第九章 東京へ ~敵は、『男』、全員。~ ①
文字数 3,570文字
諦めました。
と言うより、平戸一人に手を下すことで
満足できなくなったのです。
それに、平戸に手を下してしまえば、女で
ある自分が一番損をする、そして、
それこそ一番理不尽であり、あっては
いけないことだと、気づいたのです!
だから、平戸一人に手を下して満足しよう
としていたのを改めました。
そうではなく、この日本中のすべての
『男』共、つまり、平戸や義時や生男と、
同じ生き物、そう敵です、奴らから、
かすめ奪い、分捕り、私や母が味わった
絶望感や悔しさを味わわせてやろうと、
そう、決心したのです。
ずっと平戸のことを追って、憎き平戸の
ことばっかり考えていたのに、不思議
です。
その朝には、平戸に対するこだわりは、
完全にゼロになっていました。
また、自分のことも、赦すことが
できるようになりました。
自分は、被害者だったのです。
そう分かりました。
それまでは、私は、母に酷いことをして
母の人生を滅茶苦茶にした、クソ野郎の
娘でした。
どこか、罪責感らしきものを感じて
いました。
でも、分かったんです。
「私だって、あのクズのせいで散々と
苦しんで、悩んで、傷ついて来た!!
私たち二人とも被害者なんだ!」
目が開いたような、感じでした。
もう、自分の命を絶つなんてバカな
選択肢も抹消しました。
この可哀想な自分、被害者である自分が、
わざわざ、命を絶つ必要なんて、
一切ないのです!!
私は、アパートの部屋を出ました。
目に入る、異性の高校生、ビジネスマン、
おじいさん、警邏中の警官、清掃中の異性。
全てが憎くて、嫌で、最悪な、
存在に見えました!
「復讐対象は、平戸」だったのを、
「敵は、全ての『男』」に、
したのです。
母を犯した卑劣な存在、『男』。
母を、つけ狙う者に引き渡した
馬鹿な生物、『男』。
私との約束を破り、私を裏切った
存在、『男』。
逃げる私を追い続け、最終的に、
私を押し倒した存在、『男』。
私に失禁させ辱めてくれた存在、『男』。
もう、恨んでも恨み切れない、
憎んでも憎み切れないでは、
ないですか!?
スーパーに着いた私は、「ここで、
働くのも今日が最後だな」と思いました。
もう、東京に出ると、決めていたのです。
東京に出て、女であることを最大限
利用して、『男』共から分捕って、
剥ぎ取って、奪い取って、絶望や悔しさを、
死ぬほど味わわせてやるんだ、と。
私は、更衣室で着替えを済ませ、
すぐに事務室に向かいました。
その時間なら確実に店長がいるはずでした。
やっぱり、店長がいつも通り、奥の
デスクに座っていました。
私は、真っすぐに店長の前に行き、
「一身上の都合なのですが、辞めさせて
ください」と伝えました。
そして、驚く店長の目前に、手書きの
辞表を差し出しました。
お店に向かう前に、画面を開いて、
書き方を調べて、書いて来たのです。
店長は、驚いていました、当然です。
あまりにも、急でしたから。
いろいろ理由も訊かれました。
が、私は、正直には、言いません。
この店長は、正直、前日までは、
良い人でしたし、本当に親切な人でした、
私にとって。
でも、その時の私には、脂ぎった『男』、
私のことを女として見ている、嫌らしい
『男』に見えていたのです。
だから、
「東京で、新しい仕事が見つかったので、
辞めたいんです」と嘘をつきました。
そして、一礼して、足早に事務室を
出ました。
こんな『男』と一緒にいつまでも、事務室
にいたくはなかった。
昨日まで感じていた、店長への信頼感
なんてゼロでした、その時。
だから、店長と私以外には誰もいない
『危険な事務室』を早く出たかったの
です。
その日定時まで働いて、私は、
店長のもとへ行きました。
そして、「今まで、ありがとう
ございました。
部屋は、今日中に空っぽにして、
明日には出て行きます。
カギは、ポストに入れておきます」
と伝えました。
すると、店長は大慌てで、「柳沼さん。
それは困るよぉ!!
今すぐ、やめられたらこっちも、
大変だよ!!
ちょっと待って!
