第五章 ⑧
文字数 3,295文字
大好きな砥部焼を見に、【いつも】の
砥部焼センターに寄った。
そして、砥部焼を、また買った。
ここは、雪子おばさんのお気に入りの場所。
「見て。ねぇ、キレイでしょう。何とも
言えん美しさよねぇ。一つ一つ違うのよ、
同じようで。あっ!あれも、良いわねぇ」
と言いながら、まるで女の子のように、
興奮している雪子おばさん。
かわいかった。
その後、二人は、砥部焼センターの隣に
あるレストランで食事をして帰った。
真子は、幸せだった。
家に、いっぱいある砥部焼を眺めながら
満足げにしている雪子を見て、真子は、
雪子を愛しく思う。
平日、朝学校に出かけ、授業が終わると、
雪子の家に戻る。
そして、真子のお手伝い、『農業研修』が
始まる。
雪子は、宿題よりも畑仕事を優先させる
人だった。
母の峯子は、学校に行かない真子に
「とにかく勉強するのよ。学校行かない分、
勉強しないとダメよ」とよく言った。
でも、雪子は違った。
学校に通っていても、
「真子ちゃん。勉強より、仕事よ。
勉強も大事。でも、それよりも怠けずに
働いて、汗水流すの!働かざる者食う
べからずだから」と、真子によく言った。
雪子と、毎日、畑仕事をするのが、四国に
住む真子の日課となった。
作業をして疲れたら、ハチミツをなめて、
そして、また動き出す。
目の前の中学校の校庭からは、部活動を
している子たちの掛声が聞こえてくる。
時に、知った顔の子たちが、雪子の畑の前
を通る。
同じクラスの男子たちが通りかかると、
真子は本当に恥ずかしかった。
汚れてボロボロの作業着姿の自分…。
男子たちが無言で、ジロジロと
見てくる…
―そんな感じがする真子だった―。
中学生、年頃の真子。
とにかく、男子の目が気になる。
男子に見られるのは、嫌だった。
と言うより、男子は嫌い、だ。
しかも、その男子たちに、見られたく
ない格好-作業着姿―を見られるのが、
屈辱的に思える。そんな年頃の女子、
真子。
本当に嫌だった。
顔が真っ赤になるほど…。
男子が目に入ると家の中に逃げ込み、
作業着を脱ぎ捨てて、中学校の体育着に
着替えたかった!
でも、雪子は「これ着てやるんよ。
これなら、どんなに汚れてもええからね。
農作業の時にオシャレなんか必要ない
から、これが、一番ええんよ!」と言い、
真子の気持ちを分かってはいない。
正直、真子は真剣に悩んでいた。
自分の格好が気になって当然の年齢だ。
時折、農作業そのものが嫌にることも
あった。
だけど、女子たちは通る時、みんな笑顔で
「真子ちゃん。今日も頑張っとるねぇ!」
とか
「今、何作っとんの?」とか
「また明日なぁ」と声をかけてくれた。
すると、雪子が、
「これ、持っていきんさい」と、
採れたての野菜をあげる、彼女たちに。
雪子からもらった野菜や金柑を喜んで
持って帰る同級生の子たち。
そして、次の日、
「真子ちゃん。昨日の野菜、スゴイ
美味しかったわぁ!」とか
「ごちそうさま!真子ちゃんの育てとる
野菜は美味いのぉ」とお礼を言われる。
真子は「農業ってスゴイなぁ。
人を笑顔にする。やっぱり、良いなぁ、
畑仕事」と思えるようになった。
恥ずかしさよりも、遣り甲斐の方が、
勝ってくる農作業の時間。
徐々に男子の目も気にならなくなる。
と言うか、男子は無視と決めた。
やはり、義時や生男と【同じ部類】と、
考えてしまう真子だった。
だが、そんなことを知らずに、女子たち
の話を聞いて男子たちも声をかけて
来るようになった、帰り道に…。
雪子からの【野菜のプレゼント】を
期待して……。
だけど、真子は、男子たちのことは
無視していた。
で、自分が、実は、男子たちの間で
「ツンツン女」と呼ばれていることも、
真子は知っていた。
そんなある日、真子は気づいた。
雪子が、何か口ずさみながら農作業を
していることに。
訊いてみた。
雪子は「私ね、悩みやすい性格でね、
フッと気づくといろいろ考えたり、
悩んだりしちゃってるの。だからね、
そうならんようにね、讃美歌を歌って、
感謝しながら、農作業しとるんよ」
と教えてくれた。
その日から、真子も、雪子に教わった
