第232話 鏡と人の心 徒然草235 

文字数 442文字

主人のいる家には、用のない人は、許可なく入り来ることはない。主なき所には、道行く人がみだりに立ち入ったり、狐・梟のような物も、人気に塞がれることが無いので、わがもの顔にて入り棲み、木霊などというけしからぬ形のものも現れるのである。また鏡には色や形がないために、色々な物の影がやって来て写るのである。鏡に色や形があるならば何も映ることはないだろう。何もない空間はよく物を容れることができる。我等の心に色々な雑念が来り思い浮かぶのも、心というものが実態がないからだろう。心に主がいらっしゃるならば、胸の中には、多くのことは入り来ることはないだろう。
※無人の家ならば、勝手になにものかが住み着くことができる。心には主がいない実態だから、雑念がいろいろな形で はいり込んでくる。鏡は自身には実態がないから、前に来るものはなんでも写す。心も鏡と同じという。この比喩はむずかし。主がいて不審者が侵入すれば追い出す。知合いなら入れる。心には主がいないのと同じだから、鏡のようになんでも写す。
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