第十六章 ㉒

文字数 4,221文字

夫の父が、どんどん迫ってきます。

ちなみに、と言うより、正直に言って、
結婚式の日の時点で、『栄家』で
一番親しみやすい関係だったのは、夫を
除けば、第一に、お義母さん。そして、
二番目が義姉になった美織さん。その
次が、隆子ちゃんと俊光君の同列。
で、4位が義兄。で、最後が夫の父。


その夫の父が近づいて来て、私たちの
目の前に……。


その時、思いましたね。
アッと気づきました。
何で、この人が来たのか……。
「そうか。勝手に披露宴会場を抜けた、
ふざけた嫁を叱りに来たのか」。

怒られるのを予想しました。
そして……。
「最悪だな……。この子たちの目の前で
怒鳴られるなんて…」と。


でも…。
夫の父の第一声は、予想外なものでした。
「いや~。君たち、素晴らしかったよ!
最高だったねぇ」と……!?

私は、第一声怒鳴られるものとばかり
思っていたので、目を閉じてしまって
いたのですが、その、夫の父の上機嫌
な感じの声を聞き、「うん?!」と
驚きながら、目を開けたのです。

そしたら、声だけじゃなく、顔の表情も
さっき居村さんと話していた時とは
違い、明るく、ニコニコ……???
「この人、こんな表情すんだ!?」って
思って、目を疑いましたね、一瞬。


で、夫の父は、続けて、女子大生達を
いっぱい誉めて、栄家を代表してお礼を
伝えていました。
きっちりと頭まで下げて……。
私は、千葉県の何とか組合とかいう
ところの理事長まで務める男性が、
つまり、夫の父が、若い女の子たちに
頭をしっかりと下げてお辞儀しているの
を見て、何だか、ジーンときました。
心の『引っかかり』の1つがスンと
抜けたような気がしました。
で、私も、夫の父と一緒に、当本人
として、頭を下げて、もう1度お礼を
伝えました。


あれには……、こしまちゃんたち、
つまり、明慈大学のみんなが恐縮して
しまっていましたけどね。


そして……。
その後、アレには脱帽です。
夫の父は、やっぱり、それだけの『人』
なんだなぁ……って。

どういうことなのかと言うと…。
夫と私は、ちゃんと用意はしていたの
ですが…。
その、つまり、『余興』のお礼を。
ようするに、こしまちゃんとやよい
ちゃんに、披露宴後のお見送りの時に
渡そうと、ちゃんと、ポチ袋2つに
5千円ずつ入れて……、準備していた
のですけど。
まさか、2人だけじゃなく、同じ部の
29人も来てくれるとは考えてもいな
くて……。
だから、当然、29人分のポチ袋も、
ないし、それだけの現金だって、
当然ありません。

と言うより、私は……、まぁ、夫も
そうなのですが、そこまで、私たちは
考えれていなかったのです。


でも、夫の父は……。
本当に有難かったですねぇ。
本当に助かりました。


夫の父は、私の目の前で、女子大生達
にお礼を伝え、そして、万田部長に、
「あなたが、代表の方だよね?」と
確認してから、祝儀袋を渡してくれた
のです。
私たち夫婦に代わって……!!


驚く万田部長。
そして、周りのみんな……。
それから、新婦である私。
だって、私は、この時やっと、気づいた
くらいですから。
彼女たち、つまり、29人へのお礼のこと
を……。
ちなみに、ちょっと話がそれますけど、
あとで、夫が、教えてくれました。
あの時、夫の父が、万田部長に渡した
祝儀袋には、現金で10万円が入っていた
のだと……!!
で、夫は言うのです。
「返すからって言ったけど、断れてさ。
『お前たちも新婚生活大変だろう』
からって……。だから、その10万円は
良いってさ……」と。
さすがに、妻として、嫁として、それは
ダメだろうと思い、急いで、銀行から、
ちなみに私名義の口座のですけど、お金を
下ろしてきて、10万円をちゃんと夫経由で
夫の父に返してもらいました。


で……。そう、話を戻して。
祝儀袋を夫の父から手渡された、明慈大学
チアリーディング部長・現役女子大生の
万田ちゃん。
一瞬、きょとんと……。
何なのか分かんなかったのでしょうね。

