第九章 ④
文字数 3,999文字
面接でした。
新荻窪駅から一駅の阿佐ヶ谷南駅近くに
あるスナックでした。
わがままな私が、納得できる条件のお店で
したし、ママさんも、「OK。明日から
でも、来てね」と言ってくれたので、
私は、そのお店に決めました。
次の日、雨が降りしきる寒い日でした。
私は、ママさんから伝えられていた時間に
間に合うように家を出て、電車に乗って、
お店に向かいました。
さすがに、初出勤ですから、緊張して
いました。
正直な話、お店の裏口からお店の中に入る
まで2、3分かかりました。
「うまくやれるかな?逆に『男』共に、
遊ばれるとかしないかな……」と考えて
しまい、引き返そうともしてしまいました。
でも、いつもより口紅を厚く塗って来て
いた私は、自分を奮い立たせて、裏口の
ドアを押し開けました。
そして、その日から、私は『男』、つまり
敵共から金を奪う、貢がすため、とにかく
一生懸命に『夜の世界』で働きました。
体は、死んでも絶対に許しませんが、
つまらない話を真剣ぶって聞いてやり、
真面目ぶって話を合わせ、超絶つまらない
ジョークにも笑い声を上げ、楽しむフリ
して一緒に歌い、まずい酒をどんどん
飲む……。
つまらない日々でしたが、確かに、お金
だけは増えて行きました。
私は、阿佐ヶ谷南のスナックから始めて
色々なお店を転々として、様々な体験を
して、多種多様な敵共に遭遇し、数え切れ
ない程の女の子と出会い、汚い世界の
裏事情を知り…、そして、22歳まで
『夜の世界』にいました。
……そして、私の、明暗が、分かれる日が
近づいていたのです…。
その話をする前に、最初の阿佐ヶ谷南の
スナックは、結局、半年でやめました。
その次は、新宿区にあるキャバクラで
働きました。
「私もとうとうキャバ嬢か……」と、
初出勤日、思いましたね。
スナックでは「初々しいねぇ」とか、
卑猥なことを言われたり、変なことを
されたりもしました。
でも、徐々に『夜の仕事』に慣れていき
ましたし、キャバクラで働き出して、
周りの子たちに色々教わるうちに、
「来るなら来いや!やるなら、
やってこい!その代り、倍にして、
痛めつけてやるからな!」と言う、
強い意思と敵対心を持って、『男』を
あしらえるようになりました。
その頃からは、やっと楽しくなって
いきます。
それまでは、「本末転倒?『男』に、
押されてるかも、私」と思いがち
だったのが、「やっとコツが、
分かって来た!このまま行ってやる
わよ!」と思えるようになったのです。
…正直、スナックでの半年は、
慣れていなかったし、ママさんも、
そんなに頼りにならない人だったので、
よく触られたりしましたし、今思えば、
触られるような、遊ばれるような、
弱気な雰囲気が出ていたのです。
だから、辛かった。
でも、新宿のキャバクラで働き出して、
徐々に挽回できるようになったのです。
固定客も作り、貢ぎも、どんどん
入ってきました。
お店からのお給料と『男』からの
直接の貢ぎが、私のものとなります。
貢ぎは、現金だったり、ブランドもの
だったり……。
でも、そんなブランドものを、
使うつもりは、全くありません!
クズな『男』の汚らしい手から渡される
穢れたモノなんか使えませんから、
すぐに、質屋か買い取り専門店行きです。
私が使う鞄、私の愛用の鞄は、昔から
使っていた鞄一つで、十分でした。
神奈川で、〔さだみん〕から、もらった
キーホルダーがついたあの鞄、です。
どんなブランドものの鞄よりこっちが
使いやすかったし、愛着もありましたし、
私にとっては、一番良いモノでした。
実際問題、良い鞄を買うために、
良い鞄を得るために、働いているわけ
ではないのですから。
それで、新宿のキャバクラでの仕事は、
前の店の時より充実したものでしたが、
理由があって辞めることになりました。
でも、結局、一番長く続いたのは、
このお店でしたね。
一年位いたはずです……。
私は、ここでいろんなことを習得し、
勉強し、『夜の世界』で生きるための
ノウハウも手に入れたわけです。
そのあとは、ほんの短い期間でしたが、
電気街の秋葉原の『普通ではない』喫茶
で働きましたが、すぐに辞めました。
そして、銀座のクラブ、池袋のキャバクラ、
足立区の千住北駅近くのキャバクラという
順で働くのです、私は。
今思うのは、長く続かなかったな……と。
そう、一つの店で長く続かない、
そんな、私でした。
そして、最終的に私は、家の近く、
そうですね、自転車で通える位の距離に
あるキャバクラで働くことになり、
このお店に関連して、『大きな事件』に
巻き込まれてしまうことになるのです。
でも、その『事件』の話は、また後程に
しますね。
それで、そのお店は、私のマンションから
歩いても20分弱、自転車なら10分も
かからない距離でした。
歩いてもいけるし、タクシーでも大した
お金にならない……。
しかも、仕事が終ったら車で送って
もらえて、すぐに寝れる。
他のどの子よりも早く車を降り、早く
寝支度をし、早く眠れる。
私にとって、もってこいの立地にある
お店でした。
でも途中からは、自転車も購入して、
その日の気分によって、歩きで出勤
したり、自転車で出勤したりして
いました。
自転車を漕いでいると、何か爽快で、
嫌な気分が吹っ飛んでいくような、
感じがしました。
私を気に入ってくれていたオーナーが、
「うちみたいな店に自転車通勤ね。
変わってるねぇ、君は!」と、
しきりに言っていたのを思い出します。
そのお店で働き出してすぐに、
私は一大決心して、雪子おばさんに、
電話を掛けました。
それまでずっと、「忙しくて電話に
出れなかった」とか「区内の会社で、
事務やってる。大忙しで、大変だよ!」
と嘘をついたり、適当な返事をしていた
のです。
その日、私は、正直に打ち明けました。
「雪子おばさん。
ごめんなさい。
私、東京に来てからずっと、
水商売してるの……」と。
電話の向こうで、雪子おばさんが
絶句し、そして、しくしくと泣き出し
ました。
言わなきゃと思い、私は必死に伝え
ました。
「でも大丈夫よ、安心して!
