第六章 ⑦
文字数 3,826文字
私はベッドの上で、
過去を思い出しました。
私は、貯金するのが大好きな、
子どもでした。
お菓子や人気の漫画を買うのも我慢して、
とにかくお金を貯金箱に入れていく、
そんな娘でした。
まだ私は、純粋な少女。
体も心も純潔で、綺麗でした。
ずっと後に、悪いクソに襲われて、
大変な目に遭うなんて思いもしていなかった
頃のことです。
いっぱいになった貯金箱を
「いくら位、貯まったかな?」
とワクワクしながら、壊した日のことを、
思い出しました。
今でも、憶えています。
小銭ばっかりでしたが、
100円玉は、30個位入っていて、
3000円以上ありました!
当時の私にとって、大金です。
そのお金を持って、買い物に行ったのです、
母と。
そんな子どもでした。
小さな買い物をちょくちょくするのでなく、
高いものを一気に買う、そのためには、
ずっと我慢すると言う。
私は、ベッドに横たわりながら思いました。
悪魔の娘なんだから、100円玉30個で、
変質者に売り渡しても良いなと。
それ位の価値しかない、命だと!
本当に酷い考えが、私を支配していました。
でも、私はそれを当然のことだと、
決め込んでいました。
悪いのは、ただ悪魔とクズ平戸と、
この悪魔の子なのです!
極悪人の娘をやっと出し切った夜、私は、
眠りにつきました。
心安らかに、ぐっすりと寝れるんだと、
思いました。
でも、翌朝、「赤ちゃんの名前は?」と、
看護師さんに訊かれたのです。
正直、復讐することしか考えてこなかった
のですから、名前なんて全く考えていません。
名前のことなんか、一切考えにも
上らなかったと言うべきでしょう。
言葉に詰まりました。
返答が出来ないのです。
そこで、私は、チラッとその看護師さんの
名札を見ました。一瞬ですけどね。
そして、私は、看護師さんの名前と、
同じ名前を口から出したのです。
「まこ……。純真の真と書いて、
真子ちゃんです」と。
私にとって、傍らで、スヤスヤ寝ている
『女の子』は、ただ悪魔の娘であり、
私の子では、絶対にありません!!!!
その若い看護師さんは、
「あらっ!私と同じ?
真子ちゃん。同じ名前なのよ、あなたと私。
よろしくね」と、悪魔の娘に
ささやくように、言っていました。
でも、私ははっきり言って、
そんな優しい言葉を呪われた女に、
かけることは到底出来ませんでした!!
だって、見たくもありませんでした、
犯罪者の娘が、スヤスヤ寝ているのも。
ただ、サッと冷ややかな目で、
純粋に喜んでいる看護師さんと悪魔の娘を、
見たんです。
そんな私に、看護師さんと一緒に
入って来ていた年輩の主治医さんが、
「何で真子ちゃんと言う、
お名前なのかな?」と訊いてきました。
やはり、何かを感じたのでしょうね。
長年の勘、人生経験で。
今でも憶えています。
私は平気にスッとウソを言っていました。
「ずっと、女の子なら真子という名前に
しようって考えていたんです」と。
そう言うと、主治医の先生は、私のことを
ジーと見て、何か言おうとしましたが、
結局何も言わずに、会釈して、
部屋を出て行ってくれました。
若い看護師・真子さんは、
「かわいいわねぇ。同じ名前に、
なったってこともあるかもしれないけど、
この病院で生まれてきた、
どの赤ちゃんよりもかわいいわ!」とか
言いながら、呪われた女・真子を、
うっとりと見ていました。
私は思っていました。
「そんなことないでしょ!!
あの口元なんて、あの悪魔と、
そっくりじゃない!!
この人に、『この子は、強姦犯の娘ですよ。
私、実は、強姦されて、このクズを、
産んだんです』って言ったら、
どうなるのかなぁ」と。
そんなことで、悪魔の娘の名前は、
決まったのですが、
私は、亡き母のことを思い出していました。
飲酒運転の馬鹿野郎によって、
一瞬で命を奪われてしまった母のことです。
寂しくて、母が生きていたらなぁと、
考えていたのです。
何か、自分だけ本当に一人で惨めな
感じがしました。
周りの同年代の女たちは、
まさに幸せそのもので、また、家族が、
いっぱい来ていましたから。
復讐のためだけに、悪魔の娘を産んだ
とは言え、誰も理解してくれる人が
いないのは淋しいことでした。
とは言っても、雪子伯母さんは
「どこの病院なの?入院したら教えてよ。
そっち行って、いろいろ手伝うから」と
何度も出産前から言ってくれていたのに、
私の方が病院名も出産予定日も、
ちゃんと伝えなかったのですよね。
雪子伯母さん、今さらですが、
ごめんなさい。
私は、犯されて妊娠してしまっている姿を
雪子伯母さんに見られたくなかったのです。
そして、それよりも、雪子伯母さんに
会って、雪子伯母さんの優しさに
触れてしまうならば、自分のうちの正しい
復讐心がどっかに飛んで行ってしまい、
悪魔共に復讐するのを自分が、
やめてしまうのではないかと、
真剣に考えていたのです。
それだけは避けたかった!!
