第十七章 ⑭
文字数 1,502文字
話し出す。
「あとね、もう1つ、これはね、
真子ちゃん、あなたにね……。
母として、大伯母として、言っておきたい
ことなの。
そしてね、義時さんにも、知っておいて
もらいたいことなんですよ」
ハンドルを握りながら、真剣に、義時は
妻の大伯母の声に耳を傾ける。
真子は……。溢れ出す感情を堪えるため
窓の外を眺めてはいるけれど、ちゃんと
最愛の人の言葉を聞いている……。
「2人にね、いえ…、もう義時さんには
こんなこと言う必要ないかもしれませんが。
とにかくね……、真子ちゃん!
お義父さん、お義母さんを、栄さん達を
本当に本当に、たいせつにするのよ!
あなたにとって、本当のお父さん、
お母さんなんだからね。
だから、しっかり、親孝行して、幸せに
なってもらうの、嫁、娘として……」
分かっている…。
そんなこと、分かってる。
でも、改めて、言われると。
素直に感動してくる。
前に言われたこと―葬式の件―とは違う
気持ちで、真子は、大伯母であり母である
雪子の『教え』を聴く。
「それとねぇ。これはね、別に、変な意味
じゃないの。
だから、義時さん、怒らないでくださいね。
……あのね、やっぱり、年をとるにつれて
どんな人でも、わがままになるし、
理不尽なこと言い出すものなの。
私のようにね……。
それと、徐々に徐々に記憶力もなくなるし、
物忘れも、ひどくなる…。
私もそうだけど、多分ね、あの…義時さん
怒らずに聞いて下さいね。
やっぱり栄のお義父さん、お義母さんも
いつかね……。
だから、今日、2人に知っておいてもらい
たいの。
それには、理由があるんだって……。
だって、そうじゃない?
年をとればとるだけ、それだけね、
いっぱい失敗や辛い体験を積んできてる
んだから、忘れないと、やっていけない
のよ、本当に!
私なんて、本当に、そうだわぁ!!
だからね、神様が、忘れさせて、
くれるのよ。
過去の失敗や悲しい出来事とかを忘れて
残りの人生を楽しく生きなさいよ……って
ね。
2人にお願いします。
栄のお父さん、お母さんが、どんなに
弱くなっても、記憶がなくなってきても、
そして、それに伴い、何かイヤなこと
されたり、言われたりしても……。
赦してあげて。
寛容な心で接してあげて。
弱くなる方も弱くなる方で辛いのよ。
忘れちゃう方だって、苦しいの。
最近、私、よ~く、そのことが分かり
出してきたから……。
うん、そんなわけで。
特に、真子ちゃん。
あなたのお父さんとお母さんは、
栄さんたちだから……。
それはねぇ、そうよぉ。嫁として大変な
ことも、理不尽なこともあるかもしれない。
でも、そんな時は、義時さんと一緒に、
お祈りして、乗り越えていくの。
たとえ、1人じゃダメでも、2人なら
立ち向かえるんだから!
それに、嫁として苦しいこと、イヤなこと
あるとしても、それ以上の、感動、喜びが
あるものよ。
分かるでしょ?
もう、いっぱい、栄家の一員になって
嬉しいこと……あったでしょ?
だから、うん。
本当、ほ、本当に、大丈夫。
私も、愛媛で毎日祈るし。隣に義時さんも
いつもいるしねぇ。
ちゃんと、嫁としてやっていけるわ……」
雪子に肩をさすられながら、真子は、
泣き出してしまった。
もう、我慢できないし、我慢する必要も
ない。
心のどっかにあった恐れ、不安。
消えて行く……。
義時も。片手でハンドルを握りながら、
片手で涙を拭う。
感動しない方がおかしい……。
「ここまで、娘を愛する母がいるだろうか」
と本当に思った。
雪子と真子の間にある『燃える愛情』を
見た、感じだ。
人は、ここまで人―他人、第三者―の
ことを想えるのだろうか……。
各人の思いを運びながら、
車は空港へと走り行く…………。
(著作権は、篠原元にあります)