素直に、夫の父に、訊いていました。
「あの…。これって……」と。

すると、夫の父が、短く言えば、
「これは、あなたたち、約30人への
余興のお礼ですよ。素晴らしい、余興を
ありがとう。感動しました」と。

いえいえいえいえ……!!
「受け取れません!そんなつもりじゃ
なかったですし……。私たちも良い体験
させていただいたと思ってますし、
それに、柳沼……アッ、栄さんへのお礼に
今日は来させてもらいましたので……」と。

あ……、と私も気づきました。
「そうだった。今日から、私、柳沼じゃ
なくて、栄なんだ……」って。
それまで、万田ちゃんに、『柳沼さん』って
呼ばれても、それまでのクセで、何とも
思わなかったのですね…。


で、話がそれそうになりましたけど、
恐縮しちゃい、受けとれないと言う、
万田恒子ちゃんに、夫の父は、年上の
人格者らしく、諭します。
「いやいや、こういうのは、素直に
受けとるもんだよ」と。
それに……と続けます。
「君たち全員の交通費もかかってる
だろうし、わずかだけど、これで、この
後、みんなで、美味しいもの食べて
もらいたんだよ」と言う感じのことを。

すると、ようやく、納得して、
「分かりました。ありがとうございます」
と頭を下げて、受けとる、ヒサちゃん…。
他のみんなも、それに倣って、
「ありがとうございます」と頭を下げて
います。


ニコニコしている夫の父。
事の成り行きを心配し見ていたので、
ホッとした私。
そして、女子大生達も、どこか、嬉しそう
です。
それは、そうですよね。
まさか、予想もしていなかったはずの
『臨時ボーナス』が入ったのですから。
しかも、その時点では、みんなは
知りませんが、なんと、10万円も入って
いる!!
多分……、これは、私の推理ですけど、
ホテルを出て、祝儀袋の中身を見た
女子大生達は飛び上がったんじゃない
ですかね……。
その額の多さに、驚いて。


で、そうだ。
「じゃあ……」と披露宴の方に戻りかけた
夫の父が、一瞬立ち止まったんです。

さすがに、「あんたも戻んなさい」と
言われるのかなぁって思いましたけど…。

そうじゃなかったです。
夫の父は満開の笑顔で振り返り、
こう言ったのです。
「今日は、久しぶりに、母校の校歌を
歌えて、嬉しかったぁ!
私は、君たちのOBでね、実は……。
ずっと昔に、商学部で学んだもんだ。
今でも、あの杉並や神田の校舎を思い出す
なぁ。
うん。そう言えば、杉並の校舎の方は、
去年、一部新しいのが出来たんだった
よなぁ?」。

「はい!!」と半分くらいの女の子たちが
大きな声で答えていましたね。
その中には、万田部長、こしまちゃんも
いました。

彼女たちは、新郎の父親が、自分たちの
大先輩だと知って、ビックリしているよう
でしたが、同時に、何か親しみのような
ものを感じているようでもありました。


今度こそ、「じゃあ、私は失礼するよ」と
披露宴会場へ戻る『大先輩』に、明慈大学
チアリーディング部の一同は、深々と
お辞儀をして見送っていました。

その姿を見て、「綺麗だなぁ。カッコいい
なぁ」と、私は思ったものです。 


それから、数分後……。
チアリーディング部のみんな、こしまちゃん
とやよいちゃんを除く29人は……、何度も
何度も振り返り、手を振ってくれながら、
エスカレーターで降りて行きました。
その彼女たちの姿も、私は、一生忘れない
でしょう。
最高のプレゼントを彼女たちは、私達夫婦
に贈ってくれました!
都和ちゃんを助けることの出来るチャンス、
そして、結婚式当日の最高の『一日大学生
体験』をさせてくれたこと…。
また、プロフェッショナルなスタンツや
ダンスです。
何度、「ありがとう」と伝えても、
やり過ぎと言うことはないでしょう。
この場を借りて……。
本当にありがとう、明慈大学の
チアリーディング部のみんな!!



