第五章 ⑪

文字数 3,099文字

その日、真子は、老人ホームの談話ルーム
という所で、大伯母雪子が一番尊敬する
と言う先生に、会った。


先生は、体が弱っていて、もう歩けない、
車いすのおじいさんだった……。
でも、終始ニコニコしていて、そのツヤツヤ
した顔は輝いていた。
その車いすのおじいさん―天道先生―は、
雪子が真子のことを紹介すると、
「よく来てくれましたねぇ。
お会いできて嬉しいですわ。
学生さんで、勉強も忙しいのに、
わざわざ、ありがとう」と、初対面の真子、
しかも中学生の真子に、車いすに座った
ままだが、丁寧に頭を下げてくれた。
真子は、こんなに礼儀正しく、優しい
雰囲気を醸し出す人に、初めて会った
感じがした。
「雪子おばさんが、尊敬するって言う
のも分かるわ。
すごく良い人だわ」と思った。

3人で、海を眺める談話ルームで、
1時間ばかり話した。
初対面だったが、ずっと昔から知っている
人のように、真子は、天道先生に、
いろいろ話せた。また、天道先生の
面白い話を、笑いながら聞いた。
…不思議なおじいさんだった。

帰り際、天道先生が、真子に言った。
「お嬢さん。今日は、本当にありがとう。
久しぶりに若い人といっぱい話せて、
感謝でしたわ。
本当、来てくれて、ありがとう
ございました。
……お嬢さんには、つまらんだろうけどね、
ここわ……。
でもねぇ、今の私にはね、ここが、
最善の場所だって、思っとるんですよ。
そやなぁ、いつだって、今が、最善や。
ここが、最高なんや。
そう考えとるんですよ。
……まぁ、若いうちは、私もそう思えん
でしたけどねぇ。
……お嬢ちゃん。いろいろあるでしょう、
若いから。
本当、人生は、苦しみが多い……。
実に、多い!
そうやねぇ、苦しいことが7で、
ええこと、嬉しいことが、3の割合
ですな、実際……。
でもねぇ、空の鳥や野の花を造られた
神様は、私にもお嬢ちゃんにも、
最善のことしかなさらんのよ。
神様は、悪いことをされん。
今、生きれとんのも神様のおかげ……。
今、呼吸できんのも神様のおかげや。
ぜひね、そう考えて生きて行って
ください。
そうしとったら、嬉しくなりますよ」
そう言って、天道先生は、真子を
じっと見つめて、ニコッと笑った。
その笑顔は、本当に素敵だった。

帰りの車の中、真子は考えていた。
「老人ホームで暮らしてて、歩けない
のに、幸せそうだった。
それで、『最善だ』って言ってた。
……本当に、私の人生も最善なの
かな? 」
最善ではないような感じがした。
でも、最悪でもないとも思った。
実際、学校に通えるのだから。
自分より苦しんでいて、部屋から
一歩も出れない子や自傷に走る子も
いるのだから。
何だかんだ、自分は幸せだと、
思えた。


確かに、苦しいことの方が多いけれど、
幸せも少しはある。
なら……、幸せだ、うん。
青空を見つめながら、
「冬休みが終ったら、また学校よ。
真子、頑張って!学校行けるだけ、
幸せなのよ、あなたは」と、
心の中で自分に語りかける、真子。



そして、中2の夏休みまで、真子は、
松山市で暮らし、松山の中学校に
通った。
母恋しさが、あった。
それに、雪子の事情もあった。
そして、峰子も何度も「戻っておいで。
寂しいわ」と言うような手紙を送って
いた。


真子は、奈良の中学校に転校することを
決めて、母の待つ、あの小さな町へ、
向かった。
夏休み中の暑い日。
雪子が、途中まで送ってくれた。


真子は、懐かしい奈良の山間の地で、
再び母と暮らし出す。
久ぶりに再会した母は、大分瘦せて
いて、また、以前に比べて、性格は
丸くなったような感じがした。
母は、真子を出迎えるや、ガシッと
無言で抱きしめた。
「お母さん。離してよ!きついよ……」
と言いながらも、真子は、
「お母さん、寂しかったんだ、本当に。
これからは、親孝行しないとな」と思い、
そして、嬉しかった…。



夏休み明け、真子は、近所の中学校に、
転校生として入った。


真子は、必死に勉強した。
勉強を頑張って、良い会社に就職して、
お金をいっぱい貯めて、いつか、
雪子と母と女三人で、世界一周旅行に
行きたいと、心ひそかに計画していた。
雪子と母は、自分を絶対に裏切らない、
そう思っていたから。
だからこそ、真子は全力で授業に、
また、課題に取り組んだ。
休み時間、クラスメートと話したり、
遊んだりすることなく、ただ一人で、
教科書や参考書を読んで過ごした。
それが、将来のためだと考え抜いた。
……と言うより、松山の中学校でも
そうだったけど、その方が楽だった。
誰かと遊んだり、話したり、一緒に
何かをするのが、怖かった。
「やっぱり、普通の女子と自分は違う。
あの小学3年からのブランクだなぁ」と、
真子は考えた。


