第十四章 ⑰
文字数 3,221文字
してしまったのは……。
この瞬間、自分の隣に座っている、最愛の
女性を、【夜の店】で働くしかない状態に
追い込んでしまったのは……。
そして、あの日、学校の廊下で、彼女を
押し倒して、屈辱を味わわせたのは……。
全部、この栄義時、自分自身なんだ!!
俺が、あんなバカなことをしたから……!
心がかき乱される。
涙を我慢できなくなる。
そして、同時に、彼女への愛が、全身から
抑えきれないほど、迸り出てくるような
…。
義時は、目をカッと見開いた。
もう、父への恐れ、遠慮もクソも何も
ない!
ただ、あるのは、「ここで、言わなきゃ、
俺はわざわいだ!」という、熱い思い!
そう、今、俺は、ここで、彼女への真実
の愛を、宣言しないといけない、父と
母の前で!!
口を開く。
「あのさ……。二人とも、聞いて。
スゴイ、大事なことなんだ!
実は、彼女、柳沼さんはね…」
だが、父は、最後まで言わせては、
くれなかった!
義牧は答えた。
次男に対して、キッパリと宣言する。
「もう良い。とにかく、ここでは、
もう頼んだんだから、食べよう。
で、あとで、お前に、ワシらから話が
あるからな」。
どんな話か……。
つまり、彼女抜きで、どんなことを
言われるかは、容易に検討がつく。
どうせ、「あの人は、やめとけ」だろう。
義時は、話を聞いてくれない、話させても
くれない父に対して、腹が立った。
そうだ。彼女が悪いんじゃない。
最初から、人を疑って見る、悪いところを
探していく、そんな父の性格が悪いんだ。
冤罪を作り出す一部の悪徳刑事のように、
もう100%、目の前の相手を『犯罪者』
と決めつけて、見て、話し、接する。
そんなんだから、こんなに素敵で、良い
ところイッパイの真子ちゃんでも、
この人には、『100%悪女』に見える
んだ!絶対に、そう見えている!!
そうだ。いっその事、刑事になれば、
逆に、父は、『伝説の刑事』になって
いたかもしれない、この性格だから…。
まぁ、実際、警察官じゃないけど、
警察に知り合いは、多いしな……。
そう。確かに、不動みどりの時は、
父が、助けてくれた。
不動は、真子を助けるために、刑事として
やってはいけないことをしたらしい。
で、そのせいで、例の警官2名に
怒鳴られもした。
それで、その後も、「処分確実だからな」
と直属の上司から言われ、左遷される
かもとビクビクしていた。
それで、俺は、不動と真子から、その
ことを聞いたので、すぐに、父に、電話
したんだ。
もしかしたら、父なら、不動の力になって
くれるんじゃないかと、考えて。
ちなみに、そのことを、真子には言ったが
不動には、言わなかった。
不動は、今も、このことは知らないはず
だ。
「ウチの隣の家だった葦田さん、憶えて
いる?そこの長女のみどりっていうのと
ずっと幼稚園も学校も一緒だったんだ
けどさ……。
そいつが、今、東京の阿佐ヶ谷中央
警察署の刑事なんだけど……。
俺とそのみどりの共通の知り合いを
助けるために、そのみどりがちょっと
ムチャしっちゃってさ……。
なんか処分されるとか、大きな問題
になってんだよ。
でも、本当に良いヤツで、今回も、
困っている人を助けるために、ちょっと
暴走しちゃったって言うことなんだ…。
……何とかなんないかな?
警察の上の方に、何か、連絡してもら
えないかな?」
運よく、父は、いすみ市在住時代の
隣家・葦田一家を憶えていてくれた。
そして、俺の幼馴染のみどりのことも。
「おぉ!あの葦田さんちの、みどり
ちゃんかぁ!オマセで、やんちゃで、
お前と一緒によくワルさしてたなぁ!
そうかぁ、あの子が、今は、刑事かぁ!
