第四章 あの日 以降 ~3人の物語~ ①
文字数 3,931文字
廊下でもらしたマコは、
管原先生に連れられて
どっかに行った。
先生に手をとられ廊下を
階段の方へと向かう
マコの赤色のスカートは、
もらしたせいで、黒く染まっていた。
マコを、ふざけて追いかけて、
マコとぶつかった義時は、
男の先生たちと職員室へと消えた。
3年2組のクラスは大混乱だった。
マコがもらして泣いてる、
そのときにチャイムが鳴っていた。
だから、他のクラスは授業が始まった。
3年1組の小野先生が2組に来て、
「とにかく、みんな教室の中で
座って待っていなさい」と言ったので、
2組のみんなは教室にはいり、
自分の席に座ったが、騒然としていた。
自分は一人黙って席に座っていた。
誰とも話したくなかった。
あのみどりも一人で机に顔をつけて
泣いているようにも見えた。
2,3人の女子がみどりに
「どうした?大丈夫?」とか
「みどりちゃん、具合悪いの?」とか
声をかけていたが、みどりは顔を
上げずに、頭を振っていた。
…あの時、廊下で、たしかにマコは
自分を見た。
一瞬、目が合った。
だが、自分は目をそらした。
「もう、マコとは関係ない」
なんとなく、事態は分かったが、
自分は真子に背を向けた。
また、真子がもらした後も
何もしなかった。
ただ、男子たちと一緒に笑っただけだ。
自分は、こんなに冷淡な
人間だったのか…。
結局、マコのことを本当に
好きだったのは、あのみどりだけ
なのだ。
マコがもらした後のクラスメートの
反応で、何となくそれが分かった。
マコがもらしたあの時、誰も、
マコを助けようとはしなかった。
自分もだが……。
同級生の女子たちも。
クラス委員たちも。
体操着を着た5年生の女子たちも
何人かすぐそばにいたが、
何もしなかった。
あの頃、5年生は、壁画を作るとかで、
体操着で登校していたから、
5年生だって分かった。
その5年生の女子たちも、
みどりやマコのすぐ近くで絶句して
立ち尽くすだけだった。
いつも、威張っているような
5年の女子たちが。
その中の一人、背が高くてハーフの
ようなキレイな女子が、確か、
「みどり……。これ、この子に……。」
と言って、近寄ろうとしたが、
一緒にいた女子たちに何か言われ
足を止めた。
たしか、体操着に長谷川だったか、
そんな名前が書いてあったはずだ。
うるおぼえだが……。
5年生にしては、胸がでかく、
胸のふくらみに、あの時、
俺は目が行った。
だから、あの5年生の女のことは
憶えている。今なら、相当良い女に
なってるはずだ。
結局、誰も何もしなかった。
その後は、管原先生のかわりに教頭が、
自分たちのクラスを担当した。
3時限目の途中に、義時が教室に
入って来た。
みんなの視線が一斉に義時にいく。
けれど、すぐに、教頭の
怖い声が響き、みんなの視線は黒板に
戻った。
給食の時間の途中で、管原先生が
戻ってきた。
教頭と、何か話していた。
教頭が、出て行くと、みどりが、
すぐに管原先生に駆け寄って行った。
男子たちは、義時をこづいて、
3時限目までどこにいて、
どういう事があったのかと
聞き出していた。
さすがの義時もいつもとは違って
シュンとして、今にも
泣きそうだった。
女子たちは、誰も義時に近寄ろうと
せずに、ヒソヒソしゃべっていた。
その日、2組は、
午後から体験学習だった。でも、
管原先生は学校に残ることに
なったので、教頭が連れて
行くことになった。
みんな内心、「エーッ!?」と
思ったはずだ。
この教頭が一緒だと、絶対に
ふざけることができないし、
ちょっと騒いだらすぐに
大声で怒られるから。
そして、次の日、マコは学校に
来なかった。
そしてその次の日も、そのまた
次の日も。
女子たちは、あからさまに義時を
避け出した。
女子たちの中では、完全に、
『義時が犯人。真子ちゃんはかわいそう』
の構図が出来上がっていた。
男子たちは、義時のことを「犯罪者」
と呼んで、からかった。
朝、登校すると、義時の机は、
いつも後ろ向きにされていた。
あるグループが色々な形でいじめだした。
自分がマコを捨てたこと、
マコを裏切ったことを
知るクラスメートは誰も
いないようだった。
もし、自分があの日 、
マコを捨てていたこと、
またマコとの約束の場所に
行かなかったことを、
みんなが知ったら、それこそ
大変だった。
自分が、義時と同じ立場になって、
男子からも女子からも攻撃されただろう。
だけど、運が良かった。自分とマコが
一緒に登校しようと約束したのを
知っているクラスメートはいない。
自分とマコが一緒に歩いていても、
学校に近づけば、クラスメート、
下級生、上級生と一本道を集団に
なって歩くことになるから、
自分とマコのこともそんなに
目立たなかったのだろう。
だから、自分がマコとの約束を
破ったことを知るクラスメートは
いなかった。第一、約束自体、
みんな知らない。
2人以外は……。
そう。義時。
義時はいつもマコを見ていた。
あのみどりと幼馴染だったから、
