第六章 ⑪

文字数 3,582文字

~ここからは、峯子の娘真子の回想。~

母の手紙を、目を真っ赤にし、
全身震えながら読む、私。

途中から過呼吸の状態になりました。
荒い息を吐きながら、必死に耐え、
読み終えました。

もう途中で、大声で叫んで、
母の手紙を破り捨てたくもなりましたが、
真実を知りたいの一心が強く、
私は、懐かしい母の小さな字を、
必死に追い続けていました。

読み終えた私は、怒りと悔しさ、
そして、他にも言い表せない感情の
渦ゆえに立ち上がり、大声で叫びました。
もう発狂そのもの、です。


知りたくない事実を知ってしまった。
突きつけられてしまった、衝撃の真実!!

大声でわめきながら、その母の手紙、
母の受難の記録、結局、母が大伯母に
送ることのできなかった紙の束を、
ひたすら破りまくりました!!

それこそ、この世から消し去るごとく、
細かく細かく破って破りました!
気がづいたら、私は、床に座り込み、
汗でびしょびしょでした。
床には、私が破りまくった紙の切れ端が、
散乱しています。

私は、ハッと気づきました。
冗談抜き、着ているシャツが、
真っ赤なのです。
何が起こったのか、分かりませんでした。
フラフラと洗面所に向かって、
自分の顔を鏡で見ました。

私の目は充血しきっていて、そして、
唇からは血が流れていました。
手紙を読んでいる最中に、激怒ゆえに、
歯で唇をきつく噛みしめていたのだと、
気づきました。
だから、唇が切れて出血していたのです。
それほど、私はショックでしたし、
怒りの焔が私の内で燃え上がっていたのです。


私は、決心して、すぐに実行に移しました。
一心不乱に破り刻んだ、あの紙等は絶対に
雪子おばさんに見せないと!
あれは、誰にも見られてはいけないもの
だと思いました。
誰にも見られてはいけない、自分と母だけで
しまっておくべき秘密だと!!
なぜなら、私のとんでもない出生の秘密が
書かれていたのですから!!


私は、急いで、ほうきと塵取りを取りに
行きました。
そして、大急ぎで、無言で、あの大量の紙の
切れ端などを集めました。
それから、トイレに流したのです!

私は、トイレの水で流されて一瞬に消えて
いったあの母の記録の紙等のように、
自分も消えていきたいと、本気で、
そう思いました。
トイレに立ち尽くしながら……。


なぜなら、私は、強姦犯の娘だったのです!
私を産んだ母は、強姦された女性
―被害者―だったのです。
私は、望んで生まれて来た人間では、
なかった……。
今まで、全く想像もしなかったことが、
私の事実だったのです。
その重い事実を、しかも母の死の直後に、
知ってしまった!!
あまりにも酷く、苦しい、事実でした。

中学生の女子である私が背負うには
あまりにも大きすぎる衝撃の真実……。

私の父は、強姦事件の犯人。
それも、一人や二人ではなく、多くの
若い女性を襲って性欲を満足させる
卑劣なクソ男!

そして、母はその事件に巻き込まれた
被害者の一人であり、妊娠してしまった
私を殺す、もしくは、売るつもりで、
産んだ人なのです。


中学3年生の私は、自分のことを、
とてつもなく汚れた存在だと思いました。
それまで、男子と付き合ったことは
一度もなく― 生男との恋愛ごっこ
みたいなのは除外しますから―、
また、男子と『そう言う関係』を
もったこともありませんでした。
だから、私は自分のことを汚れている
とは、一度たりとも考えたことが
ありませんでした。

当然です。
だって、私は、男子に近づけなかった
のですから。
また、私の態度や言動ゆえに、
好き好んで近寄ってくる男子も
皆無でした。
思春期の私にとって、男子は、
生男のように裏切る生き物、また、
義時のように女を苦しめる生き物、でした。
警戒心を持ちまくっていましたから、
近寄ってくる男子がいないのも当然だと、
今なら分かります。
確かに、年頃の女子ですから、恋愛そのもの
には憧れがありました。
でも、男と女の営みのことを考えるだけで、
私は悪寒が走りました。
同い年の女子たちは、キャーと声を上げ、
『そう言う話』に花を咲かしていましたが、
私は考えるだけでも―男と女が付き合った
結果にある性的関係を―、
ゾッとしていたのです。

クラスの中には、そのような関係があると
噂されているカップルもいましたし、
友達同士で『彼氏との関係』を
自慢している子たちもいました。
でも、私はついていけなかった!
良い子ぶっているわけではありません!
ただ、ありえないのです!!
私にとって、そんなこと、
絶対に出来ないことです!!
あの義時に追いかけまわされ、挙句の
果てに、みんなの前で押し倒された
あの悪夢のような記憶はずっと私に、
残っていました。

