第十四章⑱

文字数 3,930文字

気づいた時には……、無我夢中で走って
いた、次男の小学校へ向かって。


そして、学校に入り、職員室から
慌ただしそうに出て来た校長から話を
聞いて、呆然としてしまった。
「まさか、うちの子が……!」。
その女の子は保健室で休んでいると
言う。

校長は、職員室から出て来た教頭と
一緒に保健室へと走っていた。
「ここで、待っててください!」と
言い残され、一人、職員室の前に
立ち尽くす……。
職員室の中は、まるで戦時中のような
大騒ぎ…。
「全部、うちの子のせい……。
どうお詫びしたら良いの?」と
パニックになりかけながらも必死に
耐えた。
これから、もっと大変なことになるの
だから……。
ハッとして、携帯を取り出し、夫に
電話をかけた。
教頭と校長から伝えられた通りのことを
話した。
普段、動揺なんて全くしない夫が、
絶句した……。






定美は、改めて、次男が連れてきた女性を
見る。
「あぁ!あの時も、こんな風に震えて
たわ!!」と思い出す。
あの日、あの学校で、奥中真子ちゃんは
涙を浮かべながら、体を震わせていた…。

全部自分たちが、悪い。
あの日も、今日も。
そうだわ。私も、夫と変わらない。
嫁からの情報があったから、やっぱり、
『色眼鏡』で、目の前の彼女を見て
しまっていた。
目の前の彼女は、義時がひどく傷つけ、
辱め、不登校にさせてしまい、その後も、
どっかに引っ越すと言うような大変な人生
を過ごさせてしまって来た……。
そして、さっきの話では、もう、あの
お母様も他界されている……。
それなのに、私たち家族は!!
定美は、決心した。
「この子は、絶対に、うちの嫁にする!
うちに来て、幸せになってもらう!!」。






義時は、全て、話し終えた。
言い残したことは、ない。




義牧は、隣の妻と、前に座る次男、
それから、委縮しきっている若い女性
を見る。
彼女が、あの奥中真子……!?





真子は、義時の両親の熱い視線が、
自分に集中するのが、分かった。
ジッと見られている……。
目を合わすのが、怖い。
だから、テーブルの上の水滴が垂れる
コップを見つめる……。



義牧が、最初に沈黙を破った。
「きっ……君、いや、あなたが、本当に、
あの奥中真子ちゃんなんですか?」と。
自分でも分かる。自分の声は、震えている。
極度に興奮している。




真子は、彼の父親の目をしっかりと見て、
答えた。
「はい……。
あの、母が死んで、大伯母に引き取られ
たので、柳沼姓になりました」。



定美は、夫が、必死に涙を堪えている
のに気づいた。
そう言う自分も、さっきからずっと
ハンカチを握っている。
次男も半べそだ。
この中で、一番冷静そうに見えるのは、
緊張度MAXのはずの彼女……。

そう考えていた定美に、義牧が話しかける。
「母さんや。今まで生きていて、こんなに
も感動したことはないよ……。
本当に、神様っているんだなぁ。
こんな話、今まで聞いたこともないし、
想像もしなかった。
これは…、この二人の結婚は、運命……、
いや、天の定めだな……、絶対」
そして、夫が、声に詰まる。
夫と一つ思いだ、自分も。





定美は、前を向いて、口を開く。
もう一度、伝えたかった。
義時の母として……。
「柳沼さん、いいえ、真子さん。
本当に、あの時は、うちの義時が、
ごめんなさいね……!!」
もう限界、涙が溢れだす。





義時も感動で、いっぱいだった。
両親の口から「結婚を許す」と言う
言葉を実際に聞かなくても、もう分かる。
両親は、分かってくれた、と。
この結婚の話に心から賛同してくれて
いる。
たとえ、いや、ありえないけれど、
自分たち二人が「やっぱり、やめよう」
と言いだしても、両親が、それを
許さないだろう、もう……。


