第十四章 ⑬
文字数 3,997文字
見つめて、何やら話していたのは、
彼のお兄さんご夫妻でした。
つまりは、隆子ちゃんと俊光君のご両親
ですね。
彼のお兄さんが、私たちの前に来て
言います。
「義時……。この人か?」と。
義時君が立ち上がって、
「うん。彼女、柳沼真子さん」と言って、
私を紹介します。
慌てて、義時君の横に立ちます。
テンパりながらも何か言おうとしたの
ですが、彼のお兄さんが、最初に挨拶を
してくれました。
「こんばんは。初めまして、義時の兄です。
ここの社長やらせてもらってます。
今日は、ようこそ、お越しくださいました」
と。
私もすぐに、「柳沼真子と申します。
どうぞ、よろしくお願い致します」と。
緊張しましたね。先-ご両親と会う日-が
思いやられました、内心。
でも、本当に、『準備ゼロ』でした。
隆子ちゃんや俊光君という子どもたちなら
まだしも、彼のお兄さんご夫妻に、無防備
な状況で、会うことになるとは…!!
冷や汗状態の私の真横に立ち、
義時君が、お兄さんご夫妻に言います。
「社長、美織さん。
改めてだけど、この人……、柳沼さんと
結婚を前提にしたお付き合いをして
います。近いうち、神奈川と、柳沼さん
の四国の実家にも挨拶に行こうと思って
います」と。
私も改めてお辞儀をしました。
社長、つまり、義時君のお兄さんの反応は
「そりゃあ、目出たいなぁ!!
こんな美人さんが義時のところに来てくれる
なんてッ!!」と言ってくれました。
ちょっと、テレました。
そして、内心、嬉しかった…。
でも、義時君が、「美織さん」と呼んだ、
隆子ちゃんたちのお母さんは、社長の後ろ
に立ったまま、何も言おうとはしません。
無言で、私たちの方を見つめ…睨んでいる
だけ……?
「何か能面みたいだな」と、そして、
「怖い人だな。うん?もしかして、イヤ
がられている?」と考えてしまいます。
視線を合わさないようにしていたのですが
勇気を出して、チラッと見てみると…。
一瞬、本当に、目が合っちゃいました。
その視線の冷たい、鋭いこと!!
まるで、旦那の不倫相手を見つけ出し、
臨戦状態にあるかのよう……。
その後も、義時君と社長、そして、私は
会話を交わしました。
でも、その美織さんという女性は、一切
会話に加わろうとはしませんでした。
で、明らかに、私の存在を無視するかの
ようにまで…!
彼と彼のお兄さんには話しかけ、私には、
一切、目さえ向けてくれない!
居心地の悪さ!
「あ。ここの家の人間になるのムリかも」
と一瞬思いましたね。
何とか耐えました。
で、やっと、義時君のお兄さんが、
「じゃあ、私たちは、事務所に戻ります
から……。
でも、まだ、ゆっくりしてくださいね。
また、いつか、お会いしましょう」と
言ってくれました。
ホッとしました。
義時君のお兄さんご夫妻が、歩いて
いきます。
私と彼は、立ったまま、見送りました。
最後の最後……。
美織さんが、一瞬、こっちを振り返り
ました。
また、私と目が合いました。
「敵を見るような目ね」と思いましたが、
もう彼は、座りかけていました。
……年の明けた、1月4日……
義時と真子は、神奈川県内の某駅で
待ち合わせた。
真子の緊張は、ピーク状態。
「どんな人たちなんだろう?」。
「この服で、本当に良かった?」。
真子は、気が気でない。
義時も不安だった。
何がどうなっているのか?
両親の思惑が分からない。
朝、父から電話がかかってきた。
その電話までは、当然、父行きつけの
ホテルの最上階レストランで会食する
ものだと信じ切っていた。
いつもそうなのだから……。
それに、父も、そうだというような
ことを先日は言っていたのに……。
今日の今日になって、急に電話で、
ファミリーレストランの名前を伝え
られた。
何のことか、一瞬理解できなかった。
だが、父は言った。
「あそこだよ、あそこ!うちの近くの
国道沿いにあるだろ、あの店が。
前に、一度、みんなで夏休みに
入っただろ……、あの店だよ!
あそこで、12時に会おう。
あそこなら、駅からも近いから、
お前たちも便利だろう」と。
なぜ、ファミレスなのか……?
家族のランチじゃないんだ!
俺が選んだ人と顔を合わせてもらう
大切なの日なのに、ファミレス?!
