第十二章 ④
文字数 3,467文字
こっちが、言い訳する前に、
幼馴染で刑事の、みどりが言い出した!
「えッ!!
それさ、良いじゃん、義時!
ナイスアイデアだね!
そうだよ。取り調べにさ、ちょっと
時間かかるかもだからさ、その間、
真子ちゃんの話し相手してあげてよ。
良いよね、真子ちゃん?」と。
ホッとする。
同時に、ありがたい。
昔と同じで、こいつは、その場を
仕切るタイプだな……。
でも、「彼女はどうだろう?」と瞬時に
思う。
そんな心配気味の義時と、
なぜだか目を輝かすみどりに、
真子が、遠慮がちに言う。
「じゃあ、お願いします。
ご迷惑じゃないですか?
遅くなってしまうんじゃ」と。
答えようとしたが……、ここでも、
みどりに先を行かれた!
「大丈夫よ!真子ちゃん。
義時にもさ、警察として、確認事項が
出て来るかもだからさ……」
イヤイヤ、勝手に決めるな、言うな…。
そんな義時に、真子は丁寧に頭を下げる。
「ありがとうございます。
それじゃあ、よろしくお願いします」と
小さく頭を下げた。
サラサラの髪の毛、そして、キレイな
うなじ……。ドキッとする、義時。
だが、冷静ぶって、答える。
「大丈夫!!大丈夫!!
こっちは、時間なんて、いくらでも、
あるから!」。
そんな義時を、ニヤニヤしながら
見つめる不動刑事。
義時は、一瞬だけど、自分につっこむ。
「おいおい……。取り調べとかが
長引いて、特急に乗れなくなったら
どうすんだよ?
こっちで一泊ってことになるのか?」
だが、それでも良い!
この場から、離れたくない!
と言うより、彼女-奥中真子-と、
一緒にいたいんだ!!
ニヤニヤしていた不動刑事が、
真面目な顔になって、義時に言う。
「じゃあさ、義時、しばらく、
真子ちゃんをよろしく。
あとさ、奥中さんって呼んでるけど、
今はさ、柳沼さんだから……。
そうだよね?真子ちゃん?」。
真子が、「うん。今は、柳沼って言うの。
私、中学の頃に、大伯母と養子縁組を
したから……」と答える。
その時、みどりは、「あっ!
結婚じゃないんだ」と思った。
結婚して-おそらく若く結婚して離婚
した身-だと、推測してたから、
意外だった。
でも……、じゃあ、お母さんは…?
気になる。
でも、今は、まこちゃんに、色々と
訊いてるヒマはない。
そうだ!
平戸だ!!
真子と二人きりになった義時。
彼も、真子に、訊きたいことが山ほど
あるのだが、我慢していた。
奥中真子が、今は、柳沼真子……。
憧れだった、そして、ひどく傷つけて
しまったその彼女と、十数年ぶりに
再会し、なんと、今、隣同士で
座っている!?
スゴイ、あり得ない、事実だ!
胸の音が、自分でも、聞こえる。
焦った…。
何を話せば良いのか、分からなくなって
しまった。
アイツ-幼馴染のみどり-が、一緒
だったら、アイツがペチャクチャと
うるさいくらい喋って、盛り上げて
くれるのに……。
しばらく、二人は黙って、警察署の
薄暗いフロアの下、座っていた。
「ここは、男の俺が、何か話しかけない
といけないよな……。
でも、何を?
あぁ!トイレでも行こうッ!!」と、
必死な義時。
「ちょっと俺、トイレに……」と言おうと
口を開きかけた義時だったが、
そんな義時に、真子が、「あの……」と
言って、キレイなピンク色のハンカチを
差し出す。
「……?」
当惑する義時。
すると、真子が、もじもじしながら
言う。
「さっきは、ありがとうございましたッ!
これ使ってください。
汗かいてるので、お顔……」。
一瞬、義時の指と真子の指が、触れ合う。
ドキッとする両者。
「あっ。バラの香り……」と思う義時。
真子は、「電流が走るって、こう言う時の
ことを言うんだな」と思った。
……そして、さらに、ドキドキして、
固まってしまう純粋な男女2名……。
そんな時!
不動刑事が、また戻って来た!!
内心ホッとする真子と義時。
そんな真子に、不動刑事が言う。
「まこちゃん。アイツだけどさ、
今後絶対に、まこちゃんに近づかない、
つきまとうようなことはしないって、
約束させたから!
さすがにさ、警察署に連れて来られて、
身分や住所も把握されたからさ、完全に
ビビっちゃってる。
だからさ、絶対に、今後は、大丈夫だと
思う、警官の直感でさ……。
でもね、……それとは、別にね、
まこちゃん。
アイツさ、さっき商店街でバカげたこと、
叫んだじゃん?
