第十六章 ⑩
文字数 3,895文字
時間枠が一致するので、
交互に読まれることをすすめる)
百戦錬磨の父は、黙って息子を
見つめる。
もちろん、次男坊が、何を考えて
いるか、口には出さないがどう思って
いるかなんて、見れば分かる。
「こっちは何十年も『父親業』も
やってんだ……」、そう思う。
SDGホテルリゾートTOKYO・幕張
タワーの高層階の一室。
高級な調度品の部屋。
そして、窓からは絶景……。
だが、その部屋が、一瞬、沈黙に
静寂に包まれる。
義牧の提案に、義時だけではなく、
同席している、真子、そして、
ブライダル事業部の担当者
居村の全員が、賛成しかねている
からだ……。
そう。
義牧以外の3人が抱いている感情は、
『良い感情』とは言えない『モノ』
だった。
だが、その感情を口には出せなかった。
3人とも……。
義牧に対する、遠慮、恐れ、それと、
総支配人の友人を怒らせたくないと
いう思い―これは居村―から。
で、最初に動いたのは、真子だった。
席を立ったのだ。
「すみません。
ちょっと、トイレに……」と言って。
そそくさと部屋を出ていく、真子。
つまりは、部屋の雰囲気に耐えきれなく
なったのだ……。
そんな真子の背を見つめ、義時は、
思った。
「逃げたな……。追従しようかな。
アッ!!
つい先、行ったばかりだったぁ!!!」。
あの時、トイレへ行った自分を殴りたく
なった……。
そして、同じく、逃げた真子の背を
見つめていた居村。
「あぁ!総支配人からのVIPだから
……って深く考えずに、興奮して、
受けちゃったけど……!
失敗だったぁ!!!
先輩に任せとけば良かったぁ。
色々、ありすぎる、普通と違って!
しかも、普通、新郎の父親が来るって
どうなの!?」……と、部屋に残る
お客様2名の手前、笑顔―ビジネス
スマイル全開―を保ちながらも、
後悔していた…、それはそれは
真剣に……。
だが、トイレに行く、真子の背を
見つめながら、義牧は、心の中で
手を叩いていた。
「うまくいったな」と思った。
そう……。
真子にいてもらっては、困るのだ。
そして、息子には、いてもらわないと
いけない。
また、息子の心の内も見抜けた。
「どうせ、十分前にトイレ行って
しまった自分を恨んでるんだろうよ」。
何せ、こちとら、こいつの何百倍もの
人生経験もあるんだからな…。
義牧は、トイレに逃げれない次男と、
担当者であるがゆえに、どこにも
逃げることのできない女性に、
真子がいないからこそ語れる、本音の
部分を語った……。
心の中で、「まだまだ、戻って来る
なよ。もうちょっと時間くれよ」と
唱えながら。
で、義牧の願い通り、真子は、
戻ってこなかった、10分位…。
同じ頃、同じフロアの女子トイレ。
真子は、個室にこもって、時間を
潰していた……。
義時は、目頭が熱くなった。
ブライダル事業部の若手課員居村も、
栄義牧への『見方』が100、いや、
200%変わった。
義牧の本音を聞くまで、思っていた。
「新郎の父親がわざわざ来るなんて。
まぁ、母親が来るよりはマシだけど
……。
母親が来たら、新郎はマザコン男
ってことになるし……」と。
つまりは、栄義牧の存在に……、
ちょっと、いや、少なからず、困惑
していたのだ。
何せ、『こちらの新郎のお父様は
総支配人のご友人で、総支配人
直々の指示も出ている』のだから…。
先輩たちが、
「居村、やってみたら?」、
「今回は、いつも、頑張っている
みかやチャンにやってもらうわね」と、
笑顔で言ってくれた理由が分かった、
やっと……。
気苦労が多すぎるんだ……。
だけど…。
新郎の父親がこう言って
喋り出した。
「居村さん。それに、義時。
私はね、自慢じゃないけれど、
これまでに、2人の何十倍もの
結婚式や披露宴に出て来た。
それで……、そうだ、十文字の
娘さんの時は仲人したんだがな……」。
目が飛び出そうになった。
「うちの総支配人と、そこまでの
仲なの!?」。
真向いの新郎も目を大きく見開いて
いる。
どうやら、初耳だったみたい…。
それから、新郎の父は、新婦がいない
間に、新婦には聞かせることの
できない、『新郎の父』としての
本音を打ち明けてくれた。
で……。
聞き終えた2人は。
先もあったように、義時は目頭が熱く
熱くなったのだ。
そして、居村も、「本当に、この方、
スゴイなぁ!」と感嘆した。
これまで、多くの新郎新婦の担当を、
最初の頃は先輩と一緒にだったけれど、
してきた。
だから、それなりに、『新郎の父親』
という存在に接することは多々
あったのだけれど……。
こんなに、『新郎の父親』の態度、
考え方、言動に感動したのは、初めて
だった。
「この人、本当に、新婦のこと考えて
いるんだ!!」、そう思った。
ここまで、息子の相手のことを考えれる
『新郎の父親』、本当に、本当に、
初めてだ。
義牧の本音……、真子への深い深い
思いやりを知って…。
義時も、担当の居村も、心の底から、
義牧の『提案』に賛成した。
「それで、行こう!絶対に」と義時。
「ぜひ、そのご提案通りに……」と
居村。
3人の心が結ばれた。
義牧、義時、居村。
その部屋にいる全員の意見が一致を
見たのだった。
で、ちょうど、その数秒後に、何にも
知らない、真子が戻ってきた。
そっと扉を開ける真子……。
自分だけ逃げて来た後ろめたさが
あると同時に、
あの『提案』がどうなったのかが
非常に気になる……。
とりあえず、席に着いた。
「あぁ。『長いトイレだったなぁ』
とか思われてるんだろうなぁ」と
考えるも、誰も何も言わなかった。
で、担当の居村が話し出した。
「それでは……。お戻りになられた
ので、先ほどのお話の続きを」と。
そう言われ、婚約者の父親が、
また喋り出した。
正直、ホテルに来て、知ったんだ…。
今日、来てるってことに。
「何で、いんの!?」と思った。
どうやら、婚約者は、知っていた
みたい…。
あとでお灸を据えてやろう、と
真子は考えたのだった。
その、婚約者の父親が、先も言って
いた、例の『提案』に基づいて、また、
話し出した。
で、真子は、驚いた。
ビックリ仰天した……!
