第十六章 ㊲

文字数 2,214文字

人生で初めて手にした、クスリ…。
まさか、自分が金を払ってまで、
手に入れて、カバンの中に隠し持つ
ことになるとは、子供時代には想像も
しなかったモノ。
……それの重みをヒシヒシと感じ
ながら、私は、寒空の下、
署へと向かいました。

中学生時代から心を占拠し続ける
暗い思いが、心を満たします、
その時も……。
そして、逆に、その思いが、クスリの
入手を『正当化』させてもくれ、気が
楽になりました。

そうです……。
「もし、私に、女の子の赤ちゃんが
生れたら!!」。
中学のある日、授業の際に言われたように、
私の胎内で受精し、妊娠し、女の赤ちゃんを
出産してしまったら。
その子は、つまり、私の娘は、もしかしたら
……、いつか、あの真子ちゃんのように、
悪い男子に追われ、酷い目に遭い、不登校に
なり、辛い辛い日々を送るようになるかも
しれないのです。
仮に、そうならなくても、中学時代の私の
ように、イジメの対象にされ、警官である
両親にも何も言えずに、苦しむことになる
かも……。
また、「もし、妊娠して、男の子の赤ちゃん
を出産したら……」。
こう考えても、見いだせる希望はゼロでした。
見えるのは、悲惨な未来だけです。
その子が、大きくなり、あの銭湯屋の息子
のような酷いことをどこかの娘さんにして
しまったとしたら……。
言い方がアレかもしれませんが、子どもの
遊びで、押して倒しちゃった位なら、
まだしも……。
思春期になって、同年代の、もしくは
下級生の子を辱めるようなマネをしでかし
たら……。
もう。親である私たちも警察官じゃ
いられなくなるわけです。

そうです。
こんな感じのことを結婚式前夜も、式の
1週間前も考えました。
で、似たようなことをずっと考えて、
考え抜いて、成長してきたのです、私は。

長く、『未来像』に、『家庭像』に、
明るいモノを見ることができずにきた、
私。
あの中学時代から…。
そして、それがずっと続いて、そのまま
高校へエスカレートで上がり、高校も卒業
して、警察官になり、結婚式前夜にまで
至ったわけ、なのです……。
至ってしまった、と言うべきでしょう。







式前日の夜。
私は、ずっと過ごした独身寮ではなく、
久しぶりに、実家で過ごしました。
両親、妹たち、そして、祖母も加わり
感動的な時間でした。
そして…。
じゃれつく妹たちと、3人で川の字に
なって寝たのを記憶しています。
本当は、母と2人だけで寝たかったの
ですが……。
まぁ、それは良いとして、翌日以降は
新たに、夫とともに『官舎住まい』に
なるわけです。
ほとんどの荷物は、後輩たちや同僚に
手伝ってもらって、もう送り済み。
でも、私は、クスリだけは、事前に送る
ことができませんでした…。
何かのことで、私より最初に、夫が
私のダンボールに手をつけてしまい、
ソレを見つけてしまうかもしれない
……。
だから。
家族の誰も知らないのですが。
翌日、嫁いで行く娘の所持品には…。

布団に寝たまま、手を伸ばせば、
すぐに手が届く距離のとこに置いた
私のボストンバッグ…。
高校時代に、両親が修学旅行の為に
用意してくれた想い出の品。

その中に、家族の誰にも言えない、
知られてはいけない、そんな
クスリを私は隠し持っていたのです。
それを隠し持って、実家の門をくぐり、
そして、翌朝も、それを所持している
素振りを一切見せずに、妹2人に伴われ、
私はホテルへ向かうために、実家を出た
のでした……両親や祖母に、「あとでね」
と送られながら。






式前夜……。
スースーと寝息を立て、平穏な表情で
眠っている妹たちに挟まれながら…。
私は、悶々としました。
悶えていたのです。
久しぶりに見る、かわいい……とは
言えない、ちょっと生意気でウルさい
妹たちの寝顔を見ても、私の心は
休まりません、全然。


とうとう、24時間後には……!!
ホテルで、夫と2人で、寝ていること
でしょう…。
式、披露宴、二次会……いや酒好きが
多い警察関係者です。
四次会位まで終えて、ホテルの部屋に
戻り、そのまま大の大人2人、結婚した
ばかりの男女が文字通り、『寝る』って
こと……バタンキューになるなんて、
ありえません。
当然、そういうコトをするのでしょうし、
その『行為』を夫に求められるのが、
普通です。


だから、どうするか……。
24時間後の自分が取るべき行動等を、
もう1度シミュレーションします。
何度も何度もしてきたのですが……。

部屋から新婦が、その『行為』を避ける
ために逃げ出すなんて、前代未聞ですし、
絶対にありえない!。
それに、そんなことしたら、警察社会に
いられなくなるし、何より、私たちの
結婚生活は崩壊です、初日から。


そうです。
だからこそ…。
大事なのは、三つのことです。

一つ、何も言わない。
(これまでも何も言わずに来たのだから)
余計なことは、一切、明日も含めて、
今後ずっと言わない!
二つ、普通に、初夜をそのまま迎える。
求められたら、そのまま、ふつうに
……と言っても、経験がないので、
どんな対応し、どんな感じで男性の身体を
迎え入れるのが『ふつう』なのか、全く
分からないのですが……、とにかく黙って
抱かれる。
三つ、クスリを使う………………。
明日も、その次の日も、ずっと。



式前夜の未婚時代最後の布団の中。
安らかに眠ることができずに…。
私は……。
翌日以降に待ち構える『夫婦の営み』を
無事に乗り越える、つまり、夫に隠れた
避妊の手順を何度も確認し直し、
そして……、気づいたら。
無邪気な寝顔で熟睡する妹たちの間で、
私自身も、深い眠りの中に…。