そう言えば、義治から、あそこの長女は
東京で公務員してると、聞いたことあった
なぁ」と懐かしそうに言った。
で、父は、俺に任せろと、すぐに動いて
くれた。
古くからの知り合いの千葉県警の幹部に
電話してくれた。
その人から、父曰く、「みどりちゃんが勤務
してる警察署を監察する警視庁の第四方面
本部の本部長に直々話してもらったからな。
これで、安心だぞ!」と言うことになった
らしい。
で、後で、不動から聞いたら、『奇跡的』
に何の処分も、本当に一切、なかった
らしい。
「普通なら、絶対に、あり得ないこと
だけど!」と何度も、不動は繰り返して
いた。
父のことを言おうか迷ったが、言わない
ことにした……。
あの時は、本当に、良くしてくれた。
不動のために……。
そして、それは、結局、俺と真子ちゃん
のためにもなった。
本当に、本当に、感謝してる。
でも、それと今の問題は、別だ!
犯罪者を見る刑事のような眼で、
真子ちゃんを見るのは、やめてほしい!
「この父に、どうやったら、話を
聞かせられるんだろう!?」、義時は
必死に考えた…。
同じ頃、義時を威圧し黙らせた、義牧の
横で、その妻の定美は、思っていた。
「義時にも喋らせてあげたら良いじゃ
ないの!」と。
夫は、不機嫌な時、いつもするような
感じで、さっきも、次男を黙らせた。
でも、そんなの間違っている……。
息子本人の気持ちを、ちゃんと、親は
聞いてあげるべきじゃない。
確かに、目の前の女性は、色々問題は
あるわ、控えめに言っても…。
だけれど、目は……、キレイだわ。
定美は、言った。
「お父さん。少しぐらい義時の話も
聞いてあげたらどうですか?
そうね、お料理が出てくるまででも
……。
さっ、義時、話してッ!」。
こうなったら、勢いで、この人を抑える
しかない。
定美は、目で、次男を促した。
義時は、母の優しさを悟り、理解した。
だから、すぐに、喋り出す。
父は、そんな自分を無視してるけど、
それは、それで良い。
とにかく、耳に入れさえすれば……。
「実はさ、彼女……、柳沼さんは、
小学生の頃、俺と同級生だったんだ。
二人とも憶えてるだろう?
俺が起こした、あの事件のこと……」
義時は、呼吸を整える。
ここからが、カギだ……。
でも、その時、気づいた。
父が、動揺している。
動揺した時に出るクセが出ている。
そして、母も、目を大きく見開き、
自分と真子を交互に見ている。
もしかしたら、もう、あの奥中真子が、
目の前の女性だと気づいたのかも
しれない、二人とも。
義時は、ハッキリと言い切る。
「ここにいる柳沼さん。
あの奥中真子ちゃんなんだ……!」
そこからは、一気だ。
とにかく、自分の気持ちを、ぶつける!
必死の想いを込めて、父に、挑んだ。
「分かってください!!
俺は、この人と結婚しないといけない
んだ!」と言う、漲る想い!!
そんな次男を目前にして、義牧は、
思った。
「こいつのこんな表情、初めてだ」と。
そして、手が、いや、全身が震える。
「本当に、あの子なのか……。
この女性が、あの奥中真子ちゃん?」。
動揺を隠せない。
あの頃……、息子が、小3の時のこと
が、フラシュバックする。
夫婦で、何度も、奥中母娘を訪ねた
が、娘さんは、顔を見せてくれな
かった。
当然だ……。
全校生徒の前で、とんでもない屈辱
を味わってしまったのだから、か弱い
女の子が…。
そうか、この人が……。
そう言われてみれば、面影がある。
あの奥中真子ちゃんと、目の前の
女性……。
一気に心が熱くなる。
また、胸が痛くなる。
そうだ!!
彼女こそ、一番苦しんだ、犠牲者、
被害者なのだ!
そして、加害者は……。
それなのに!!
自分は、最初から、決めつけていた。
「どこの馬の骨か分からない女」と。
失礼の限りを尽くしてしまった、
もう、すでに……。
定美も、心が、はち切れる程だった。
「あの……奥中真子ちゃんなのね」。
次男の隣に座る女性を見る。
……次男が通う小学校の教頭から、
あの日、突然電話がかかってきた。
「栄義時君のお母さんですね?
すぐに、学校に来てください!!
大変なことになりました!
義時君が、同級生の女の子を追いかけ
まわして、廊下で転ばして、大変な
ことになっているんです!!
とにかく、大至急、来てください。
その女の子の親御さんも、今、こっちに
向かっていますから!」。
そして、電話は、乱暴に、ガチャっと
切れた……。
頭が、真っ白になった。
(著作権は、篠原元にあります)