到底受け入れることのできない『提案』、
どっからどう見ても非常識的『提案』
なのに―先も今も―、そうなのに、
何と、婚約者と担当者が、うんうんと
頷きながら聞いている!?
しかも、賛成的な意見まで言っちゃって
いる……!?
「えッ!?先までの雰囲気は……?」
と、内心、困惑と婚約者たちへの不信感。
もしかして……と思い当たる。
「私がいない間に、買収された!?」。
トイレに逃げた自分を恨むことになる
真子。
だが、そうこうしているうちに、
どんどん、話が進んでいく。
もう、ほぼ100%、婚約者の父親の
『提案』通りに、行こうとしている。
まさに、そんな雰囲気。
婚約者も、プロである担当者も、
反対せず、「良いですね」とか、
「確かに!」とかまで、言い出して
いる!!
席を立って、「オイ!」と叫び、
……たかった。
でも、そんなことできるわけない。
で、真子は、必死に、隣に座る
婚約者に『視線攻撃』を送った
けど…。
全部、スルーされた。
「わざとだ……」、分かった。
パニックになりかける自分を必死に
落ち着かせる。
「打開策は……?打開策ないの?」。
よく分からないが、トイレに逃げている
間に、『3:1(自分たちvs婚約者の父)』
という構図が、『1:3(自分だけvs婚約
者たち)』になってしまった。
真子は、必死に、考える。
「こんな提案ありえない!」のだから…。
そう考えまくる真子の前で、義牧は、
義時と居村からのバックアップ、賛成票を
得て、話を続ける。
つまり、義牧が、式当日に、真子に辛い、
悲しい思いをさせないためにと『提案』
していた、その内容、それは以下の
通りだ。
……披露宴会場の丸テーブル。
その丸テーブルの席次、席順。
それを、新郎側とか新婦側とかに
わけないで、
義牧の言葉をそのまま借りれば、
「ぶっちゃけ、もう、ごちゃまぜに
座らせよや、今回は」と言うもの
だった。
つまりは、1つの丸テーブルに、
新郎の友人たちと新婦の友人たちが
一緒に……。
1つの丸テーブルに新郎の家族と
新婦の家族が一緒に…‥。
「非常識過ぎる!
あり得な~~い!!!」と、
真子は、その打ち合わせの部屋で、
思わず叫んでいた。
ちなみに、心の中で…。
だって、だって!!
「みんな仲良くなれるし、
若い者たちには、良い出会いの場の
提供にもなるしな」って……!?
合コンじゃないんだからネ!
ツッコミを入れる、何度も。
もちろん、心の中での話…。
示し合わせたように、
「良いね!」、「それ良いね!」を
連発している3人―婚約者、婚約者の
父、担当の居村さん―を冷たい眼差し
で見つめながら、真子は、考える。
そんなの……。
「絶対、逆効果じゃ?」と。
そうだ。
見ず知らずの人間と一緒になったら、
「ただ、気まずい雰囲気になっちゃう
だけでしょ」……。
もう黙ってはいられない!
真子は、奮い立った。
3:1、つまり、孤立無援だけれど、
これは、『私の一生に一回だけの
結婚式なんだから!!』。
好き勝手には、させられない……!
「ちょっ」と、真子が言いかけた
時だった。
ちょっと待ってください、と言おう
としたのに……!
婚約者が、同時に、喋り出した。
「何てことすんの!?」。
無言で、睨む、婚約者を……。
でも、もしかして、とも思った。
「こっちの『視線攻撃』に恐れを
なして、ふざけた態度変えるかな?」
と。
でも……。
違った。
父親の『提案』内容に沿うようなこと
を言ってるだけ……。
「後で、みんな帰ったら、絶対に、
ヤッてやる……」。
怒りを感じ出す、真子。
だが、自分を制する。
ここは、自分が落ち着いて、しっかりと
した態度で話して、ちゃんと、
軌道修正させないといけないのだ。
でないと、披露宴が悲惨宴になりかね
ない……。
(著作権は、篠原元にあります)