そして、次第に、義時は、周りが気に
なってくる…。
母が、鼻をズッズッさせて泣いている。
なんと、隣の父も、ハンカチで顔を覆って
いる!?
で、しかも、隣の真子も、シクシク…。
「何事なの、これ……って思われてるん
だろうなぁ」、義時は、こう思った。
けど…‥、何か、自分も泣けてくる。



何分間後…。
義牧、定美、義時、真子は、顔を
見合わせた。
みんな、目が真っ赤だ。
定美が、真子に丁寧に言う。
「真子さん……。こんな息子だけど、
どうぞ、よろしくお願いします」
そして、深々と頭を下げた。
隣の義牧も、それに倣う。
真子も、「はい、こちらこそ……」と
言いながら、同じようにした。
義時は、感極まった。
両親の心が、痛いほど、分かる!


その後は、美味しい料理を食べながらの
懇談の時間だった。
真子は、驚いた。
義時は当然だが、ご両親も、よく食べる、
食べる!
実際、「真子さんもどう?」と定美に
何度も訊かれた。
けど……、さすがに、そこは自制する。
「お腹いっぱいにはならないな……」と
思いながら。
でも、本当に、楽しい時間で、あっと
言う間だった。




今日はそろそろ……となり、義牧が会計に
向かう。
4人の中で一番飲み食いした義時は、
トイレに…。
真子は定美と一緒に、店の外で待った。
未来の夫とその父親を。


で、真子は、ハッとした。
言うなら、今だ。
また、訊くなら、今だ!
勇気を振り絞って、尋ねる…。
「あの……。義時さんのお母様。
私、このキーホルダーをずっと大切に
しているんです。
昔、お世話になった先輩の方から
もらったものです……。
それで、もしかして……」。




定美は、次男のフィアンセが、突然、
鞄のキーホルダーを見せて、
話しかけてきたので、驚いた。
ついさっきまでの表情と違い、
真剣そのものの表情……。


うん、記憶のどっかに引っかかる。
どっかで、このキーホルダーを見た
ことがある……?

じっと、見つめる。
そして、真子が、言い終わる前に、
ピンと来た!
すぐに、喋っている真子に合図して
言う。
「ちょっと……。裏側を見ても
良いかしら?」。
真子が、コクンと頷く。
定美は、手をのばして、その次男の
フィアンセのキーホルダーの裏側を
見た!
「あぁ!」と思わず、叫んでしまう。
やっぱり、『まこ』と刻まれている。
記憶がつながる!
ウソ……!!
「真子さんが、あの無愛想だった女の子
なの!?」


定美は、訊いてみる。
「あの、スーパーで一緒だった……?」。

真子が、大きく頷く。
そして、言う。
「はい、そうです!
川崎市のスーパーで、お世話になって、
それで、このキーホルダーまで、いただき
ました!!」と。

まだ半信半疑の定美が、さらに尋ねる。
「スーパーの名前、憶えている?」。

真子は、ハッキリと答えた。
「もちろんです!
ライフ泉・川崎本店、です!」。


思わず、定美は、目の前の、次男が
連れて来た女性に、抱き着いてしまった!
もう、本当に、奇跡的再会だわ…!

ハッとして、「あッ!ごめんなさいね、
ビックリしたでしょう」と言って、
次男のフィアンセから離れる。
でも、興奮が、さらに湧き上がってくる。


真子は答えた。
「いえ、大丈夫です!
このキーホルダー、本当に、ありがとう
ございました。
……ずっと、私を支えてくれて、私の
一番の宝物です!!」。
真子と定美は、入口前で、ガシッと手を
握り合う。

定美と真子の周りだけ、時間が止まった
ような感じだ……。
でも、真子は、我に返った。
言わなくてはならないことが、ある…。
真子は、定美の手を握ったまま、定美の
目をしっかりと見て、言った。
「あの……!本当に、あの頃は、色々と
失礼な態度をとってしまっていて、本当に
すみませんでした!!」。
真子ちゃん…、と言って、定美が、
ガバッと、抱きしめてくれた……。


真子は、久しぶりに、亡き母に抱きしめ
られているような、幸福感に包まれた。
そして、思う。
「こんなことになるなんて!」。

あの頃の自分は、心底嫌っていた、
目の前の人を。
話したくもない、近づきたくもない、
そんな人だった。
でも、その人が、「私のお義母さんに
なるんだ……」。
そして、抱きしめてくれていて、それが、
自分は、本当に、嬉しい…!!