自分とマコのことを知っていた。
それから、自分とマコが一緒に
登校しているのも気づいていた。
だから、義時は、マコと自分が
別々だったのを不自然に思ったはずだ。
でも、義時は、クラスで孤立していた。
誰も義時の話を聞こうとは
しなかった。
からかう男子たちと無視する
女子たちだけだったから。
だから、義時は自分とマコのことを
しゃべれない。
いや、しゃべる相手がいない。
義時のことは、こう判断した。
大丈夫だと。
あと一人。みどり。
みどりも、自分とマコのことを
知っていたし、約束のことも
ちゃんと知っていた。
大人びていて勘が鋭い女
だったから、気づいてたはずだ。
あのみどりのことだ。
おそらく勘づいただろう。
自分がマコを裏切り、
約束の場所に行かなかったこと、
約束を破ったことを。
ただ、そんなみどりも、
あの日 から一人ぼっちだった。
今まで女子たちの中心にいた子
だったのに、急に一人で
いることが多くなった。
いつ見ても、一人。
そんな女になっていた。
いつも難しい顔をして黙っている。
クラスの女子が話しかけても、
そっけなく答える。
なので、話しかける女子も
どんどん減っていく。
そして、みどりは孤立した。
だから、みどりも大丈夫と判断した。
誰にも話しそうにない状態だった。
それで、自分はそれまでと
変わらないように、他の男子たちと
一緒になって、義時をからかったり、
ふざけていた。
夏休みの直前になった。
だけど、マコは学校に
戻ってこなかった。
クラスメートは、夏休みの
計画に夢中で、だんだんと、
同じ教室で一緒に学び、遊んだ
マコのことを忘れ出した。ただ、
話題にしなくなっただけ
かもしれないが・・・。
時々「奥中さんどうしてるかなぁ」
と言う女子たちの話し声が
聞こえてくることもあったが、
だからと言って、それで終わりだった。
誰も、マコの家に自発的には
行こうとしなかった。
女子たちも、もちろん自分も。
あの日 のことも、あの事件のことも、
そして、マコのことすら
忘れ去られようとしていた。
その理由として、
一つ上げれることがある。
それは、あの日 起こった
交通死亡事故だ。
あの日 の翌日、マコは学校に
来なかった。
実際、教室は、マコの話題で
いっぱいだった。
そして、『反義時』の雰囲気に
溢れていた。
だが、それと同時に、あの
交通死亡事故のこともクラスで、
いや学校中で話題となっていたのだ。
なぜかと言うと、非常に不可解な
事故だったからだ。
死亡した男性は、銀髪で、眼帯を
していた。
そして、年齢も身元も不明だった。
何より学校中でいろいろと
話されていた内容、特に、男子が
盛り上がっていた理由がある。
その男の所持品だ。
若い女の裸の写真が、複数枚
あったのだ。
だから、男子は、この話で
持ちっきりだった。
その銀髪で左目に眼帯をした
怪しい男は何者だったのか、
なぜ若い女の人の裸の写真を
持っていたのか、と。
男子はあちこちでグループになって、
いろいろ話したり、
推理し合ったりしていた。
女子は女子であちらでも
こちらでもグループをつくり、
ヒソヒソ話したり、笑ったり
していた。
学校中、いや市内全体が、
この不気味な死者のことで
一時期持ちっきりだったのだ。
そのことが、義時に味方した。
奴には、本当に好都合だっただろう。
クラスメートは、みんな次第に義時を
イジメるのでなく、義時の周りに
集まるようになった。
「義時が、あの交通事故の
現場にいた!死んだ男も、
女の裸の写真も生で見てきた!」
ということが、みんなに知り渡ったのだ。
知れ渡った日、義時の声は、
クラス中に響き渡った。
もう、彼はイジメられる
側ではなかった。
義時は、自慢げに、事故現場で
見てきたことを大きな声で話す。
そして、男子も女子もその話に
聞き入る。他のクラスの子も
混じって来た。
そして、義時を中心に、その事故のこと、
その男や写真の真相を推理する
グループみたいなものさえ
出来てしまった。
義時は、それを取り仕切る、
リーダー的な存在に帰り咲いていた。
実は、自分はあの交通事故を
もっと身近に感じていた。
クラスメートの誰よりも。
おそらく、実際に事故現場を
見た義時と同じぐらいに。
なぜかと言うと、男を
轢き殺してしまった女性が、
事件当日までは、よく自分の
家に来ていたのだ。
そう、毎週顔を出していた。
自分は、あまり話さなかった。
だが、祖母とよく話していた。
そう、銀行関係の人だった。
祖母と母は、あの事故についての
ニュースを見るたびに
「可哀そうにねぇ。あの人の方が
被害者みたいなものよ」とか
「飛び出してきた方が、絶対悪いわ」
と話し合っていた。
確かに、あの人は、良い人だった。
自分とは比べ物にならないほど
良い人だった。
自分みたいなのが、そんな悲劇に
あうなら分かるが、あの人みたいに、
いつも明るく、祖母を笑わせてくれ、
親切にしてくれていた人が、
あんな目に遭うんだ……。
どこか、世界は、理不尽に、溢れている。
(著作権は、篠原元にあります)