第十六章 ⑫
文字数 4,174文字
恐る恐るという感じで、披露宴会場に
入り、一緒に来た『仲間』と離れ、
新郎新婦の【手作り 席次表】に従い、
見ず知らずの人達が座る、『自分の
丸テーブル』に、足取り重く向かう
列席者たち―ちなみに、そのほとんどが
若い未婚の男女―……。
中には、知らない人が多くいる『指定
のテーブル』に、励まし合いながら、
手を握って、近づいていく女子達も
いる……。
それで……。
招待客は全員、披露宴会場に集まった。
だが……。
ほとんど、まぁ、半数位のテーブルに
着く面々は、どうもぎこちない……。
当然だ。
同じテーブルに座っている6,7人
のほとんどが知らない人達なのだから。
「ナニコレ?」、「新郎新婦、何、
考えてんの?」と、みんなが思って
いる。
まぁ、同い年位の同性もいるから、
そこは、ホッとする。
で、残りは、同い年位の……、
異性だ。
そこで、司会の女性が、やっと、
『答え』を喋り出す。
―わざと、ギリギリまで『ネタばらし』
しないよう、新郎の父から指示が
あったのだ―。
なので、それまでは、ずっと、
「皆様。本日はご来場誠にありがとう
ございます。皆様のお手元の席次表は
新郎新婦の手作りの品でございます。
席次表にある丸テーブルにお進み
ください。また、お席には、これも
新郎新婦手作りの席札をご用意させ
ていただきました。どうぞ、
ご確認の上、ご着席下さいませ」
を繰り返した。
困惑している若者たちを見て、
『真相』を言ってあげたかったのだが
新郎父―雇い主―の指示を破るわけに
いかないので……。
で、やっと、新郎の父からOKサインが
出たので、戸惑う若者たちを解放して
あげるべく、声を上げることができた。
「皆様。ご両親様もご入場なさり、
只今、ご新郎とご新婦はご入場の
準備をしております。本日、この
素晴らしいご披露宴の司会進行を
させていただき、皆様のおともを
させていただきます、私、神奈川で
フリーアナウンサーをしております
村山と申します」。
ここで、夫婦同伴組をメインとして、
また、若者たちからも、恒例の拍手
をもらう……。
けど、早く、若者たちの顔に、
本物の、そして、披露宴本来の
『笑顔』を取り戻させてあげないと
……!!
で、いつもより早く喋り出す。
「さて……。ここで、皆様に、
どうしても、お伝えしたいことが
ございます……。
本日は、もう皆様もお気づきの
ことでしょうが、高砂のお席に向かい
左手にご新郎側、また、右手にご新婦
側のお席を……というようにご用意
させていただいて、おりません」。
ここで、一呼吸置く。
「と申しますのも、一部のお席を別と
いたしまして、大多数のお席につきまして
は、ご新郎側とご新婦側の皆様に、
ご一緒に、お座りいただいているからで
ございます」。
もう、一呼吸置く。
いや、置いてしまった。
ご年配の方々からの、ちょっと冷たい
視線……。
「何やってんだ、これは!」と言う
視線が、発案者ではなく司会者である
自分に飛び刺さって来る……。
そして、『困惑の当事者』達―未婚
の若者たち―からの、縋るような
視線。
「何なの?これは……。
早く教えてよ!」という数多くの
視線。
これまで、披露宴の司会を数えきれない
ほど担当してきたけれど、こんな、体験
初めてだ……と、フリーアナウンサーの
村山美衛はヒシヒシと思った。
顔には絶対に出さないが、変な汗も
流れてくる……。
えぃッ!!
心の内で叫んで、続けた。
「その理由でございますが、実は、
このようなご披露宴の形にしようと発案
されましたのは、ご新郎のお父様である
栄義牧様でございます。
お父様である栄様より、『ぜひ、楽しく、
アットホームで、何より、未婚の皆様方
には良き出会いが実現する時間として
いただきたい』とのお声を頂戴して
おります。そのようなわけで、未婚の
皆様には、ご新郎側、ご新婦側混合で
お座りいただき、ぜひ、素晴らしい
出会いの時間としていただければ
……」。
今は、製作プロダクションに所属し、
一児の母である、フリーアナウンサー
村山美衛は、最後まで言い切ることが
できなかった……。
なぜなら…。
披露宴会場全体から、未婚者の歓喜の
叫び声が上がったから。
大半は、未婚男性の拍手を大きな拍手
を伴う、「オォォォォ!!」という、
大歓迎の叫び。
そして、未婚女性たちがキャーとか
ワーとか、未婚女性同士で騒ぎ出す。
もちろん、これも、『否定的』な
叫びでなく、『肯定』、いや、『喜び』
の声……。
ちょっと、収拾がつかなくなりかけた
披露宴会場……。
「まだ、新郎新婦入場してないのに」。
百戦錬磨…とは、まだ言えないが、
そこそこ披露宴の司会の経験もついて
きていた、フリーアナの村山美衛は、
焦った。
どうしよう…。
どうしたら…。
でも、ホッとする。
専務直々に「くれぐれも粗相のない
ように!」と忠告されていた、新郎の
お父様がニコニコしているから……。
「あ。満足なさってるんだ、この反応」。
胸を撫で下ろす。
で……。次の瞬間、ニコニコしている
専務曰く「千葉の名士的存在」である
その新郎の父親と、目が合ってしまった
……村山美衛は。
そして……?!
「え?立って、こっちに来る?
