第141話 VIPルームC VIP ROOM C

文字数 2,179文字

 VIPルームCは整然としていた。前室には規定通りのスーツを着た10人が姿勢を崩さず警備をしている。テレビもついていない。本室にもラウンジガールすらいない。2人の紳士が冷酷な視線で階下の客を眺めているだけだ。
 1人は46歳の細めな白人男性。身長は180センチを少し越えている。おでこがハゲ上がり、メガネをかけているが、鼻が高く、顔は整っている。美しい所作。明らかなカリスマ性。アメリカ合衆国国家安全保障問題担当大統領特別補佐官、マクジョージ・バンディである。
 隣にいる一回り歳をとった男性は、叔父のハリー・バンディだ。身長も外見もそれとなく似ている。違う部分は、整えた白髪がしっかりと残っており、眼鏡もかけていないところだ。皺も多い。バラ十字会の幹部をつとめている。
 バラ十字会は世界90カ国にある友愛学術団体だ。古代エジプトから続く神秘学を教えている。創設の歴史は古く、かつてはレオナルド・ダ・ヴィンチやニュートンも入会していたようだ。この大きな組織は特徴によって更に分化されている。例えば、バラ十字カバラ団は芸術家の集まりであり、バラ十字団は錬金術師の集まりである。黄金薔薇十字団は更にその分派で、より危険度の高い、法律を無視した実験をおこなっている錬金術師の集団だ。
 黄金薔薇十字団が今回のザ・ゲームに出場している理由も、マクジョージに頼まれたハリーが手を回したからである。
「真言立川流? ヌドランゲタ? KOK? 本当の主役はバンディ家擁するGRCに決まっている」黄金薔薇十字団の大量得点での勝利を見届けた後、マクジョージは一息でウィスキーを飲み干した。
 すぐにグラスは下げられ、丸い大きな氷の入った新たなウィスキーグラスが置かれる。ハリーがマクジョージのために入れたのだ。
 ハリーの方が年齢は上だが、マクジョージはバンディ本家の血筋を引いている。立場は上だ。とはいえ、そんなことは関係なしに2人はウマがあっていた。
 バンディ家。イルミナティ13血流のひとつ。デュポン家と同じく、名門の権力者である。「本当の権力を知りたければ、横から助言しているものを見ることだ」という有名な言葉で評される、アメリカを裏で牛耳っている黒幕だ。大統領を傀儡として、内政の戦略と民主党は兄のウイリアム、外政の戦略と共和党は弟のマクジョージが担当している。
 イルミナティは世界中の権力者が集まり、世界の行末を作成する組織である。とはいえ大きな組織だ。世界統一をしようとしているが一枚岩ではない。それぞれが統一のやり方についての意見を持っている。その中でも大きな勢力を持っている2家がある。イギリス王家とローマ教皇を中心にすえた世界統一を実行したいロスチャイルド家。そして、アメリカ国家を中心に民主主義をすすめたいロックフェラー家である。
 これは13血流の間でも方向性が統一できていない。どちらが支配するかによって一族の儲けが大きく変わるからだ。バンディ家はアメリカの成長と共に一族が大きくなるため、もちろんロックフェラー派閥に属している。リリウス・ヌドリーナのバックについているデュポン家はロスチャイルド派閥に属している。ダビデ王の騎士団のバックについているダビデ家はユダヤ人が隆盛であれば問題ない。中立の立場だ。
 マクジョージが今回ザ・ゲームに参戦した理由も、デュポン家に一因がある。「機械化」と「遺伝子組み換え」によって新しい人類の未来を作ろうと考えるデュポン家。ホムンクルスによる「人権のない従順な奴隷」を作り出して新しい人類の未来を刻んでいこうと考えるバンディ家。これは両家の覇権争いだ。
 さらにDeath13の存在もバンディ家にとっては都合が悪い。ロスチャイルド家が血眼になって「Death13と黒の女王と呼ばれる娘を探している」という情報は傍受した。だが、何のために必要とされているかは分からない。こんなにも盛大に探している以上、大きな力を持っているはずだ。
 この世界は力を持つ者が支配する。自分たちが理解できない大きな力を他の勢力が持つことは極めて危険だ。自分たちの未来が脅かされる。世界の権力者が断固として日本に原子力爆弾を持たせないことも、国連の常任理事国に任命させないことも、それが理由だ。無駄に他の勢力に力を持たせるべきではない。相手の欲しい力を先に奪う必要がある。ゆえにバンディ家は、今回のザ・ゲームへの参戦を決めたのだ。
「しかしオポポニーチェ。いささか強すぎましたな」ハリーはゆっくりと意見した。
「そうだな」マクジョージは眼下を見る。表情は変わらない。
「彼の錬金術師ランクはいくつなんだい?」
「彼が本物だとしたら、生前のランクはAFS2でした」ハリーも冷静に答える。
「SSランクか。人間価値ではA++。そんな彼をCランク戦にねじ込んだのは少々やりすぎであったかもな」抑揚は変わらない。
「私もまさか、こんな大物を用意してくれるとは思ってもいませんでした」ハリーも同様だ。
 機械のような起伏の無いやりとり。傍目には全く盛り上がっていない。だが、2人の中では盛り上がっている。この天才たちの仲がいいのは、これで居心地がいいと感じられるところかもしれない。
ーーGRCへの資金提供を少し増加させてやろう。
 マクジョージは無表情のままウィスキーを口に含んだ。
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