女二人は、しばらく、ファミレスの前で、
抱き合った。
純粋な愛と感動で……。


で、義牧と義時が店から出て来たので、
二人は、離れた。
でも、心は結ばれている。
そして、定美は、思い出した!
「すっかり忘れてたわ!
今日、あげようと思って、持ってきたん
だったわね!」
本当に、最近忘れぽっくなっている。
でも、真子さんが、キーホルダーの話を
してくれて、思い出せた!

定美は、大急ぎで、紙袋から、次男が
連れて来た女性へのプレゼントを
取り出した。
真子に渡しながら、言う。
「これね、本なの。
私の知り合いの先生が書いた本なんだけど、
歴史上の有名人や偉人のお話が、いっぱい
載っているの。
感動する、聖書のお話もいっぱいね…。
真子さん、ぜひ、読んでくださいね」。



真子は、嬉しかった。
まさか、今日、プレゼントをもらえる
とは……!!
そして、この本は、〔さだみん〕、
つまり、将来の義母からの2番目の
プレゼントなのだ!!
感動だった……!!!







一行は、その後、1台の車に乗り込んだ。
義牧の黒のベンツだ。
真子は、内心興奮していた。
左ハンドルの外車に乗るなんて、
生まれて初めてだった。
実は、当然、義時と歩いて駅まで戻ろう
と思っていたのだけど、義牧が突然
言ったのだった。
「まだ時間あるから、これに乗ってけ!
うん、そうだ、新宿あたりまで高速で
送ってってやるわ。
そうしたら、義時も特急に早く乗れるし、
真子さんも自宅まですぐだろう?」。
定美は、大賛成。
義時も助かったと、思った。
真子は、緊張するし、義時と二人に
なりたかったから遠慮したかった……、
実際には何も言わなかったけど。でも、
義牧の車を見て、乗ってみたくなったの
だった!
何て言ったって、本物の黒の外車!!
そんな真子に、定美が声をかける。
「さ、真子さん。私と一緒に、後ろに
座りましょ。4人で、結婚式のこととか
についても、ちょっとお話したいし……」。
定美に、優しく背を押され、真子は黒の
外車に乗り込んだ…。







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登場人物紹介


奥中(おくなか) 真子(まこ)のちに(養子縁組により)(やぎ)(ぬま) 真子のちに(結婚により)栄真子




 本書の主人公。小学校3年生のあの日 、学校のクラスメートや上級生、下級生の見ている前で、屈辱的な体験をしてしまう。その後不登校に。その記憶に苛まれながら過ごすことになる。青春時代は、母の想像を絶する黒歴史、苦悩を引継いでしまうことなる、悲しみ多き女性である。





(あし)() みどり



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメートであり、大親友。



しかし、小学校3年生のあの日 、学校の廊下を走る真子の足止めをし、真子が屈辱的な体験を味わうきっかけをつくってしまう。



その後、真子との関係は断絶する。










(よし)(とき)



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメート。葦田みどりの幼馴染。



小学校3年生のあの日 、学校の廊下で真子に屈辱的な体験をさせる張本人。











奥中(おくなか) 峯子(みねこ)



本書の主人公、真子の母。スーパーや郵便局で働きながら、女手ひとつで真子を育てる。誰にも言えない悲しみと痛みの歴史がある。








雪子(ゆきこ)



本書の主人公、真子の大伯母であり、真子の母奥中峯子の伯母。


愛媛県松山市在住。







銀髪で左目に眼帯をした男



本書の主人公、真子が学校の廊下で屈辱的な体験をするあの日 、真子たちの



住む町で交通事故死した身元不明の謎の男性。



所持品は腕時計、小銭、数枚の写真。










定美(さだみ)(通称『サダミン』)