だから、普通の女子たちが考えるような
ことを考えるだけで、ゾッとして、
気持ち悪くなるのです。

みんなのように男子と付き合い、そして、
親密な仲になったら、そう言う関係に
発展していく……。
そして、男子に身体を触れられ、裸の男子が
自分の上に……、そこまで考えるだけで、
叫び出しそうになるのでした。
他の女子は真っ赤になるでしょうが、
私は青ざめてしまうのです。
あの日 義時に押し倒されたあの記憶が、
そこで私を襲ってくるからです。
そんな私です。
男子との付き合いもなく、と言うより、
付き合えないので、勉強に専念して、
ただ真面目に学生生活に励んでいると言う
自負がありました。
それが、私の支えでもありました。
恋愛が出来ないけど、成績は上々。
男子から声はかからないけど、時々、
女子たちから勉強のことで相談を受ける…。


でも、そんな私の自負、誇りも、一瞬で、
打ち砕かれました。
自分は、あの子よりも、
あの問題児よりも……、
汚らわしい女だったんだと!!
非情に非常にショックでした。
自分の価値が、中学の全生徒の中で、
一番最低になったように思いました。


なぜなら、クラスの派手な女子たちを
見ながら、「私の中には汚らわしい男の血
なんて一滴も入ったことがないわ」と、
思っていたこの自分の体内にこそ、
まさに、多くの女性の敵である、
強姦犯の血が流れ続けていたのです、
ずっとずっと!!
そして、その強姦犯のDNAを自分は、
完全に引き継いでしまっているのです!


頭をガンガン叩かれているような痛み、
そして息苦しさを感じてきました。
私は、布団を敷いて、布団に、
倒れ込みました。
居間のテレビが目に入りました。
その瞬間、私は本当に、ハッと、
口から出していました。
本当に、ハッとすると、口から言葉として、
「ハッ」と出るものなのですね、私は、
その時知りました、このことを。
私は、気づいてしまったのです。
ある恐ろしいことを……。


それは、母を辱め、母を苦しめた、あの男、
つまり私の父こそ、私が屈辱的体験をした 
あの日 に、交通事故で死亡した人物である
と言うことでした……。

あの日 、私は小学校3年生でした。
そして、義時に追いかけまわされ、
クラスメイトや上級生達が見る前で、
失禁してしまったのです。
その同じ日に、私達の住むいすみ市で、
交通死亡事故が発生していました。
その事故で、死んだ男こそ、
クソ男の父だったのだと、
私は気づいてしまったのです、
電源の切れたテレビを目にして……。

あの事故で死亡した男の特徴は、
まさに長身、銀髪、眼帯でした。
そして、所持品の中には、若い女性の
全裸写真複数枚がありました。

私は、あの頃テレビをずっと見ていたので、
鮮明に色々なことを思い出しました。
そして、点と点が結ばれたのです、
私の中で。

私はフッと思いました。
母が成し遂げることのできなかった
復讐が あの日 果たされたのでは……と。
なぜなら、その一日のうちに、母を辱め、
母を犯し、母を奈落の底に突き落とした、
最悪のクズ男は車に轢かれて死んだのです。
そして、その娘は、学校の皆の前で、
とんでもない恥をさらしたのです!


私は、本当に、亡くなった母が不憫で不憫で
しょうがなく思えました。
看護師を目指して頑張っている若い日に、
突如として見知らぬ男に捕まり、
純潔を奪われ、そして、その男の子どもを
妊娠させられてしまったのです!
その最低なクズ男の娘として、
奥中峯子―母―に、申し訳ない気持ちで
いっぱいになりました。


……その時も、そして、今もそうですが、
私は、母には感謝しかありません。
そして、何よりも、感嘆です。
私は、布団に倒れたまま、
「お母さん……。スゴイ人だったんだ」と
つぶやきました。
母のことを、本当にスゴイ女性だと、
思いました。
自分をレイプして妊娠させた凶悪な強姦犯の
娘を育ててくれたのです。
真心からの愛情を持って、一心に。


胎内にいた私を殺してて当然なのに、また、
産んでからどんな目に遭わせても当然な
くらいなのに、母は私を育ててくれた……。
私は考えました。
「もし私が、お母さんの立場なら……」と。
答えはすぐに出ました。
「絶対、殺す!!お母さんのように、
情け容赦をかけることなく、切り刻んで、
自分を犯した男の娘なんか殺す!!」と。




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登場人物紹介


奥中(おくなか) 真子(まこ)のちに(養子縁組により)(やぎ)(ぬま) 真子のちに(結婚により)栄真子




 本書の主人公。小学校3年生のあの日 、学校のクラスメートや上級生、下級生の見ている前で、屈辱的な体験をしてしまう。その後不登校に。その記憶に苛まれながら過ごすことになる。青春時代は、母の想像を絶する黒歴史、苦悩を引継いでしまうことなる、悲しみ多き女性である。





(あし)() みどり



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメートであり、大親友。



しかし、小学校3年生のあの日 、学校の廊下を走る真子の足止めをし、真子が屈辱的な体験を味わうきっかけをつくってしまう。



その後、真子との関係は断絶する。










(よし)(とき)



