第十四章 ②
文字数 3,644文字
一晩中葛藤して、決心はついていました。
このように、義時さんに、告白しようと。
「私が小さい頃に死んだって、
前に言った、父のことですけど……。
実は、母は、未婚の母だったんです。
つまり、母は、ある日、強姦犯に、
襲われて……。
それで、妊娠したのが、私……。
だから、私の父にあたる人物は、
何人もの女性を襲うようなことをした、
人間界のクズ野郎、レイプ魔なんです。
だから、父方の親戚もいないし、
父のこと見たこともないんです。
前に、警察署でお話しした時に、
正直に言えなかったです。
ごめんなさい」と。
もし、話し終えて、万が一にも、
義時さんが、「ちょっと。ごめん……。
急にこんな告白されて、正直、驚いて
いる。
しばらく考える時間をくれるかな?」
と言うのであれば、その時は、その時で、
黙って身を引こう、彼の前から消えよう
と、決めました。
それが、彼にとって一番幸せなことで
しょうから。
汚れた血を継いでいる女のことで、
彼に、苦しんでほしくなかった……!
私の血統のことで葛藤なんてして
ほしくない!
それなら、そうさせる前に、私が、
消えれば良いのです!
あのクソ強姦魔のことで苦しむのは、
私だけで十分です!!
でも、心のどこかに、微かな希望が
あったのも、事実です。
「義時さんなら……。
変わらずに、受け容れてくれる
はず…」と。
私が告白して、どうなるのかは
分かりませんでした。
義時さんが、どう反応するか。
でも、「話す」と、決めたのです。
隠したまま、『嫁ぐ』と言うような
不誠実なことは、したくなかった。
嫁げば、いつか、父親の話も出るで
しょうし、結婚前にもあちらの親戚筋
から、こちらの親戚について訊かれる
かもしれない……。
そんな時も嘘に嘘を重ね苦しむ位なら
夫になるかもしれない人に、最初に
告白する……。
告白の結果次第では、夫になってくれ
ないかもしれないし、関係が終わるかも
しれない。
でも、『重大な隠し事』を持って、
嫁ぐよりはマシです。
その日の正午過ぎです。
私は、義時さんに、電話をかけました。
手が、震えています……。
結局、義時さんは、出ませんでした。
ホッとしました。
「出ないってことが答えなんじゃ?
こんなこと告白しない方が良いって
言う……」と思ったのです。
でも!!
その直後でした!
電話の音が……!!
携帯を見ます。
相手は、義時さん……。
正直、「無視したい、出たくない!」と
思いましたね。
でも、もう決めたことです…。
私は、ゴクッと唾を呑み込んで、
通話ボタンを押しました。
向こうから聞こえる、義時さんの
明るい声……が、私を憂鬱にさせます。
震える声を抑えながら、私は伝えました。
「どうしても、すぐに、会いたい。
大切なお話がある。
今夜はどう?」と言う内容です。
緊張に震えながら伝えたい内容を
伝え終えた私。
すると、向こうの、義時さんは、
黙ってしまいました。
私も……、何も言えません。
二人の間に流れる沈黙。
数秒後、義時さんが、ハッとした
感じで、訊いてきました。
「も、もしかして……、
結婚のことで、嫌になったとか……?」。
結婚が嫌になるかもしれないのは
彼なのです。
私は、実際問題、彼と一緒になりたくて、
彼の妻になりたくて、しょうがなかった
のです、事実。
今思えば、私の言い方、伝え方が、
悪かったですね。
プロポーズの翌日に、相手から、
深刻な声で、あんなこと言われたら、
誰だって、悪い方向に考えてしまい
ますし、イヤな予想をしてしまいます。
実際、その後、義時さんは、何度も
何度も、私に訊いてきました。
「あの後、何か気に障るようなこと
しちゃったり、言ったりしたかな?
何かあったなら今言ってほしいよ。
謝るから……」と。
私は、「そうじゃないんです」と
何度も答えました。
すると、「じゃあ、何?」。
この連続でした。
彼の戸惑い、不安、苛立ちが伝わって
きました。
でも……!!
私は、直接、会って話したかった。
彼の表情や、話し終えた後の反応も
しっかり見極めたかった。
それに、まず、電話で話せるような
内容でもないのです、私の『最重要
機密』は……!!
だから、私は、一貫して言い張り
ました。
「とにかく会いたい……。
会って話したい。
本当に大事な話があるの」と。
最後は、結局、義時さんが、
「分かった」と言って、折れてくれ
ました。
私たちは、次の日の夜に、千葉県で、
会うことになりました。
次の日の夕方です。
つまり、あれは、
年末の26日でしたね。
私は、約束の時間より早く、
待ち合わせの場所に、着きました。
千葉県千葉市の、とある駅の改札を
出て、私は、寒い冬道を黙って
歩きました。
帰り道……。
義時さんにエスコートしてもらって
歩いているのか、それとも一人侘しく
駅に向かって歩くことになるのか……、
前者であってほしかった!
