第251話 兼好は観察者なり

文字数 395文字

立原正秋:モーツアルトと魚 
私が、もっとも無駄のない言葉を残した人としてすぐに思いおこすのは吉田兼好である。仏教と老荘の観念があれだけ見事に融合されて日本の伝統に影響を与えた人物は、兼好のほかにあと数人もいない。鴨長明と世阿弥が思いうかぶ。長明は世を捨て、兼好は観察者なり、世阿弥は美を創っている。私はしばしばバッハを兼好に擬し、世阿弥をモーツアルトに擬することがある。バッハのインベンションあるいは平均律をきいていると、贅肉を削ぎおとした徒然草の文体を思いおこす.
ある寒い日の暮方、まちから家に戻るとき、まちはずれで冷たい雨にあい、道をいそいでいたら、頭の上からわらい声がひびいてきた。それは面白そうなわらい声ではなく、どこか毒を帯びたわらい声だった。たちどまって上を見あげあら、葉の落ち尽くしたハゼの木の枝に傘をさした兼好がすわってこちらを見おろしていた。
音楽との出会い 串田孫一編より
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