複数の女子から部活を誘われたけど、
真子は最初から『帰宅部』だと決めて
いた。
だから、授業が終わると、月光仮面
のようにスッと、教室から去り、
家に向かい、家の中で勉強をする。
そんな毎日だった。
それでも……、真子は真子なりに、
頑張っていた。
実は、少しでも教室に、そして、
クラスの子たちと溶け込もうと、
真子なりには、努力していた。
でも、それが、周囲には
伝わっていない…。


クラスメートたちは、「あいつ何しに、
学校来とんの?」とか「コミ力ゼロ女
やな。ほとんど話さんから、声、
聞いたことないわ」と言っていた、
特に男子。
松山から転校して来た変わった女子…、
それが周囲の真子への印象だった。
そして、真子に興味を持つクラスメート
は、いなくなった。
それは、それで、真子にとっては、
ありがたく、また楽なことだった
けど。


また、真子は松山の中学でも、奈良の
中学でも、体育の時間やプールの時間は、
「気分が悪い」とか「今日は、体調が……」
と言い、毎回見学にしてもらっていた。
学校側には、雪子や母から話が、いって
いた。
真子の今までの経緯が、ちゃんと、
説明されていた。
だから、担任や教師達は、クラスメートに、
「奥中さんは、体が弱いから、体育とかは、
見学なのよ」と説明して、真子を
かばってくれた。
女子たちは、「かわいそうな、奥中さん。
だから、いつも本ばかり読んでて、
暗いんだ」と、どこか同情気味だった。
でも、一部の男子たちは、「万年生理女
だな。あいつ……」とか
「体の弱さを言い訳にして、サボってる
サボり女なだけじゃね?」と言っていた。
それを真子は聞いてしまっていた、
しかも、何度も何度も。
ショックだったし、逃げ出したかった!
必死にこぶしを握り締めて耐えた。
「そんなじゃない!あんたらに、
私の何が分かるの?!
私だって、普通に小学校を卒業し、
普通に中学校に入学し、
普通に体育をして、普通の女の子の
ように生きたかったわ!!」と、
叫びたかった。


クラスメートには理解してもらえない
けど、自分にとって、体育の時間に、
実際加わったり、プールに同級生達と、
一緒に飛び込んだりすることは、
死んでも嫌なこと。
見ているだけでも、背筋にゾッと、来る
んだから!
それと、グランドを走る同級生、
特に、女子の後ろを男子が走っている、
そう、追い上げている状況を見ると、
嫌でもあの日 、
あのクソ義時に追われていた、
自分を思い出してしまう!!
目を覆ってしまう!!


ある日の昼、真子は、母から買って
もらったテープレコーダを手に、
学校の屋上に上った。
その日は、なぜか、参考書を読む気に
なれなかった。
小学の頃から気に入っていた、
【夏フェス】。
屋上で、太陽にあたりながら、
聴きたくなったんだ。


懐かしいメロディ、共感できる歌詞。
でも、自分とは全く共通のない、
内容だ……。

~夏休みの楽しい想い出、恋、
そして友情。
着物姿で、みんなで出かける、
花火大会~

全部、憧れだった…。
でも、自分はそれらとは無縁の、
空しい、生き方をしている…。
切ない!!!



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登場人物紹介


奥中(おくなか) 真子(まこ)のちに(養子縁組により)(やぎ)(ぬま) 真子のちに(結婚により)栄真子




 本書の主人公。小学校3年生のあの日 、学校のクラスメートや上級生、下級生の見ている前で、屈辱的な体験をしてしまう。その後不登校に。その記憶に苛まれながら過ごすことになる。青春時代は、母の想像を絶する黒歴史、苦悩を引継いでしまうことなる、悲しみ多き女性である。





(あし)() みどり



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメートであり、大親友。



しかし、小学校3年生のあの日 、学校の廊下を走る真子の足止めをし、真子が屈辱的な体験を味わうきっかけをつくってしまう。



その後、真子との関係は断絶する。










(よし)(とき)



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメート。葦田みどりの幼馴染。



小学校3年生のあの日 、学校の廊下で真子に屈辱的な体験をさせる張本人。











奥中(おくなか) 峯子(みねこ)