そんなことを考えながら、私は、
ホテルへの坂道を歩いていました。
駅から10分弱の、約束の場所のホテル。
ロビーに入ると、何と、すでに、
義時さんが、いるではありませんか!?
そして、どこか、ぎこちなく義時さんが
立ち上がり、私に声をかけてくれます。
私も、挨拶を返した、自分の声が、
緊張のせいで、かすれているのに気づき
ました。
「もしかしたら、二人で、会うのは、
今日が最後になるかもしれないわ」と
思いました。
そう思った、次の瞬間。
一瞬ですが、義時さんの視線が、
私の首元……、いえ、胸元を凝視
しました。
「ヤッパリ……。気づいた?」と、
ドキッとします。
でも、義時さんは、すぐに目を逸らし、
また、何も言いませんでした…。
私たちは、前に、みどりちゃんと一緒に
入った、ロビーに隣接するラウンジに
入りました。
私は、ブレンドコーヒーを頼みました。
コーヒーやお茶が、嫌いな義時さんは、
迷った末に、100%のジュース。
オーダーを取った従業員の人が去った
ので、私は、口を開こうとしました。
でも、義時さんの方が、最初に、
口を開きます。
「大事な話だよね?
それは、ここを出てからにしよう」と。
私は、「はい」と小さく頷きました。
確かに、これが、最後の、二人での
コーヒータイムになるかもしれない
のです……。
私たちのコーヒーとジュースが運ばれて
来るまで、義時さんは、無理に作ってる
なと分かる笑顔で、いつも通りに、
話しかけてくれます。
痛々しい……。
「こんな良い人なのに……。
今日で、終わりになるかも」と考えると、
やっぱり言うのはやめにしようかと、
思います。
でも、手を強く握りしめました。
「言わないと……!このまま、お付き合い
して、そのまま結婚ってダメだよ!
真子!!」と、自分に言い聞かせます。
コーヒーとアップルジュースが運ばれて
来たので、私たちは、お互い、黙って
カップに手を差し伸べました。
緊張した表情で、ジュースを飲む義時
さん。
「この人と離れたくない!
黙ったままでも一緒にいたい!
こうやって二人で、これからも時間を
過ごしたい!!」と切に思いましたね。
でも、だからこそです!
黙ったままではいけない、沈黙した
ままじゃダメだと思いました。
生涯で一番愛する男性だからこそ、
全てを知ってもらって、その上で、
結婚したかった。
私が、コーヒーを飲み終えたのを
確認し、義時さんは、
「じゃ、出ようか。場所を変えて、
話したいから」と言いました。
私たちは、ホテルを出ました。
ちなみに、会計は、義時さんがして
くれました。
私は、言ったのです。
「前回、払ってくれたんだから……。
今回は、私が……」と。
でも、義時さんは「良いから……」と、
いつもより強い口調で、そうですね、
ぶっきらぼうな感じで、答えてきま
した。
一瞬、ビックリしました。
「機嫌悪い……?」
その後、また、義時さんの視線が、
私の首元、胸元に注がれました、一瞬
ですが…。
「そうだよね。気づくよね。
当然……」と思いました。
そうなのです。
私は、プロポーズの日に、
義時さんからもらったネックレスを
わざと、外して、来ていたのです、
ホテルに……。
あのプロポーズの日、義時さんが、
震える手で、緊張しながら、私に、
渡してくれたネックレス……。
絶対に、外したくないネックレス。
一生の宝物のネックレス!
そのネックレスを、私は、外して、
ケースに入れたのです。
そして、そのケースを、鞄に入れました。
フッと鞄のキーホルダーが、
目に入りました。
「あの〔さだみん〕さん、元気かなぁ」
と、昔の日々を思い出しました。
あの川崎での日々が、懐かしく、
思えたのです。
それはさておき、ネックレスを外し、
ケースにしまったのは、私の、決意の
現れだったのです。
正直に全部話して、それで、義時さんが、
「ちょっと、考える時間をくれる?」と
言うような反応だったら、自分から、
「ごめんなさい。こんなこと急に話して。
最初に父のことで嘘ついていた私が、
悪いんです。
なので、やっぱり、結婚の話はなかった
ことにしてください。
だから、これもお返しします」と
言って、ネックレスを返すつもりでした。
そして、スパッと彼との関係を
終わりにするのです。
私との関係のことで、彼を悩ませ、
苦しませるわけにはいきませんから…。
(著作権は、篠原元にあります)