本書の主人公、真子が初めて就職したスーパーの先輩。



優しく、世話好き。



だが、真子は「ウザ」と言うあだ名をつける。









不動刑事



本書の主人公、真子が身の危険を感じ、警察署に駆け込んだ際に、対応してくれた女刑事。



正義感に溢れ、真面目で、これと決めたら周囲を気にせず駆け抜けるタイプである。



あだ名は、『不動産』。警視庁阿佐ヶ谷中央警察署生活安全課巡査部長。
















平戸



本書の主人公、真子につきまとう男。



また、真子の母の人生にも大きく関わっていた。






愛川のり子



子役モデル出身の国民的大女優。



〔あいのん〕の愛称で、幅広い世代から人気。



映画、テレビ、雑誌などで大活躍中。







石出(いしで) 生男(いくお)



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメートであり、幼馴染。小学校3年生のあの日 、真子を裏切る。




(やぎ)(ぬま) 真子のちに(結婚により)(さかえ) 真子



 本書の主人公。旧姓は、奥中。



小学校3年生の時、学校中の見ている前で屈辱的体験をし、不登校に。



その後は、まさに人生は転落、夜の世界へと流れていく。



だが、22歳の時小学時代の同級生二人と再会し、和解。回復への一歩を歩みだす。

(さかえ)(よし)(とき)



本書の主人公、真子が小学校3年生の時、屈辱的体験をさせた張本人。



そして、真子が22歳の時、男に追われているところを助けた人物でもある。



その後、真子の人生に大きく関わり、味方、何より人生の伴侶となる。

柳沼雪子



本書の主人公、真子の大伯母。養子縁組により、真子の母となる。



夫は眼科医であったが、すでに他界。愛媛県松山市で一人暮らしをする愛の女性である。

定美(さだみ)(通称・『サダミン』)



本書の主人公、真子が大事にしているキーホルダーをプレゼントしてくれた女性。



真子が川崎市を飛び出して来てから長いこと音信不通だったが、思いもしないきっかけで、真子と再会することになる。

不動みどり



本書の主人公、真子が小学校3年生の時、屈辱的体験をするきっかけを作ってしまう。



そして、真子が22歳の時、再会。つきまとい行為を続ける男から真子を助ける。



旧姓は、葦田。警視庁阿佐ヶ谷中央警察署生活安全課・巡査部長。

都和(とわ)



明慈大学理工学部で学んでいた女性。DVによる妊娠、恋人の自殺、大学中退……と、真子のように転落人生を歩みかけるが、寸前を真子に助けられる。

愛川のり子



〔あいのん〕の愛称で、幅広い世代から人気。



映画、テレビ、雑誌、海外でのドラマ出演など活躍の場を広げる国民的大女優である一方、息子の『いじめ報道』に心を痛め、また後悔する母親。



本名は、哀川憲子。

()(おり)



結婚した真子の義姉となる女性。



真子との初対面時は、性格上、真子を嫌っていたが、



後には、真子と大の仲良し、何でも言い合える仲になる。



名家の出身。



 

石出(いしで) 生男(いくお)



本書の主人公、真子を裏切った人物。



真子が小学時代の同級生二人と再会し、和解した夜に自殺。



第二巻では、彼の娘の名前が明かされる。

新名 志与


旧姓、長谷島。

第一章では、主人公に、『しーちゃん』と呼ばれている。

夜の世界で働いていた真子にとって、唯一の親友と

呼べる存在、姉的存在だった…。


ある出来事をきっかけに、真子と再会する(第二章)


小羽


 真子の中学生時代(奈良校)の同級生だったが…。


第二章で登場する時には、医療従事者になっている。

居村


 義時と真子が結婚式を挙げるホテルの担当者。

ブライダル事業部所属、入社3年目の若手。

 

真子曰く、未婚、彼氏募集中。

不動刑事


主人公の親友である不動みどりの夫。


石出生男の自殺現場に出動した刑事課員の1人。



最愛の妻、同じ署に勤務する警官のみどりが、

自分に隠れ、長年自宅に『クスリ』を保管、しかも、

所持だけではなく、使用していた事実を知った

彼は……。

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