社長にも言わないと……」と、
言っていましたが、もうこの店長に、
遠慮も配慮も必要はないと、私は背を向け
ドンドンと歩き、事務室、そして店を
出ました。
後ろから店長の怒りの声のようなモノが
聞こえてきてはいましたが、
無視しました。
「もう、あいつに、会うことも
ないんだな」と思いながら。
アパートに着くなり、私は部屋の整理を
始めました。
部屋と言っても、寝に帰るような
一人暮らし。
しかも、ずっと、このアパートと
スーパーの往復のような神奈川生活。
休日だけ外出するも、平戸を追い続け、
買い物なんかしていません。
そして、もともと、部屋にあった
電子器具や家具は残していくので、
私の荷物はスーツケース1つに入り切る
位でした。
いつでも、部屋を出ていける状態にし、
今までのお礼にと、部屋をパッパッと
掃除している時でした、急にドアが
叩かれました。
一瞬、「誰?こんな夜遅くに?」と、
思いました。
夜の10時過ぎ。
私は、のぞき穴から、外を見てみました。
なんと、屋山社長夫妻が立っています。
今日は、会合で社長夫妻は、
川崎にいないはずなのに……!?
「柳沼さん。開けて!」と言う夫人の声。
開けないわけには、いきません。
私がカギを解除すると、社長夫妻が
勢いよく、中に入ってきました。
二人とも、外行きの服装で、顔を
真っ赤にしています。
今思えば、店長からの一方を受けて、
大急ぎで会合を抜けて、私のために、
駆け付けてくれたのでしょう。
でも、その時の私には、感謝を抱くと
言う選択はありませんでした。
ただ、「店長のヤツ!社長たちに、
チクったな!」と思ったぐらいです。
そんな私に社長夫人が口を開きます。
隣で、社長は、ジッと私を見つめて
いました。
睨まれている感じでした。
それが、心底嫌でした。
正直、今まで尊敬していた社長も、
ヤクザっぽい、そして胡散臭い人間に、
思えました。
社長夫人は一気に言いました。
「柳沼さん!?
店長から連絡があって、急いでここに
来たのよ!
急に、お店を辞めるって、
どう言うことなの?
東京での仕事が見つかってるって、
本当なの?
第一、このことは、愛媛の実家に、
ちゃんと伝えているの……?
柳沼さん、東京って怖いところよ。
あなた、もしかして、変な人間に、
騙されてるんじゃないの!?」
社長夫人は、いつにまして興奮して
いました。顔も真赤、目も真剣でした。
社長夫人が、怒っているのか、それとも、
心配してくれているのか、その時の
私には分かりませんでしたが、
私はドキッとしました。
それは事実です、まさに、図星です。
そう、私は、愛媛の雪子おばさんには、
一切連絡していなかったのです……。
また、東京での仕事なんて、見つかって
いません、当然。
まぁ、あっちに行けば、仕事なんて、
いくらでも簡単に見つかるだろうと、
考えていました。
もう、私は、夜の仕事、水商売しか、
選ばないつもりでしたから。
敵共、つまり『男』たちから剥ぎ取り、
奪い取って、私が金持ちになるには、
まさに、これらの仕事がピッタリだと、
信じ切っていました。
その時、私は、心からそのように、
考えていたのです!
だから、社長夫人が言ったことが、
どんなに図星でも、認めるわけには
いきません。
社長夫妻が来てくれたからと言って、
引き下がるわけにもいきませんし、
引き下がるつもりは、からしき、
ありませんでした。
心の中でドンと決意しました。
「この人たちは、お節介なんだ!
私のことなんて何も分かってないのに、
私を引き止めに来た!!
絶対に、負けない。
聞く耳を持つな、真子!」と。
今、思えば本当に、恩知らずな私です。
屋山社長夫妻の恩、どこの馬の骨かも
分からない私を温かく、優しく
受け入れてくれたことを全く忘れて、
無礼なことをしていたのです!
敵対心丸出しで、その夜、私は、
お二人に接しました。
言葉では言い尽くせないほど、良くして
くれた屋山夫妻に!
皆さん。今思い出しても、素晴らしい
人たちでした、屋山社長ご夫妻は。
屋山順明―じゅんめい―社長は、
愛知県の山奥の小さな村の貧しい家に
生まれたそうです。
卒業後、すぐに東京に働きに出ました。
農業の研究施設のような所で朝から
晩まで土と汗にまみれて、働いたそう
です。
そして、東京で7歳年上の女性と出会い、
故郷の家族たちの猛反対を受けながらも
結婚。
結婚したお二人は、夫人の故郷である
神奈川の川崎市に移り、裸一貫から
小さな八百屋を始めるのです。
それが、私が働いたスーパーの前身と
なったお店。
このような社長夫妻の歩みを、私は、
いつだったか、店長から聞いたことが
ありました。
小さな八百屋からスタートして、
朝早くから夜遅くまで頑張りに
頑張って、市内に何店もスーパーを
展開するようにまでなったお二人。
そんな社長ご夫妻は、本当に、私たち
従業員を大切に大切にしてくれました。
私も、どんなに良くしてもらっていた
ことでしょうか!
(著作権は、篠原元にあります)