第十一章 ④
文字数 2,779文字
ここで、あそこの女子2人に、
俺が、名乗り出たらどうなる……?。
俺は、瞬時に、考えた。
再会の喜びに浸ってる2人の
『幸福的時間』なんて一瞬で、
THE・ENDだろ。
おそらく、あの真子の眼つきが変わるに
違いない。
そうだ、それが当然だ……。
自分に学校の皆の面前で大恥をかかせた、
その張本人が、ノコノコと近づいて、
声かかて来たら……。
「あの義時ッ!?」と、顔色を変えて、
真子は、俺を詰ってくるだろう……。
そうだ……。
それだけのことを、俺は、あの日、
真子に対して、してしまったのだ。
俺は、2人の『感動的再会シーン』を
ぶち壊さないために、いや……、
保身の気持ちも多少なりともあった……、
いや、その気持ちの方が強かったかも
しれない……、とにかく、その場から、
いち早く立ち去ろうと、静かに、一歩
後退した。
でも……。
後退した、その時だった!!
本当に、その時……。
何で、見えたのか、分からない。
でも、その時に、見えた。
それまで、見えなかったのに!
あの奥中真子のキレイな足の傍に、
置かれている、彼女の鞄……。
その鞄についている、キーホルダー。
なぜなのか、説明はできない。
でも、あの時、なぜか、俺は、
そのキーホルダーを見てしまった!
そして、俺の目に、キーホルダーに
刻まれている、文字が飛び込んで来た。
「愛は多くの罪をおおうもの」と言う
言葉。
良い言葉だ。キレイな言葉だ。
何か心に平和な気持ちを吹き込むような
言葉だ。
後退し、向きを変え、立ち去ろうとして
いたが、足が止まった。
キレイな彼女の足は無視して、その、
キーホルダーの言葉を見つめる。
一度、いや、二度、その言葉を心の中で
呟く……。
腹をくくってみるか……。
日本男子だ。
ここは、当たって砕けるか。
このまま逃げていて、良いのか!?
そうだ、行くんだ、俺……!!
そうだ。
あのキーホルダーの文字が見えたのは、
何かのお告げかも知れない。
この不甲斐ない、勇気のない俺への。
そうだ!
もしも、本当に、愛が、罪をおおって
くれるモノのなら……。
こんな俺でも、こんな俺のことも……、
真子やみどりは、赦してくれるかも
しれない……。
目の前で、抱き合い、泣く、真子とみどり。
2人の愛、優しさ、賭けてみる…‥!
そうだ、俺は、赦してもらいたかった
んだ、あの奥中真子に……本当の意味で。
俺は、「ダメだったら、それはそれで!
……もう、どうにでもナリやがれッ!」
と考えながら、ガバッと、その場、
つまり、商店街の地面に、ひざまずいた。
最初に気づいて、こっちを見やってきた
のは、刑事……、あの葦田みどりだった。
一瞬こっちを見て、驚いたように、目を
大きく見開く。
当然ながら、その目には、困惑と驚愕が
浮かんでいる。
そして、その、みどりの気配に気づいた
のか、少し遅れて、真子も顔を上げる。
彼女の目は、真っ赤だった……。
俺は、俺の存在と俺の突然の行動ゆえに、
呆然とし、抱き合ったまま固まっている
2人に向かって、意を決して、
土下座した……!!
そして、一気に言う。土下座し、顔は
地面につけたまま……。
「奥中……、あの……、いすみの、
第一小に通ってた奥中真子さんですよね。
俺……、俺、あの時の同級生の、
……義時ですッ!
本当に、あの時は、すいませんでしたッ!
俺……、今でも、ずっと、後悔して
います!あの時、俺……」
そこから後は、記憶が、ない。
でも、顔面を地面につけたまま
泣き伏す俺がいて、そんな俺に、
真子とみどりが、優しく声をかけて
くれ、幼馴染のみどりは、ずっと、
俺の背中をさすってくれていた……
気がついたら。
落ち着いた俺に、真子が言ってくれた。
「ねぇ、義時君。顔上げて……」
ゆっくりと顔を上げると、優しく
微笑む真子の顔が目の前に…。
そして、彼女は言ってくれたんだ。
「もう、大丈夫だから……私は。
謝ってくれて、ありがとう。
もう、赦したからね。
それとね……、義時君。
さっきは、助けてくれて、本当に、
ありがとう」と…。
嬉しかった!!!
赦されるって、こんなに幸せなこと
なのとかと、改めて知った。
感動して、また、泣きだしてしまった。
そんな俺に、刑事の……、いや、
幼馴染のみどりが言う。
「義時かぁ!久しぶりだねぇ。
実家帰ってもさ、中々会わないもんね、
近くなのにさ……。
でもさ、ここでは、もう泣かないでよ。
みんな、見てるからさ……」
あぁ、幼馴染との久しぶりの再会でも
あるんだなぁ。
コイツの、この喋り方も懐かしい……。
あの日、本当に、真子の『愛』は、
俺の『大きな罪』をおおってくれた。
真子は、こんな俺みたいなのを
赦してくれた……。
そこに、俺を導いてくれた、
あのキーホルダーに刻まれた言葉…。
あの言葉のおかげで、俺は、2人に、
近づくことができた。
俺の、十何年もの間、荒んだままだった
心が、温かな愛で包み込まれた、あの日
……。
~この章を著者が締めくくる~
「愛は多くの罪をおおうもの」。
この言葉が、刻まれたキーホルダーが、
3人-真子、義時、みどり-の再会の日
、真子の鞄についていた。
この言葉は、実を言うと、有名な新約聖書
の一節である。
イエス・キリストの12弟子の筆頭で
あったペテロが、記した言葉の一つである。
著者は、信じる。
愛こそは、人と人、また国と国、そして、
敵対する両者の間の、あらゆる断絶や
誤解、諍いを解決するものであると。
義時は、真子-人間誰しも-が、
持っているはずの『愛』と言う感情に
賭けて、前進した。
その結果、義時も、『感動的再会』の
傍観者でなく、当事者となれた。
そして、真子からの赦しの言葉を
受け取れた。
義時が、『愛』を意識せず、そのまま、
恐れて、後退して、その場を去っていた
のであれば、義時は、『赦し』を受け取る
ことなく、そのまま、罪責感に苛まれる
一生を歩むことになっただろう。
『愛』を認識し、『愛』を意識し、
『愛』のおかげで、義時は、『恐れ』を
退かせ、正しい方向に一歩進み出れた。
そして、真子の愛は、みどりを赦し、
義時を赦した。
また、みどりの愛は、ヤギヌマさんへの
熱意に現れた。
彼女は、ヤギヌマさんを助けるために、
自分のクビ、公務員としての安定した
身分をも惜しまなかった!
そして、キーホルダーを通して、義時に
差し込んだ『愛』が、彼の『恐れ』を
打ち消し、前進させた。
愛が、3人を十数年ぶりに、一つにした。
愛が、3人を『奇跡的再会』へと導いた。
世界中で読み継がれている新約聖書には、
「愛は結びの帯として完全なもの」とも、
記されている。
その通りに、『再会の日』に、
真子、義時、みどりを結んだのは、
愛である……。
愛は、人を赦す。
愛は、恐れを追い出す。
愛は、他者のために、惜しみない善い
行動を、私欲抜きで実践させてくれる。
愛とは、偉大なもの…。
真子、みどり、義時が、22歳の冬。
11月24日。
木曜日の夜。
東京都杉並区の大町通商店街。
3人に奇跡の風が吹きつけた……。
(著作権は、篠原元にあります)