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登場人物紹介


奥中(おくなか) 真子(まこ)のちに(養子縁組により)(やぎ)(ぬま) 真子のちに(結婚により)栄真子




 本書の主人公。小学校3年生のあの日 、学校のクラスメートや上級生、下級生の見ている前で、屈辱的な体験をしてしまう。その後不登校に。その記憶に苛まれながら過ごすことになる。青春時代は、母の想像を絶する黒歴史、苦悩を引継いでしまうことなる、悲しみ多き女性である。





(あし)() みどり



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメートであり、大親友。



しかし、小学校3年生のあの日 、学校の廊下を走る真子の足止めをし、真子が屈辱的な体験を味わうきっかけをつくってしまう。



その後、真子との関係は断絶する。










(よし)(とき)



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメート。葦田みどりの幼馴染。



小学校3年生のあの日 、学校の廊下で真子に屈辱的な体験をさせる張本人。











奥中(おくなか) 峯子(みねこ)



本書の主人公、真子の母。スーパーや郵便局で働きながら、女手ひとつで真子を育てる。誰にも言えない悲しみと痛みの歴史がある。








雪子(ゆきこ)



本書の主人公、真子の大伯母であり、真子の母奥中峯子の伯母。


愛媛県松山市在住。







銀髪で左目に眼帯をした男



本書の主人公、真子が学校の廊下で屈辱的な体験をするあの日 、真子たちの



住む町で交通事故死した身元不明の謎の男性。



所持品は腕時計、小銭、数枚の写真。










定美(さだみ)(通称『サダミン』)



本書の主人公、真子が初めて就職したスーパーの先輩。



優しく、世話好き。



だが、真子は「ウザ」と言うあだ名をつける。









不動刑事



本書の主人公、真子が身の危険を感じ、警察署に駆け込んだ際に、対応してくれた女刑事。



正義感に溢れ、真面目で、これと決めたら周囲を気にせず駆け抜けるタイプである。



あだ名は、『不動産』。警視庁阿佐ヶ谷中央警察署生活安全課巡査部長。
















平戸



本書の主人公、真子につきまとう男。



また、真子の母の人生にも大きく関わっていた。






愛川のり子



子役モデル出身の国民的大女優。



〔あいのん〕の愛称で、幅広い世代から人気。



映画、テレビ、雑誌などで大活躍中。







石出(いしで) 生男(いくお)



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメートであり、幼馴染。小学校3年生のあの日 、真子を裏切る。




(やぎ)(ぬま) 真子のちに(結婚により)(さかえ) 真子



 本書の主人公。旧姓は、奥中。



小学校3年生の時、学校中の見ている前で屈辱的体験をし、不登校に。



その後は、まさに人生は転落、夜の世界へと流れていく。



だが、22歳の時小学時代の同級生二人と再会し、和解。回復への一歩を歩みだす。

(さかえ)(よし)(とき)



本書の主人公、真子が小学校3年生の時、屈辱的体験をさせた張本人。



そして、真子が22歳の時、男に追われているところを助けた人物でもある。



その後、真子の人生に大きく関わり、味方、何より人生の伴侶となる。

柳沼雪子



本書の主人公、真子の大伯母。養子縁組により、真子の母となる。



夫は眼科医であったが、すでに他界。愛媛県松山市で一人暮らしをする愛の女性である。

定美(さだみ)(通称・『サダミン』)



本書の主人公、真子が大事にしているキーホルダーをプレゼントしてくれた女性。



真子が川崎市を飛び出して来てから長いこと音信不通だったが、思いもしないきっかけで、真子と再会することになる。

不動みどり



本書の主人公、真子が小学校3年生の時、屈辱的体験をするきっかけを作ってしまう。



そして、真子が22歳の時、再会。つきまとい行為を続ける男から真子を助ける。



旧姓は、葦田。警視庁阿佐ヶ谷中央警察署生活安全課・巡査部長。

都和(とわ)



明慈大学理工学部で学んでいた女性。DVによる妊娠、恋人の自殺、大学中退……と、真子のように転落人生を歩みかけるが、寸前を真子に助けられる。

愛川のり子



〔あいのん〕の愛称で、幅広い世代から人気。



映画、テレビ、雑誌、海外でのドラマ出演など活躍の場を広げる国民的大女優である一方、息子の『いじめ報道』に心を痛め、また後悔する母親。



本名は、哀川憲子。

()(おり)



結婚した真子の義姉となる女性。



真子との初対面時は、性格上、真子を嫌っていたが、



後には、真子と大の仲良し、何でも言い合える仲になる。



名家の出身。



 

石出(いしで) 生男(いくお)



本書の主人公、真子を裏切った人物。



真子が小学時代の同級生二人と再会し、和解した夜に自殺。



第二巻では、彼の娘の名前が明かされる。

新名 志与


旧姓、長谷島。

第一章では、主人公に、『しーちゃん』と呼ばれている。

夜の世界で働いていた真子にとって、唯一の親友と

呼べる存在、姉的存在だった…。


ある出来事をきっかけに、真子と再会する(第二章)


小羽


 真子の中学生時代(奈良校)の同級生だったが…。


第二章で登場する時には、医療従事者になっている。

居村


 義時と真子が結婚式を挙げるホテルの担当者。

ブライダル事業部所属、入社3年目の若手。

 

真子曰く、未婚、彼氏募集中。

不動刑事


主人公の親友である不動みどりの夫。


石出生男の自殺現場に出動した刑事課員の1人。



最愛の妻、同じ署に勤務する警官のみどりが、

自分に隠れ、長年自宅に『クスリ』を保管、しかも、

所持だけではなく、使用していた事実を知った

彼は……。

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