナがドーンマウスに呼ばれると、客たちの声援は、期待と共に、いっそう大きくなった。
 もちろん、その声援は本人たちには届いていない。だが、この世界は不思議なものだ。物理的には届いていなくとも、本人たちのやる気に一役買っていることは疑いようがない。

「戦闘開始だな」タンザが指を鳴らす。
 低い柵をまたぎ、ビンゴと共にアトラクション内に入る。ボルサリーノも、遅れてノソノソと柵を乗り越えている。白いスーツを着た3人のマフィアは、ついにアリスのティーパーティーにお呼ばれされた。
 ベルサーチの特注高級スーツは、パーティーの参加者にふさわしい格好だ。極彩色のライトが降り注ぎ、不思議な感覚になる音楽の中、タンザはビンゴと話しながら、軽く体を揺すっていた。
「はっはっは。いい雰囲気のステージだな」
「ああ、ブラザー。デリリウム・トレメンスのラベルみたいなイカれ具合だ。酔い覚ましに踊るにはちょうどいい」

 リリウス・ヌドリーナと契約を結んでいるネコたちによって、それぞれをクローズアップした映像が、ワイアヌエヌエ・カジノの巨大スクリーンに映し出される。音声は聞こえないが、雰囲気だけはよくわかる。
「ずいぶんと余裕ですね」戦法で一歩遅れをとっているのだ。余裕などあるはずがない。クーが不思議がる。
「いや。戦場に入ってわかった。彼らはかなりの戦闘力を持っている。戦闘経験も豊富だ。本当にCランクなのか? 優勝に一番近いのは、もしかしたら彼らたちなのかもしれないな」マックス・ビーは、強い緊張感をあらわにした。
「うん。強いね。殺気が空気の中を漂ってる」フタバも同意した。
ーーでも、彼らに求めるのは、真言立川流にたいする怒りなんだよなー。余裕な表情なんて別に見たかぁないんだよ。
 フタバはそつのない解説をしながら、サオリたちの出番が来ることを楽しみに待っていた。
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