あれって、完全に侮辱罪で訴えれるレベル
なんだよね。
……もしさ、まこちゃんが、訴えるって
言うなら、逮捕ってことで進めるけどさ。
どうする?
これは、まこちゃんに、決めてもらわない
といけないことなんだ……」
真子は、即答できなかった。
「みどりちゃんが言うように、今後絶対に
近づかないって約束するなら、もう、
訴えもしないで、これで、終わりにしたい」
と思う。
でも、怖さもある。
「ここで逮捕してもらわないと、
またいつか、変なことを、してくるん
じゃ?」。
そんな真子に、義時が声をかける。
「奥中……、いや、やっ、柳沼さんッ。
しばらく考えてみたら?
こう言うのって、別に、すぐに、
決めて、すぐに、届を出さなくても良い
はずだから」
「え?」
横の義時を見やる真子。
真子の正面に立つ不動刑事が大きく頷く。
「そうだね。うん。
まさにさ、義時の言う通り!
義時、結構詳しいねぇ。
そうだよ、まこちゃんさ……。
アイツが叫んだこと聞いてた証人は、
いっぱいいるしさ、アイツも犯罪行為は
認めてるからさ……。
義時の言う通り、今日急いでじゃなくて
も大丈夫だよ」と。
真子は、決めた。
そして、みどりに言う。
「分かった。
とりあえず、今日は訴えない。
それにね、まだ決めてはないけど、
正直、訴えるつもりもないの。
もう関わりたくもないから。
でも、もし、また、変なことをしたら、
すぐに、その侮辱罪って言うので、
訴えるって、平戸に伝えて」。
みどりが、「分かった!」と頷き、
「じゃあさ、あとほんのもう少しだけ、
待ってて」と言いながら、階段の方に、
駆けていく。
不動巡査部長は、生安課の中にある
取調室に戻った。
デスクを挟み、水口警部補と平戸狩男が
座っている。
不動巡査部長が室内に入ると、
水口警部補が振り向く。
「どうだった?」と視線で尋ねる。
平戸は、観念したかのように、目を閉じ、
じっとしている。
不動巡査部長は、水口警部補に報告する。
「今日は、タレ、出さないとのこと
でした」。
水口警部補が、「そっか。若い女性だから
なぁ。深く関わり合いたくないんだろう
しさ、報復とかも考えちゃうんだろう
なぁ」と応える。
そして、水口警部補は、前に向き直り、
平戸に、宣告&説教の続きを開始した。
その後、不動巡査部長が、用意し、
平戸の前にペンと紙を置いた。
念書を書かせ、拇印させる。
今後絶対に柳沼真子に近づかない、
連絡も一切しない、と言う内容。
二人の刑事の前で、震えながら拇印する
平戸に対して、立ったまま、
そして、上から目線&上から口調で、
不動刑事が、宣告する。
「良い?
今日の時点では、アンタを検挙できない
し、柳沼さんも訴えないと言うので、
侮辱罪による逮捕もナシ。
でもね、アンタの侮辱罪は、明らかで、
私も通行人も証人なの。
もし、今後、柳沼さんに一歩でも近づい
たりしたら、即訴えられて、私達が、
アンタの逮捕に向かうと、知っておく
のヨ!!」と。
平戸狩男は、大男の先生に説教される
小1の児童であるかのように、
「は、は……はいッ!!
近づきません、絶対に!!」と、
嚙みながら、誓った。
普段は、おとなしくて目立たない、
つまり、うだつの上がらない男なの
だろう……。
だから、弱い女性に……。
不動巡査部長は改めて、その惨めな
中年男を見つめながら、思った…。
最後に、水口警部補が訊いた。
不動巡査部長もずっと気になっていた
ことを…。
「あのね。
何でこんなことしたの?
こんなこと言っちゃアレだけどさ、
他にもこう言うコトやってるんじゃ
ない?
何のつもりで、こんなこと……」。
最後まで言い終わらなかった。
今まで、静かに、チョコンと椅子に
座らせられていた平戸が、ワナワナと
震え出したから、拳を握りしめて…。
呼吸も荒くなっているし、顔の表情も
変わった……!?
不動刑事には、そう、見えた。
唖然とする、生安課の刑事二人。
刑事たちの前で、平戸が、突如叫ぶ。
両手で顔を覆いながら……。
「あぁぁッ!!
思い出したくもなかったことをぉ!!」。
叫び声が、取調室内に反響する……。
そして、その日……、平戸狩男は、
彼の心の内を、すべて、初対面の刑事
二人に打ち明けた。
その内容は、切ない、やるせないもの
だった…。
特に、学生時代に、『ミドリムシ』と
呼ばれ、猛烈ないじめ攻撃の対象に
なっていた不動みどり刑事には……。
(著作権は、篠原元にあります)