讃美歌を歌いながら、畑仕事をすること
にした。真子は、幸せだった。
沈みゆく太陽を背に、讃美歌を口ずさみ
ながら働き、暗くなると家に入る……、
そんな毎日。
雪子は、泥や虫がついたままの野菜を
手に取りながら、真子に言う。
「真子ちゃん。これが本当の野菜よ。
曲がってたり、傷がついとるでしょ、
農薬とか使わんからねぇ」
時に、ユーモアいっぱいの雪子は、
大きな毛虫がついてる曲がったキュウリ
を急に真子の顔の前に差し出して、真子が
「キャーッ!!」と叫ぶのを面白がった。
驚いて大声をあげる真子を見て、
大笑いするのだった。
でも、真子は、そんな雪子の、子どもの
ようなところも大好きだった。
日が沈み家に入ると、雪子は夕食の準備に
取り掛かる。
採れたての野菜を、すぐに天ぷらや煮物に
する。
ちなみに、雪子は、料理の手伝いは、真子に
させようとしなかった。
真子が最初の頃に、手伝おうとすると、
雪子は言った。
「真子ちゃん。食事の準備は、朝も夜も、
私に任せてちょうだい。その間に、
あなたは学校の準備とか宿題をするのよ。
あなたも、学生なんだからね、少しも、
勉強をさせてないってことになると、
真子ちゃんのお母さんから怒られちゃう
からね、私が」と。
だから、雪子が夕食の準備。
真子は、シャワーを浴びて、作業着から
私服に着替えて、2階の部屋で宿題をする。
さて、雪子の料理は魚や野菜が多かった。
母は、肉料理や卵料理が多かった。
また、時には【レンジでチン】のもの
もあった。
だけど、雪子は、健康的な食事にこだわって
いて、全部自分で作った。
松山での食事に、【レンジでチン】は全く
なかった。
そのことに、真子は驚いた、最初の頃は。
お肉を少ししか食べれなかった
最初の1週間、真子は、
「あぁ。お肉食べたい!」と
しきりに思ったし、雪子に言おうと思って、
喉までその言葉が出かけた、何度か…。
でも、雪子の手料理の一品一品は、
本当に美味しすぎた。
「たまには、唐揚げとかハンバーグ、
食べたいな」と考えることを忘れるほど
の味付けだった。
これまでと違って、魚も野菜もどんどん
食べれた。
だって、採れたて野菜のサラダと、
雪子おばさん手作りドレッシングの、
美味しいこと…!!
それに、新鮮な鯛のお刺身の、美味!
「もう言わないでいいや。
雪子おばさんに、おまかせしよう」と言う
気持ちになった、真子だった。
雪子は、若い真子にあわせて、肉や甘いもの
を増やそうとはしていなかった。
農作業や食生活で心身ともに健康に
なってほしかった、姪の娘である真子に。
そんな食生活の中、真子は、雪子の
手作りカレーが、大好きになった。
母も月に1度はカレーを作ってくれた。
母のカレーが大好物だった。
でも、雪子のカレーは全く違う味だった。
初めて、口にした真子を、一気に魅了
した味……。
真子は、何度もお替りした!
まさに、『何度でもお替りしたくなる』
カレーだった。
実際、思春期の女子だから体重のことが
気にはなる…。
けど、やっぱり、お替りしてしまう、
このカレーだけは…、そんな特製カレー。
もう一つ、理由がある!
嬉しかった。
味も最高だけど、それだけでなくて、
このカレーには、いつも大っきな
すじ肉が入っているから!
あまり、お肉が食卓に出ない、この家で、
大きなお肉がゴロゴロ入っている、
このカレーは本当に喜ばしいもの
だった。
そんなわけで、肉が食べたくなると、
真子は、「雪子おばさん。カレー作って!
あの、カレー食べたい!」と雪子に頼む
ようになった。
純粋にカレーが食べたい…、これも本心。
そして、カレーが出る夕食時、いつも、
「今日は、お替りは、ダメよ!体重がヤバい
んだから!」と、黄色の点滅信号が灯る。
…けど、やっぱり、いつも、誘惑に負けて
いた、真子だった…。
……ジャムにケチャップにコーヒーに、
それから牛乳と鰹節、そして、すじ肉、
あとは、椎茸とかぼちゃ……、
とにかく、いっぱい入れて、コトコトと、
雪子おばさんが煮込むカレー。
真子は、「雪子おばさんの味・世界一
のカレー」&「ダイエットキラー」と、
ネーミングしていた。
(著作権は、篠原元にあります)