そして、彼女たちと同じく、最高の
プレゼントをしてくれた人がいました。
その人からもらったのは、まさに、
私と、その人との間の、『友情関係の
しるし』なのです……。

その人から渡されたのは、本当に、
予想もしないプレゼントでした。
そして、突然、「この時に……?」って
言うタイミングで、まぁ、最高の
シチュエーションでしたね…。


そう。
この靴です。
この運動靴……。
色は、ピンク色です。

もう、お気づきになられたでしょうか。
誰から、もらったのか?
そして、このピンク色の運動靴に秘め
られた意味……。


そして……。
今、私は、今日のために、お義母さんと
美織さんと相談して決めて、奮発して
購入したブライダルシューズを履いて
いません。
折角、大金をはたいて手に入れた
と言うのに……。

そうですね。私が、自ら用意していた、
ブライダルシューズを履いていたのは、
ほんの短い時間の間だけでした。
まぁ、挙式リハーサルの時は、その
ブライダルシューズでした。
私としては、一日ずっと、この靴で
いくものと思っていたのですが……。


そうです。
タイミングとしては……。
その、運動靴を手渡されたのは…。
新郎がチャペルに入場した、直後でした。
いよいよ、新婦入場……です。

心臓はドキドキ、ドキドキ。
青い空には、真っ白な雲が浮かんでいて
気持ちの良い、爽やかな風が吹いてきて
いて……。
新婦である私の周りにいるのは、
女性が数人だけ。


その中の1人は、新婦である私とともに
バージンロードを歩いてくれる、不動
みどりちゃん。
ですから、みどりちゃんには、式の時
には、『新婦のエスコート役』、そして、
披露宴では、『新郎新婦紹介』を、
私達は頼んでいたのです。


まぁ、その『新婦のエスコート役』が
女性で良いのかな、しかも、家族ではない
人で良いのかなと、悩んだんですけど、
それも、居村さんの「大丈夫です!
大切なご友人とご入場されるのは、
すごく素敵だと思います」と言う優しい
答えで、即解決しました。
吹っ切れて、安心して、みどりちゃんに頼む
ことができました。
本当に、居村さんが私たち夫婦の担当で
良かったなぁ、と今も思います、切に……。


傍から見れば、頼み過ぎ……と言われる
かもしれませんが。
でも、……。
彼女こそ、私達夫婦にとって、最高の親友
であり、まさに、【恋のキューピット】
なのですから……。
何だかんだ、ありましたけど、本人も最後
は納得してくれましたし……。



それで……。
話を戻しますね。
『新婦入場』の、その時を、ドキドキしな
がら、待っていたのです。
タイミングは、ずっと私たちの担当をして
くれた、居村さんが教えてくれることに
なっていました。
その居村さんも、いつもより緊張した
感じで、白い手袋して、扉のすぐ横に立って
います……。









(著作権は、篠原元にあります)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介


奥中(おくなか) 真子(まこ)のちに(養子縁組により)(やぎ)(ぬま) 真子のちに(結婚により)栄真子




 本書の主人公。小学校3年生のあの日 、学校のクラスメートや上級生、下級生の見ている前で、屈辱的な体験をしてしまう。その後不登校に。その記憶に苛まれながら過ごすことになる。青春時代は、母の想像を絶する黒歴史、苦悩を引継いでしまうことなる、悲しみ多き女性である。





(あし)() みどり



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメートであり、大親友。



しかし、小学校3年生のあの日 、学校の廊下を走る真子の足止めをし、真子が屈辱的な体験を味わうきっかけをつくってしまう。



その後、真子との関係は断絶する。










(よし)(とき)



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメート。葦田みどりの幼馴染。



小学校3年生のあの日 、学校の廊下で真子に屈辱的な体験をさせる張本人。











奥中(おくなか) 峯子(みねこ)



本書の主人公、真子の母。スーパーや郵便局で働きながら、女手ひとつで真子を育てる。誰にも言えない悲しみと痛みの歴史がある。








雪子(ゆきこ)



本書の主人公、真子の大伯母であり、真子の母奥中峯子の伯母。


愛媛県松山市在住。







銀髪で左目に眼帯をした男



本書の主人公、真子が学校の廊下で屈辱的な体験をするあの日 、真子たちの



住む町で交通事故死した身元不明の謎の男性。



所持品は腕時計、小銭、数枚の写真。










定美(さだみ)(通称『サダミン』)