理解できなかった。
普通、ありえない。
しかも、父の性格上、こんなケースなら
絶対に、お気に入りのホテルの最上階
のレストランで、知り合いの
マネージャーあたりに頼んで、一番
良い、景色が最高の席を予約し、それを
自慢するはずなのに……。
そうだ、今日の今日まで、そうだった
んじゃないのか……。
だが、義時は、あえて何も言わなかった。
父には、言えない。
怖い人だから。
ここで言い逆らったりして、機嫌を損ねて
会食自体を没にするわけにはいかない。
待ち合わせの場所で、ソワソワしている
真子に、義時は、告げることはできな
かった。
両親が、指定している場所が、どこにでも
あるファミレスだとは……。
真子に申し訳ないように、感じる。
そして、父と母にも不信感を抱いてしまう。
「何で、こんな日に、ファミレスで会おう
なんて考えれるんだ!」。
でも、後々、義時は知ることになる…。
ホテル最上階レストランからファミレスに
変更になったのは、両親、特に、母の
思いやりによったということを。
確かに、義時の父は、ホテル最上階
レストランの鉄板焼きコースを予約して
いた。
だが、直前になって、義時の母が、
夫に待ったをかけた…のだった。
「あそこだと、今どきの若い子は、
気づまりしちゃうわよ。
それでなくとも、私たちと会うって
ことで緊張して来るのだもの……」と。
つまり、次男が連れて来る女性のことを
配慮した、これが一面だ。
「美織さんの時とは、全く違うの
だから……」と、義時の母は考えていた。
かなり前のこと…。
長男がフィアンセを連れて来た時は、
たしかに、別のホテルだったが、会員制の
フレンチのレストランを夫が予約して、
実際、そこで会食した。
でも、それは……。
美織さんだったからよね。
昔から顔見知り、しかも、私たちは、
遠い親類だったのだから……。
美織さんも、そんなに緊張はなかった
だろうし、こっちもそんなに心配は
なかった。
でも、今度次男が連れて来る子は、違う。
全くの初対面。
それで、あのホテルのレストランだと。
夫のことだから事前に電話で、
マネージャーか、もしかしたら、ホテルの
支配人に直接連絡して、予約して、何か
シャンパンとかのサービスを求めたり
するはず……。
そうしたら、当日、レストランで食事中
気を遣ったホテルの担当者やレストラン
の人たちがわざわざ挨拶しに来る…。
そうなると、会食にならないし、
何より、次男が連れて来る子が、色々と
ビックリしてしまう……。
だから、次男のフィアンセのため、
それと、夫の性格も考えて、義時の母は、
ファミレスの方が良いと判断した。
また、別の面も、実はあった。
正直、心配があったのだ。
そして、思った。
「そう言う子なら……。
あの人の顔見知りが、いっぱいいる、
ホテルとかには連れていかない方が
良いわね。
あの人の今後のこともあるし……」と。
実は、義時の母に、前の年の年末に、
長男の妻、つまり義理の娘から連絡が
あった。
どうやら、彼女が、義時と結婚を前提に
付き合っていると言う女性と、会った
らしい。
そう言う内容のメールだった。
そして、結論から言えば、彼女にしては
珍しく、否定的な書き方だった。
それが、気になった。
だから、義時の母は、次の日、彼女に
電話してみた。
やはり、何歳になっても息子は息子……。
気になる。
もし、変な女の人なら……。
義時の母は、「正直に言って。義時には、
あなたから聞いたとは言わないから」と
前置きした。
だが、嫁-義時の義姉-の口は
重かった。
義時の母は頼んだ。
「ねぇ。美織さん。教えてくれないかな。
義時にも、義治にも、絶対に、
あなたから聞いたとは言わないって、
約束するわ!」。
すると、嫁は、堰を切ったように、
しゃべりだした。
いや、まくし立てた。
内容は、なんとなくそうだろうなぁ
と考えていた通りだった。
聞きながら思った。
「美織さんは、義時が連れて来ようと
している子のこと、好いてないわね。
逆に、嫌悪してるわ……」と。
そして、嫁の言い分も分かった。
嫁は、順序立てて説明してくれた。
『12月29日と言う一年で一番忙しい
日に、義時が休みを取った。
しかも、聞けば、デートの日だからと
言う。
それを、社長は許可した。
それで、実際、12月29日、猫の手も
借りたいほどの時間帯、目が回るほどの
ところに、義時がノコノコとやって来た。
手伝うために……ではなくて、その女を
案内して来やがった…!!
しかも、その女、どっからどう見ても、
水商売風だった。
風呂上がりのはずなのに、濃い化粧、
そして、派手で、露出の多い服装』
嫁は、本当に、怒っていた。
子育てと仕事でいっぱいいっぱいなのは
姑の自分も分かっている。
彼女の言い分は、分かる。
悔しさも分かる。
「義時と、その子……。ちょっと、問題
あるわね」、そう思った。
電話を切る前に、嫁は言った。
「私、なんとなく分かるんです!
あの女は、夜の仕事している筈です、
義時君に確認したわけじゃないけど…。
多分、いえ、99%、義時君は、
騙されて、いいように利用されている
んですよ!!
まぁ、いつか、お義母さんたちが会った
なら、すぐに見破れると思いますけど…」
そこまで言うとは……。
これは、義時と彼女の付き合いに、正式
に反対すると言う宣言。
しかも、嫁は、何度も、「あの女」と言う
表現を使った。
嫁が、「あの女」とか「あの男」とか言う
時は、100%相手を嫌っている、相手を
嫌悪している、見たくもない相手だという
ことだ……。
姑として、分かっている。
若いけど人を見る目はある、嫁。
その嫁が、あそこまで言い切った。
「マズいわね」。
そう思っていた。
そして、嫁から報告があった子と、
新年早々会食することになった。
色々と考えに考え、夫に、待ったを
かけた……。
(著作権は、篠原元にあります)