第十七章 ⑬
文字数 3,563文字
新婚の義時と真子は、早起きして。
新居を出て、車で、ホテルへ向かう。
そして、雪子を乗せて、羽田空港へと。
もうすでに、雪子が搭乗する航空会社
―JAS―には連絡済み。
やはり……。
旦那の方は、昨夜、雪子をホテルに
送り届け、新居に帰るなり、「疲れた
から……」と言ってソファーに。
それに、「キミの大伯母さんだし、
あと、キミの提案だったからさ」と。
なので。真子が、電話をかけることに
なった、当初の予想通り。
まぁ、言われてみれば、旦那の言う
通りだし。
それで、ギリギリ営業終了時間直前で、
窓口につながって…。
ホッとした。
それに、対応してくれた女性が、
親切な人だったので、助かった、色々と。
で、空港へと走る義時の愛車の中。
今日は…。当然、ハンドルは義時が
握って。その隣、助手席に真子。
で、後部座席に雪子。
真子は、「うん?」と思って、そっと
後ろを見てみた。
さっきまで、起きていたはずの、
大伯母がスースーと寝息をたてて
いた。
「疲れてんだなぁ」と思う。
そして、その寝顔が愛おしかった。
義時が話しかけてくる。
「ちょっと、今回は、ハードな
スケジュールだったかもな。
帰ってから、調子を崩さないで
くれれば良いけど」
「そうね……」と妻も答える。
しばらく。
2人は、静かにすることを心掛けた。
義時も、特に、スムーズに運転する
ことを目指して。
あまり飛ばさずに。
まぁ、出発時刻までかなり余裕も
あったし……。
雪子が、目をさました。
ちょうど、高速の長い長いトンネルの
中を走ってるとき。
ちなみに、車は、ひたすら第一走行車線。
制限速度ジャストで安全運転で走って
いた。
トンネル内で、車内が暗かったので、
2人は、雪子が起きていたことに
気が付いていなかった。
で、急に雪子が2人に声をかけてきた
ので、2人はかなり驚いた。
後の雪子も寝てたし、暗いから、
手をつないでいたので……。
パッと…大急ぎで運転手の左手から自分の
右手を引き離して、で、慌てまくりながら
真子は、雪子に答えた。
バレてないか…、見られてなかったか
冷や冷やしながら。
でも、後々考えれば……。
自分たちはもう結婚しているわけだし、
手をつないでも、別に問題は…。
まぁ、刑事のみどりから言わせれば、
道交法上問題があるのかもしれない
けれど。
しばらくして……。
真子は、ルームミラーを使って、後部
座席を見てみた。
また、眠ってくれたかな……。
ま、別に、寝てほしいってわけじゃない。
別に、運転中の彼とイチャイチャしたい
ってわけでもないし、物理学上……
と言うか、常識的に、手をつなぐ以上の
ことは不可能。高速で飛ばしている車の
車内で『それ以上のコト』をしようって
言うバカなカップルがいたら、それは
自殺行為そのものだし!
本心は、つまり……。
真子は、大伯母に寝てほしかった。
少しでも、空港に着くまでは、眠って、
疲れをとってもらいたい。
それだけだ。
変な気持ちなんてあるわけ、ない。
で……。
ルームミラーを使って、後ろを見ると
……。
なんと!
同じく、ルームミラーを覗いていた
雪子と目が合った。
ビックリした。
驚きながら、後ろを振り向いて言う。
「どッ、どうしたの!?こっち見て…。
あのね……。
まだ空港まで、結構あるから。
着いたらちゃんと起こすから、また、少し
寝てたら?疲れてるでしょ」
うんうんと首を横に振りながら雪子が
答える。
「違うの。義時さんと真子ちゃんに、
どうしても話しておきたいことが
あってねぇ。
このこと話さないでは、オチオチ眠っても
いられないの。
それで、話し出そうかなぁって、さっき、
その鏡を見てたのよ」
「何?改まって……」
「あのね、義時さんと真子ちゃん。
2人にね、お願いがあるんですよ。
私のね、最後のお願いだって思って、
聞いてくださいね」
真子が口を挟もうとしたが、
雪子はそれを手で強く遮りながら
続ける。
「待って!聞いて、真子ちゃんッ。
本当に、大事なことなの……の身内であり、
姪の娘にあたるあなたへの大切な
お願いよ。
それでね、義時さんも、聞いておいて
ほしいの」
運転しながら義時が、ハイと頷く。
真子が再度何か言おうとするが、雪子は
それを無視して早口で話し出す。
「あのね、私も、もういい年齢よ。
いつ天国に行っても良いわって、最近よく
思うの。
それでね、いつ、この地上の人生の終わりの
日が来るかなんて、私達には全く分からない
でしょ。
だから、真子ちゃんに言っておく。
義時さんも、聞いておいてくださいね。
……私が死んだらね、お葬式は盛大に、
やってほしいの。
普通こんなお願いしないし、身内だけで……
って言う人の方が多いはずだから、不思議に
思うだろうけど…。
やっぱり、私は、つくづく思うのよ。
結婚式よりね、お葬式の方が大切だって。
あ、結婚式挙げたばかりの2人よね。
別に、そういう変な意味じゃないのよ!