本書の主人公、真子が初めて就職したスーパーの先輩。



優しく、世話好き。



だが、真子は「ウザ」と言うあだ名をつける。









不動刑事



本書の主人公、真子が身の危険を感じ、警察署に駆け込んだ際に、対応してくれた女刑事。



正義感に溢れ、真面目で、これと決めたら周囲を気にせず駆け抜けるタイプである。



あだ名は、『不動産』。警視庁阿佐ヶ谷中央警察署生活安全課巡査部長。
















平戸



本書の主人公、真子につきまとう男。



また、真子の母の人生にも大きく関わっていた。






愛川のり子



子役モデル出身の国民的大女優。



〔あいのん〕の愛称で、幅広い世代から人気。



映画、テレビ、雑誌などで大活躍中。







石出(いしで) 生男(いくお)



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメートであり、幼馴染。小学校3年生のあの日 、真子を裏切る。




(やぎ)(ぬま) 真子のちに(結婚により)(さかえ) 真子



 本書の主人公。旧姓は、奥中。



小学校3年生の時、学校中の見ている前で屈辱的体験をし、不登校に。



その後は、まさに人生は転落、夜の世界へと流れていく。



だが、22歳の時小学時代の同級生二人と再会し、和解。回復への一歩を歩みだす。

(さかえ)(よし)(とき)



本書の主人公、真子が小学校3年生の時、屈辱的体験をさせた張本人。



そして、真子が22歳の時、男に追われているところを助けた人物でもある。



その後、真子の人生に大きく関わり、味方、何より人生の伴侶となる。

柳沼雪子



本書の主人公、真子の大伯母。養子縁組により、真子の母となる。



夫は眼科医であったが、すでに他界。愛媛県松山市で一人暮らしをする愛の女性である。

定美(さだみ)(通称・『サダミン』)



本書の主人公、真子が大事にしているキーホルダーをプレゼントしてくれた女性。



真子が川崎市を飛び出して来てから長いこと音信不通だったが、思いもしないきっかけで、真子と再会することになる。

不動みどり



本書の主人公、真子が小学校3年生の時、屈辱的体験をするきっかけを作ってしまう。



そして、真子が22歳の時、再会。つきまとい行為を続ける男から真子を助ける。



旧姓は、葦田。警視庁阿佐ヶ谷中央警察署生活安全課・巡査部長。

都和(とわ)



明慈大学理工学部で学んでいた女性。DVによる妊娠、恋人の自殺、大学中退……と、真子のように転落人生を歩みかけるが、寸前を真子に助けられる。

愛川のり子



〔あいのん〕の愛称で、幅広い世代から人気。



映画、テレビ、雑誌、海外でのドラマ出演など活躍の場を広げる国民的大女優である一方、息子の『いじめ報道』に心を痛め、また後悔する母親。



本名は、哀川憲子。

()(おり)



結婚した真子の義姉となる女性。



真子との初対面時は、性格上、真子を嫌っていたが、



後には、真子と大の仲良し、何でも言い合える仲になる。



名家の出身。



 

石出(いしで) 生男(いくお)



本書の主人公、真子を裏切った人物。



真子が小学時代の同級生二人と再会し、和解した夜に自殺。



第二巻では、彼の娘の名前が明かされる。

新名 志与


旧姓、長谷島。

第一章では、主人公に、『しーちゃん』と呼ばれている。

夜の世界で働いていた真子にとって、唯一の親友と

呼べる存在、姉的存在だった…。


ある出来事をきっかけに、真子と再会する(第二章)


小羽


 真子の中学生時代(奈良校)の同級生だったが…。


第二章で登場する時には、医療従事者になっている。

居村


 義時と真子が結婚式を挙げるホテルの担当者。

ブライダル事業部所属、入社3年目の若手。

 

真子曰く、未婚、彼氏募集中。

不動刑事


主人公の親友である不動みどりの夫。


石出生男の自殺現場に出動した刑事課員の1人。



最愛の妻、同じ署に勤務する警官のみどりが、

自分に隠れ、長年自宅に『クスリ』を保管、しかも、

所持だけではなく、使用していた事実を知った

彼は……。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み