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメート。葦田みどりの幼馴染。



小学校3年生のあの日 、学校の廊下で真子に屈辱的な体験をさせる張本人。











奥中(おくなか) 峯子(みねこ)



本書の主人公、真子の母。スーパーや郵便局で働きながら、女手ひとつで真子を育てる。誰にも言えない悲しみと痛みの歴史がある。








雪子(ゆきこ)



本書の主人公、真子の大伯母であり、真子の母奥中峯子の伯母。


愛媛県松山市在住。







銀髪で左目に眼帯をした男



本書の主人公、真子が学校の廊下で屈辱的な体験をするあの日 、真子たちの



住む町で交通事故死した身元不明の謎の男性。



所持品は腕時計、小銭、数枚の写真。










定美(さだみ)(通称『サダミン』)



本書の主人公、真子が初めて就職したスーパーの先輩。



優しく、世話好き。



だが、真子は「ウザ」と言うあだ名をつける。









不動刑事



本書の主人公、真子が身の危険を感じ、警察署に駆け込んだ際に、対応してくれた女刑事。



正義感に溢れ、真面目で、これと決めたら周囲を気にせず駆け抜けるタイプである。



あだ名は、『不動産』。警視庁阿佐ヶ谷中央警察署生活安全課巡査部長。
















平戸



本書の主人公、真子につきまとう男。



また、真子の母の人生にも大きく関わっていた。






愛川のり子



子役モデル出身の国民的大女優。



〔あいのん〕の愛称で、幅広い世代から人気。



映画、テレビ、雑誌などで大活躍中。







石出(いしで) 生男(いくお)



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメートであり、幼馴染。小学校3年生のあの日 、真子を裏切る。




(やぎ)(ぬま) 真子のちに(結婚により)(さかえ) 真子



 本書の主人公。旧姓は、奥中。



小学校3年生の時、学校中の見ている前で屈辱的体験をし、不登校に。



その後は、まさに人生は転落、夜の世界へと流れていく。



だが、22歳の時小学時代の同級生二人と再会し、和解。回復への一歩を歩みだす。

(さかえ)(よし)(とき)



本書の主人公、真子が小学校3年生の時、屈辱的体験をさせた張本人。



そして、真子が22歳の時、男に追われているところを助けた人物でもある。



その後、真子の人生に大きく関わり、味方、何より人生の伴侶となる。

柳沼雪子



本書の主人公、真子の大伯母。養子縁組により、真子の母となる。



夫は眼科医であったが、すでに他界。愛媛県松山市で一人暮らしをする愛の女性である。

定美(さだみ)(通称・『サダミン』)



本書の主人公、真子が大事にしているキーホルダーをプレゼントしてくれた女性。



真子が川崎市を飛び出して来てから長いこと音信不通だったが、思いもしないきっかけで、真子と再会することになる。

不動みどり



本書の主人公、真子が小学校3年生の時、屈辱的体験をするきっかけを作ってしまう。



そして、真子が22歳の時、再会。つきまとい行為を続ける男から真子を助ける。



旧姓は、葦田。警視庁阿佐ヶ谷中央警察署生活安全課・巡査部長。

都和(とわ)



明慈大学理工学部で学んでいた女性。DVによる妊娠、恋人の自殺、大学中退……と、真子のように転落人生を歩みかけるが、寸前を真子に助けられる。

愛川のり子



〔あいのん〕の愛称で、幅広い世代から人気。



映画、テレビ、雑誌、海外でのドラマ出演など活躍の場を広げる国民的大女優である一方、息子の『いじめ報道』に心を痛め、また後悔する母親。



本名は、哀川憲子。

()(おり)



結婚した真子の義姉となる女性。



真子との初対面時は、性格上、真子を嫌っていたが、



後には、真子と大の仲良し、何でも言い合える仲になる。



名家の出身。



 

石出(いしで) 生男(いくお)



本書の主人公、真子を裏切った人物。



真子が小学時代の同級生二人と再会し、和解した夜に自殺。



第二巻では、彼の娘の名前が明かされる。

新名 志与


旧姓、長谷島。

第一章では、主人公に、『しーちゃん』と呼ばれている。

夜の世界で働いていた真子にとって、唯一の親友と

呼べる存在、姉的存在だった…。


ある出来事をきっかけに、真子と再会する(第二章)


小羽


 真子の中学生時代(奈良校)の同級生だったが…。


第二章で登場する時には、医療従事者になっている。

居村


 義時と真子が結婚式を挙げるホテルの担当者。

ブライダル事業部所属、入社3年目の若手。

 

真子曰く、未婚、彼氏募集中。

不動刑事


主人公の親友である不動みどりの夫。


石出生男の自殺現場に出動した刑事課員の1人。



最愛の妻、同じ署に勤務する警官のみどりが、

自分に隠れ、長年自宅に『クスリ』を保管、しかも、

所持だけではなく、使用していた事実を知った

彼は……。

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