体を売るとか、変なことするとかは、
全然してないから!
客の話しを聞いてあげて、お酒を
飲んで、一緒に歌うとか、位だよ……」と。
雪子おばさんは、そんな私に、
「そう言うことじゃないんよ!
体を売るとかそう言うことじゃのうて…。
……真子ちゃん、あんたは、いつも私に、
嘘つくねぇ……」と言い、電話を切って
しまいました。
当然だ……、と思いました。
ずっと嘘をついているのですから。
嘘をついて愛媛を出て、
嘘をついて川崎から東京へ移り、
嘘をついて東京でずっと生計を立てて
きたのですから。
同時に、不安にもなりました。
もう、雪子おばさんが、私に愛想を
つかしたのではないかと。
そして、実際、それっきり、
雪子おばさんからは、電話も手紙も、
来なくなってしまいました。
だから、毎日、胸が痛みました。
雪子おばさんに、大きなショックを
与えてしまったのですから!
電話しなければ良かったと、思いました。
そして、「こんな生き方しか
できないんて!もっと、まともな家庭に
生まれたかったよ!」と、どんなに
あの頃、思ったことでしょう。
でも、1か月後だったでしょうか、
急に雪子おばさんからのダンボールが、
届きました。
中身は、温かい内容の手紙、
そして畑でとれた野菜や果物…。
嬉しかった。
ホッとして、涙が出ました。
「雪子おばさん、まだ私を見捨てて
ないんだ。良かった」と思いました。
すぐに、雪子おばさんに、
電話しました。
雪子おばさんは、
「真子ちゃん。出来る限り早う普通の
仕事を探してほしいわ。
夜はやっぱり寝んと体に悪いからね!
私もお祈りしとるから、探してみて、
お昼の仕事をね!」と真剣に言って
くれました。
愛がこもっている言葉です。
それは、分かりました。
その愛が、しみじみと伝わってきました。
「雪子おばさんには、今後絶対に、
嘘をつかない!」と決めました。
でも、私は、『男』から奪い、
かすめ取ることに、生きる意味を
見出していた女でした。
雪子おばさんの教訓を聞き入れよう
とは、しなかったのです。
昼の仕事を見つけるつもりは、
あの頃の私に、ありませんでした。
実際問題、杉並区にあるお店での
仕事は順調でした。
最初の頃は、かなりオーナーにも
気に入ってもらい、良くしてもらい
ました。
「こいつは敵だ。
敵から奪うためには、どんなことでも!」
と言う闘志を胸に隠す私。
不思議なことに、敵が、どんどん私に、
寄ってくるのです。
あの滾る闘志は、不思議な雰囲気を、
私から醸し出していたのでしょうね。
お店では指名も固定もどんどん、
増えていきましたから。
でも絶対に、私は媚びません!
あっちから来るなら対応はします、
奪い、かすめ取るために。
その行き方が、私にとっては、
『良い結果』を生み出してくれて
いたのです。
そうですね。
媚びるつもりは全くありませんから、
店外も同伴もアフターもお断りです。
そのお店に入るまでには、少なからず、
同伴はしていましたが、そのお店に
入った時には、決めていました。
絶対に、今後、同伴もアフターも
店外もしないと!
だから、店長に色々言われても、
どんなに指名してくる客であろうと、
私は断るものは、断りました。
普通ならあり得ない話ですよね。
でも、私にはこのスタンスが大事で
したし、何をしなくても、
暗闇オーラーが出まくる私に、
暗い部分だらけの『男』たちは、
どんどん集まって来てくれるのです。
暗闇は、暗闇に、集まるのです、
自然と。
結果、売り上げを上げていますから、
わがままな私でも追い出されることは、
ありませんでしたが、
「店長が、『あいつは辞めてもらった
方が良いな』って言ってた」と、
私のことが話されているのを聞いて
しまったり、「この子、私に、
反感抱いてるな」とハッキリ分かる
ようなことも度々ありました。
そして、ある時から、オーナーにも、
白い目で見られるようになってしまう
のです、私は…。
(著作権は、篠原元にあります)