第十七章 ⑨
文字数 2,745文字
すぐに。
新婚夫婦は、鍵を閉め、車で出かけた。
行先は、郊外にあるホテル。
と言っても、変なホテルではなくて…。
加えて、そういう『男女の目的』で
向かっているわけでもなくて…。
その郊外の、新しくオープンしたばかりの
ホテルに、結婚式のため四国から出て来た
雪子が泊っているわけだ。
式当日は、新郎新婦が一番良い部屋、
つまり、式場となったホテルの最高級の
部屋に泊まった―義牧と総支配人十文字
の配慮で―。
で、下のフロアに、義牧夫妻と美織一家、
それから、雪子も宿泊したわけだ。
そして、日曜朝、一行は東京に向かい、
都心の教会で、小滝牧師の説教を聴き、
讃美歌を歌い……それから、いすみ市へ
3台の車で戻って行った。
まぁ、義牧夫婦の年代物のベンツに
乗せてもらった雪子にとっては、初めての
いすみ市への旅となったわけだけど…。
で、新婚夫婦は『新居』に戻ってから
膨大な作業があるので、日曜日いすみ市
に着いてからと、月曜日の夕方までは、
義牧と定美が、雪子と一緒にいてくれる
ことに。
これには、新婚夫婦、心から感謝した。
自分達の代わりに、雪子を案内し、
観光にも連れて行ってくれ、一緒に
泊ってくれるというのだから。
で、話を戻して。
月曜日夕方。
新婚の栄夫妻は、車で、例のホテルに
向かっていたわけだ。
もう1泊する雪子と、もうチェックアウト
して今夜には神奈川に戻るけれど、
忙しい新婚夫婦のために、夕方まで
雪子と一緒にいてくれた義牧夫妻が
待っている……。
義時と真子が、ホテルに着くと。
ちょうど、約束の時間ぴったりだ。
……ホテルのロビー。
新婚夫婦が入って行くと、すぐに、
雪子が気づいた。
真子は、大伯母のもとに駆けていく。
やはり嬉しい。唯一の……、いや、もう
栄家の人たちがいるから、唯一と言う
わけではないけれど、やっぱり……、
雪子は、『育ての親』、『母』なのだ。
そんな真子の後姿を見ながら、義時の
方は、両親を捜した。
ロビーに、見当たらない。
「どこ行ったんだ?一緒に、俺らが
ここに来るまで、待ってくれてるはず
じゃなかったか?」
立ち止まって、キョロキョロと見渡して
みたけど、やはり、それらしき老夫婦は
どこにもいない……。
義時は、何か談笑している2人―立った
ままの妻とソファーに座っている妻の
大伯母―に近づいていく。
そして、妻の家族に訊いてみた。
「あのぉ、うちの親父とお袋は……。
ご一緒ではないんですか?」
すると、妻の大伯母が言う。
「いえねぇ。ついさっき……、ほんの
10分位前までは一緒だったんですよぉ。
……本当に、昨日から良くしてくださって
……。お世話になりっぱなしでぇ、わるい
位だったわぁ。
それでねぇ、今日も、ご朝食の後、素敵な
車でいすみの町を案内してくださったり、
美味しいお店に連れて行ってくださって
……。
それで、これから、神奈川県の方にお戻り
になるって聞いたものだから。
『もう、私は大丈夫ですから。2人もすぐに
来ますから。どうぞ、暗くなる前に、
出発なさってください』って、私が言ったん
ですよ。
それでも、1時間位、あそこで……お茶を
しながら過ごしていただいてね、一緒に。
でも、『もう、本当に、大丈夫ですから。
遅くなってしまいますから…』って、
私が言って、義時さん達が来る前だけど、
戻ってもらったんですよ。本当に、良く
してもらってばかりで、恐縮でしたから
ねぇ……」
そう言われると、義時も、「はぁ」としか
言えない。
それに、そう言われれば、両親も大変な
わけだ。
今から10分位前にここを出たとしても、
あっちに着く頃には、真っ暗だろう。
途中で、夕飯も食べていくだろうし……。
「あとで、私達からも、お礼の電話を
しないとね」と妻が言う。
そして、妻の育ての親も、「本当に、
本当に、お世話になって……。
幸せで、楽しい、旅だったわ」と妻に
笑顔で言っている。
おかげで、義時もスッキリした。
「じゃあ、行こっか!?」と、
真子は、義時と雪子に言った。
まぁ、そんなに急ぐわけでもないけど、
早く着ければ、その分、雪子おばさんに
ゆったりと、ゆっくりと、お湯に浸って
もらえる……。
そう、目的地は、旦那の職場だ。
「そうね、行きましょう。
楽しみだわぁ」と言いながら、雪子が
立ち上がるも……。
ずっと座っていたからか、足がふらつき
倒れかかった!
すぐに、大柄な義時が支えた。
真子は、ヒヤッとした。
ありがとうございます、と旦那にお礼を
言う大伯母を見つめながら、思った。
「やっぱり、年をとったなぁ」と。
しみじみする。
本当に、もっと、これから、もっと、
親孝行しないとな……。
真子と雪子が、ホテルを出て、車の前に
行くと。
すぐに、一足早くホテルを出て、車の
エンジンをかけてくれていた義時が、
サッと来て……。
雪子のために、後ろのドアを開けて
くれた。
雪子は。
「あらぁ!ありがとうございます。
こんなにしていただいて、嬉しいわ!
年寄りのためにお気遣いいただいて
助かります。ありがとぉ」と、
心底嬉しそうだった。
それを見て……。
真子は。
「うん?」と。
さっきは……??
そう。旦那が自分達より早くホテルを
出てから。
自分達2人も駐車場へ行こうとしたわけ
で…。
自分は、大伯母の足が気になって、
本当に、本当に『親切心』で、言った
わけだ。
「手、かそうか?」
すると、即、かえってきた!
「何!?大丈夫ヨ!年寄り扱い
しないでッ」と。
感謝されると思いきや、逆に、
なんと叱責!
これが年とった証拠だなぁ…と、
真子は思ったのだった。
でも!!
旦那に、されるのは良いんかい!?
「私と彼がしてることって、同じこと
だよね?」、真子は、目を見開いて、
考えた。
そして、再度思う。
「私には厳しいのに…。
まぁ、年寄りは気難しいって言うものね」
勿論、言葉にして言うほど、『赤ちゃん』
ではない……。
そんなこんなで、新妻の方は幾分か
思うとこ、考えるとこもあったけれど、
車中は賑やかで、一行は、
旦那の職場へと向かった。
まぁ、おおよそ、話しているのは、
雪子。
そして、相槌を打ったり、受け答え
しているのは旦那の義時。
真子は、あまり、口を開かない。
だって……。
「どうせ。彼と、話したいんでしょ。
何か、スゴイ、楽しそうだし、声も
いつもと違うし……」
だが、10分も経てば…。
真子も、その『話の中』に加わっていた。
いや、加わりざるえなかった……。
黙ってれば、もう、本当に『危険な程』、
育ての親が、自分の学生時代のこととか
を話すから…。
旦那にだって、聞かれたくない話は、
あるのだから!
(・著作権は、篠原元にあります
・今日も読んでいただきありがとう
ございます!
・第十四章⑱、⑲に、栄義牧夫妻が
乗っているベンツについて書かれて
います!
第十七章⑤に、義時と真子の結婚式
翌日つまり日曜日のこと詳しく書いて
います!
このあと、どうぞ♪ )