第217話 祇園精舎の鐘は黄鐘調 徒然草220

文字数 1,108文字

□「何事も片田舎は下品で、教養もないが、天王寺の舞楽のみ都に恥じることがない」と言うと、天王寺の雅楽を演奏する人が申しますには、「当寺の雅楽は、よく図竹という調子笛で調音しますので、楽器の音が 立派に整っておりますので、外よりも優れているのです。その理由は、聖徳太子の御時の図竹が、今に伝わると模範とするからです。いはゆる六時堂の前の鐘であります。その音は、黄鐘調が中心です。寒暑に随いて高くなったり下がったりしますので、二月の涅槃会より聖霊会までの中間の音を基準とします。これは秘蔵のことであります。この一調子をもって、いづれの楽器も音を調えるのです」と申しました。凡そ鐘の音は黄鐘調であるはずである。この音は無常の調子であり、祇園精舎の無常院の音である。西園寺の鐘も、黄鐘調に鋳造されられべしということで、何度も、鋳直されたけれども叶わなかったのを、遠国より捜し出されたという。浄金剛院の鐘の音また黄鐘調である。
※昔は田舎は下品で教養もない人が多かったのでしょうが、今は違いまっせ、テレビも移動も知識もけた違いに進歩してまっせ。それはいいとして、今回も音楽の話です。祇園精舎の鐘の声といいいますが、声とは音のことですね,諸行無常の響きあり、その響きが黄鐘調(オウショウチョウ)というのですか。ごーーんという除夜の鐘音の差は耳が良くないと聞き分けられません。交響曲の演奏会でコンサートマスターがバイオリンでラの音を弾き、全員がその音に合わせ、調音するのと同じ事なのでしょうか。
※2  聖徳太子の時代に作られた梵鐘が黄鐘調に鋳造されたということです。この梵鐘が何と妙心寺の法堂の天井に狩野探幽が描いた龍の絵があり、その側に日本最古の国宝の鐘があります。これこそ、祇園精舎の鐘であり、黄鐘調に合わせ調律した現物でした。私はこの妙心寺の花園会館にR4年4月17日宿泊し、翌日、法堂を見学し説明を受けました。CDテープで音を再生してもらい黄鐘調を聞いて参りました。後日、妙心寺へ電話すると、宗務本所の方が、兼行法師に関係があるのは鐘が有名である。棒で突くところを突き座といいそこに黄金が混じっているので兼好は「おおよその風の音は黄鐘調なるべし」といったと伝わっている。妙心寺は元々は
仁和寺の土地であったが、花園上皇の離宮されたようだ。上皇は臨済宗に興味をもたれ法堂(はつとう)を建てられたという。梵鐘はもともと嵯峨の金剛院という寺所有だったが、廃寺となり、花園上皇が譲り受けられたものだという。まさにオムロ小学校の前で犬の散歩中にご婦人がいわれた「妙心寺に吉田兼好と係わりがある場所があるというのは間違いない事実でした。
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