第184話 酒は飲ませ過ぎるな 徒然草87

文字数 912文字

□下男に酒を飲ませることは、心すべきことである。宇治に住んでいた男が、京に、具覚房という優雅な遁世僧と、妻の兄弟である小舅であったので、常に親しくさせて頂いていた。ある時、迎えに馬を遣わしたところ、「遙か遠いところだ。馬の口を取る男に、まづ一杯酒を飲ませてやれ」とて、酒を出したれば、差したら受け、差たらし受け、ぐいぐいと飲みでしまった。太刀を佩いて勇ましそうであり、頼もしく覚えて、召し連れて行くうちに、木幡のあたりで、奈良法師の、兵士を大勢連れて行くのに出会った。この馬の口取り男が立ち向って、「日が暮れたる山中にて怪しき者ぞ。そこに止まれ」と言いて、太刀を引き抜くと、相手も皆太刀を抜き、矢を弓につなげなどしたので、具覚房は、手を擦りあわせ、「正気でなく酔いたる者に候。まげてお許しくだされ」と言いければ、相手方は嘲りながら過ぎて行った。この馬の口取り男は、具覚房に向かって、「御房は悔しいことをし給いつるものかな。儂は酔ってはおらんのです。手柄を立てようとする所を、抜いた太刀を無駄にされなさった」と怒って、ためらいもなく愚覚坊を斬りに斬って馬から落としてしまった。そして「山賊がいるぞ」と叫んだので、里人が大勢出て来たところ、「我こそ山賊だ」と言いて、走りかかりながら斬り回してきたので、大勢で手負わせ、打ち伏して縛りあげた。馬は血だらけで、宇治大路の家に走り入った。もってのほかだと主人は、下僕達を大勢駆けつけさせたところ、具覚房はくちなしの茂る野原にうめき声をあげ臥していたるを、捜しだして、担ぎだして連れて来た。からくも命は生きとどめたけれど、腰を斬り損ぜられて、障害者になりにけり。
※愚覚房さんの親類にあたる下男は通常は真面目に仕事をしたのだろうが、馬の口取りの仕事をさせ、遠くまで出かけるというので気合を付けるため、酒を振る舞ってあげた。度を越す程飲ませたため、酔っぱらって刀を持っての大立回り。親類の具覚房さんまで斬り付け大怪我をさせた。下僕なんかに酒を飲ませるのも、ほどほどにするがいいという教訓なのでありましょう。
このシーンは時代劇にでもありそうな、情景を彷彿とさせるではありませんか。
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