結婚式がダメだって、ことじゃない。
そうじゃなくてねぇ。
うん、どう言ったら良いかねぇ。
難しいわぁ、言葉にするの。
うん、そう。
ただね、お葬式に行くとさ、『すべての
人には終わりがあるんだなぁ』って、
生きている人達が考えて、生き方を変える
良い機会になると思うのよ。
『自分もいつか死ぬんだ。だから……』
とか、『自分もいつかは……。このままで
良いのかな、私』ってね。
お葬式って、そういうものだって……。
だから、私が、地上で最後に出来ること
って言ったらね。
そりゃあ、もう盛大なお葬式をして
もらってね。
近所の人、部落の人、それから、今まで
お世話になった人達とかにいっぱい
来てもらって……。
私がこの地上からいなくなったことを
思い、考え、そして、自分の人生を本当の
意味で見つめなおしてもらう……。
若い人も、年老いた人も、来てくれる人、
全員がね。
それで、最後には、『雪子さんは、今、
天国にいるんだ!いつか、キリストを
信じる者は、雪子さんと天国で会える
んだ』って知ってもらいたい!
それが、出来れば、もう私、本当にね、
言うコトないわ!
だからね、真子ちゃん…。
おそらく、喪主は、あなたになるのよ!
唯一の身内のね。
だから、お願いね!
これが、私の、心からの希望だから。
あと、義時さんも、よろしくお願い
しますね。私が亡くなって、アタフタして
いる、だけれど、喪主として立派に
振舞わないといけなくなる真子を、
支えてあげてくだ…」
真子は、後ろを振り返らずに、
助手席に座ったまま、そして、前方を
凝視したまま、叫んだ。
「もう、やめてよッ!!
何で、そんなこと、今話すの!?
雪子おばさん、まだまだ元気じゃん!
元気に長生きして、私たちの赤ちゃんの
お世話もしてくれるって、さっき、
言ったよねッ、私に!?
それなのに……。
何で、何で…………」
最後まで言えない。
言葉に詰まる。
本当に、怒りが!
本当に、意味不明だ!!
だって、雪子おばさんにはこれから本当に
長生きしてもらって、いっぱい恩返しして、
親孝行して、自分たちの子どもの顔も
見せてあげないといけないんだから……!
言葉に詰まり、そして、そういう気持ちが
溢れて来て、涙ぐみ出す、姪孫・真子に、
雪子は、優しく、諭す。
「もちろん、そうよ。
もちろん、私も、まだまだ元気に
いきたいし、すぐに、そういうことに
なるとは思ってない。
そりゃぁ、そうよぉ!
真子ちゃん達の娘……、まぁ、息子かも
知れないけど、早く赤ちゃんを見たいし、
実際、こっちにね、連れて来てくれたら
いっぱいお世話もするし、おもちゃも
買ってあげるわ!!
もちろん、そのつもりよ!
そのために、健康にも気をつけて、生きる
しね。
でもねぇ、私くらいの年になると、本当に、
そういうことの『備え』もしないといけない
って最近つくづく思うようになったの。
でも、今まで、言えなかった。
真子ちゃん、独り身だったし、ふらふらして
たから。
だけど、真子ちゃんも、素敵な旦那さんに
嫁いでくれて、そして、その旦那さんが
本当に賢くて、優しくて、聡明で。
なら……。この機会に、こうやって、3人が
一緒にいる今、言わないとなって、
思ったのよ!
そうじゃないと、私は愛媛に帰るから、
もうしばらくは2人とこうやって会えない
からねぇ。
……そう言うわけで、別に、今すぐ、
そうこうなるとか、考えてるわけじゃない
のよ!
分かってね、真子ちゃん」
よく分かった。
言っていることは分かった。
言い分も分かる。
でも……。
「そんなこと考えたくもない!」
そう。
雪子おばさんには、まだまだ、元気で
いてもらいたい!!
だから、真子は、雪子に答えることが
できなかった……。
代わりに。
運転席の義時が、「あの、お気持ちは、
ちゃんと理解しました。ハイ、僕は……。
それで、彼女も、分かったと思います。
な、分かったよな?」と……。
真子は、涙を必死に我慢しながら、
後ろも横も向くことなく、小さくだけど、
前方を見つめたまま、頷いて、
それを答えとした…………。
(著作権は、篠原元にあります)