本書の主人公、真子の母。スーパーや郵便局で働きながら、女手ひとつで真子を育てる。誰にも言えない悲しみと痛みの歴史がある。








雪子(ゆきこ)



本書の主人公、真子の大伯母であり、真子の母奥中峯子の伯母。


愛媛県松山市在住。







銀髪で左目に眼帯をした男



本書の主人公、真子が学校の廊下で屈辱的な体験をするあの日 、真子たちの



住む町で交通事故死した身元不明の謎の男性。



所持品は腕時計、小銭、数枚の写真。










定美(さだみ)(通称『サダミン』)



本書の主人公、真子が初めて就職したスーパーの先輩。



優しく、世話好き。



だが、真子は「ウザ」と言うあだ名をつける。









不動刑事



本書の主人公、真子が身の危険を感じ、警察署に駆け込んだ際に、対応してくれた女刑事。



正義感に溢れ、真面目で、これと決めたら周囲を気にせず駆け抜けるタイプである。



あだ名は、『不動産』。警視庁阿佐ヶ谷中央警察署生活安全課巡査部長。
















平戸



本書の主人公、真子につきまとう男。



また、真子の母の人生にも大きく関わっていた。






愛川のり子



子役モデル出身の国民的大女優。



〔あいのん〕の愛称で、幅広い世代から人気。



映画、テレビ、雑誌などで大活躍中。







石出(いしで) 生男(いくお)



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメートであり、幼馴染。小学校3年生のあの日 、真子を裏切る。




(やぎ)(ぬま) 真子のちに(結婚により)(さかえ) 真子



 本書の主人公。旧姓は、奥中。



小学校3年生の時、学校中の見ている前で屈辱的体験をし、不登校に。



その後は、まさに人生は転落、夜の世界へと流れていく。



だが、22歳の時小学時代の同級生二人と再会し、和解。回復への一歩を歩みだす。

(さかえ)(よし)(とき)



本書の主人公、真子が小学校3年生の時、屈辱的体験をさせた張本人。



そして、真子が22歳の時、男に追われているところを助けた人物でもある。



その後、真子の人生に大きく関わり、味方、何より人生の伴侶となる。

柳沼雪子



本書の主人公、真子の大伯母。養子縁組により、真子の母となる。



夫は眼科医であったが、すでに他界。愛媛県松山市で一人暮らしをする愛の女性である。

定美(さだみ)(通称・『サダミン』)



本書の主人公、真子が大事にしているキーホルダーをプレゼントしてくれた女性。



真子が川崎市を飛び出して来てから長いこと音信不通だったが、思いもしないきっかけで、真子と再会することになる。

不動みどり



本書の主人公、真子が小学校3年生の時、屈辱的体験をするきっかけを作ってしまう。



そして、真子が22歳の時、再会。つきまとい行為を続ける男から真子を助ける。



旧姓は、葦田。警視庁阿佐ヶ谷中央警察署生活安全課・巡査部長。

都和(とわ)



明慈大学理工学部で学んでいた女性。DVによる妊娠、恋人の自殺、大学中退……と、真子のように転落人生を歩みかけるが、寸前を真子に助けられる。

愛川のり子



〔あいのん〕の愛称で、幅広い世代から人気。



映画、テレビ、雑誌、海外でのドラマ出演など活躍の場を広げる国民的大女優である一方、息子の『いじめ報道』に心を痛め、また後悔する母親。



本名は、哀川憲子。

()(おり)



結婚した真子の義姉となる女性。



真子との初対面時は、性格上、真子を嫌っていたが、



後には、真子と大の仲良し、何でも言い合える仲になる。



名家の出身。



 

石出(いしで) 生男(いくお)



本書の主人公、真子を裏切った人物。



真子が小学時代の同級生二人と再会し、和解した夜に自殺。



第二巻では、彼の娘の名前が明かされる。

新名 志与


旧姓、長谷島。

第一章では、主人公に、『しーちゃん』と呼ばれている。

夜の世界で働いていた真子にとって、唯一の親友と

呼べる存在、姉的存在だった…。


ある出来事をきっかけに、真子と再会する(第二章)


小羽


 真子の中学生時代(奈良校)の同級生だったが…。


第二章で登場する時には、医療従事者になっている。

居村


 義時と真子が結婚式を挙げるホテルの担当者。

ブライダル事業部所属、入社3年目の若手。

 

真子曰く、未婚、彼氏募集中。

不動刑事


主人公の親友である不動みどりの夫。


石出生男の自殺現場に出動した刑事課員の1人。



最愛の妻、同じ署に勤務する警官のみどりが、

自分に隠れ、長年自宅に『クスリ』を保管、しかも、

所持だけではなく、使用していた事実を知った

彼は……。

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