何で???」。
目の前に来て、「それ、ちょっと、
貸して」と言う、新郎の父親に、村山
美衛は、マイクを渡した。
何、何、こんなの打ち合わせに
なかったよね……!
そんな、まだ若いフリーアナウンサー
村山美衛の困惑をよそに、新郎の父で
ある義牧が話し出す。
「えー、皆様。私、先ほど、司会の
村山さんに、ご紹介いただきました、
新郎の栄義時の父、栄義牧でございます。
本日は、新郎義時と新婦真子の結婚
披露宴にお越しくださいまして、
ありがとうございます!
それでですね、先ほど、村山さんからも
ありました通り、ぜひ、まだ『生涯の
パートナー』がいないという方には、
生涯のパートナーを見つけれる時間に
していただければと、思います。
えー、まぁ、本日は、新郎と新婦が
独断と偏見で、テーブルの組み合わせを
決めたようでございます。
もし、同じテーブルで『ピン!』と来る
方がいたら、ぜひ、アタックしてみて
ください。
また、近くの別のテーブルに、『ピン!』
と来る方がいるようでしたら、少し移動
されるのもかまいません。
えー、年寄りのですね、今までの経験から
申しますと、『やって後悔する』より、
『やらずに後悔する』方が、人生多いもの
であります。
そして、その『やらずに後悔した』事、時
こそ、本当はやっていたら、大成功して
いたかもしれないわけでございます。
ですので、未婚の皆様、ぜひ、勇気を
出して、気になる異性の方に、声をかけて
みてください。
そして、楽しい、有意義な時間をお過ごし
いただければと思いま―す!
以上です、ありがとうございます!」。
披露宴会場全体から鳴り響く拍手。
そして、歓声。
老いも若きも……。
老いは、頷き頷き、周囲を見回して、
穏やかな笑顔を……。
歓声を上げる若き―特に男性陣―は、
獲物を物色するような『眼』を、
すでに、周囲の女性陣に向けている。
で、これまた拍手して、男性陣よりは
劣るけれど歓声を上げる女性陣も、
キョロキョロと周りの『良い物件』を
探しだす。
同じテーブルに、『それ』がいた女性は
心の中で、ガッツポーズしている。
で、隣のテーブルに『それ』がいた
女性は、「あぁ!あっちが良かった」と
一瞬思いながらも、すぐに、「いつ、
どういうタイミングであっちに行こう」
と計画を始める。
で、そのテーブルの女子陣に敵意と羨望
の視線を隠せない……。
で、もう、新郎新婦入場の時には、
フリーアナウンサーの村山と、義牧が
話す前にはあった『困惑ムード』は、
完全に払拭されていた。
義時の目の端には、すでに、気になる
女性に声をかけている、高校時代の
同級生も……。
「アイツ……。全然、変わんないな」と
義時は、笑いそうになった。
真子と腕を組みながら……。
そして、披露宴の最中……。
楽しそうに、本当に美味しそうな
コース料理を食べて、歓談する、
招待客を、時々、見つめる、真子。
自分は、全くと言っていいほど、
食べられなかった。
「これ、良いね!」、「でも予算的に
……」と議論しながら、義時と一緒に
選んだ、凄い―料金的にも―コース
なのにぃ!!
なんて言ったって……、
途切れることなく、高砂にやって来て、
お祝いの言葉をかけてくれる招待客の
多いこと……。
それから、「人生で撮影される写真の
99%は、今日撮られたな」と夜思う程、
カメラを向けられた……。
メインテーブルに座りながら、
何だか、大女優になったような感じも
したものだ。
だから、食べているヒマなんて一切&
一瞬もなかった…。
でも、顔見知りの人から、そして、そうで
ない人たちからも、お祝いしてもらえる
のは、本当に幸せなこと……。
義時も真子も緊張より、喜びの方が
圧倒的に大きい、そんな披露宴だった。
そして、招待客の一人一人にとっても…。
……ちょっと落ち着いた時間があった。
1,2分だったけど。
すぐに、義時が所属する組合関係の
オジサン―偉い方々―たちが、ビールを
手に、高砂にやって来たから…。
でも、その1,2分で、真子は披露宴会場
全体を見渡してみた。
新婦として、大満足だった。
「みんな、楽しそうにやってるわね」。
ずっとお世話になりっぱなしだった
居村と目が合う。
お互い、頷き合った。
それから、気になっていた方を見てみる。
若い連中が楽しそうに、騒いでいる…。
ホッとした。
カノとお初も、同年代の子たちと良さげ
にやっていた。
記憶をたどってみる。
そして、一応隣の義時に確認した。
「ねぇ。あそこ……。あの、奥の2番目
のテーブル。
あのテーブルの男子って、従兄弟君たち
だよね?」。
「そうそう。
アッ!あいつら、盛り上がってんなぁ!」。
若い子同士、オレンジジュースやコーラ
を飲みながら、ワイワイやっている。
微笑ましい……。
でも、と思う。
「あそこの連中だけ、まだ、こっちに
来ないなぁ」。
新郎新婦共に、そう思った。
まぁ、これも、若さゆえ……。
それから、すぐに、真子は、
不動みどり、新婚さん―氏家さなみ―
が座る『既婚者グループ』のテーブル
にも目をやる。
「うん。大人ね……。
あっちの奥のテーブルより、ずっと、
落ち着いてるし、それに、みんなで、
こっちに来てくれて、写真撮影もした
もんね」。
これが、大人と子どもの違いだよなぁ、
真子は、そう考えていた。
高砂で、やっと一息つきながら……。
(著作権は、篠原元にあります)