どうしても、私は、呪われた者達に、
裁きの手を下したかった!!
だから、雪子伯母さんには、こっちに、
来てほしくなかったのです。
雪子伯母さん、ごめんなさい。
そして、ありがとうございました。
そんな伯母さん不孝な私なのに、
いろいろと出産に必要なものやお金を、
送ってくれました。
今なら、素直に言えます。
嬉しかったです。雪子伯母さんの心が。
雪子伯母さん、昔話ですが私は、当時、
二人部屋でした。
同室の人のことは、今でも憶えています。
実は、私は、出産のかなり前に、
管理入院することになったのでした。
それで、私が入院してから、二日して、
同年代の女性が私と同じ部屋に、
入院することになりました。
彼女も管理入院のようでした。
「個室が良かったね。でも、今は、
個室の空きがないみたいなんだ」と、
旦那さんが言っているのが、
こっちにも聞こえました。
復讐計画で頭がいっぱいの私は、
「幸せな夫婦ね。良かったわね、
あなたの、お腹の中の子は、ちゃんと、
その旦那さんの子どもでしょ。
あぁ、私とは全く別次元の女ね」と、
思っていました。
何か、嫌な気分でした。
それが、彼女が、同じ部屋に、
入院して来た日に抱いた、
彼女への最初の感情でした。
彼女は、私と同い年でした。
後で、いろいろ話してきて、
分かったことですが。
旦那さんは、商社のビジネスマン、
本当に忙しそうでした。
結婚していて、旦那さんもいるのに、
彼女も、ほとんど一人ぼっちでした。
私もずっと一人、誰も訪ねてこない。
彼女も、同じく、ずっと一人で、
誰も訪ねてこない。
旦那さんは、週に一度来れるか
来れないかでした。
だから、私は彼女に同情と言うか、
何か好意、優越感を感じたのです。
ほんのちょっとでしたが、
私と彼女は仲良くなりました。
彼女が、ある日私に言ってきました。
「私ね、心配なの。旦那は仕事人間で、
しかも転勤族なの。だから、高知、福岡、
北海道、そして今は、神奈川でしょ。
それで、両親から離れたこの病院で、
一人で産むことになったの。
今でも、全然会いに来てくれない、
あの人が、今後、ちゃんと子育てに、
理解してくれるか不安。
あの人、仕事ばっかりだから」と。
でも、私は口には出しませんでしたが、
「そうは言っても、旦那さんがいるし、
そもそも愛し合って結婚したんでしょ。
旦那さんがお金も稼いでくれて、
あなたの愛情も受けれて、あなたの子は、
本当に幸せよ。あなた達には、
バラ色の将来があるわ。
こっちには、ないけれどね」と、
思っていました。
結局、彼女が入って来た日には、私は、
彼女に対する悪い感情を持ってしまった
のですが、徐々に徐々に私たちは、
似た者同士、つまり、誰も訪ねて来ない
女同士、惹かれあって行ったのです。
私が復讐計画で頭がいっぱいでなかったら、
多分、最高の友になって
いたのかもしれません。
彼女は、ちゃんと自分から、
あいさつしてくれて、自分から、
いつも優しく声をかけてくれて、
何より笑顔が同性の私から見ても
素敵だったのです。
言ってました。
彼女のお母さんが、私たちが、入院した
レディースクリニックと同じ系列の
総合病院の産婦人科で助産師をしていて、
そのお母さんの紹介で、彼女は、
私と同じレディースクリニックに、
入院したそうです。
そして、彼女と私は、偶然にも同じ日に、
同じく、赤ちゃんを出産しました。
彼女の方が、一足早く夕方に。
彼女は、もう次の日から新米ママを
していました。愛おしそうに、娘さんを
抱いていましたし、カメラで、
写真をいっぱい撮っていました。
そんな彼女と対照的に、私は、
真子という名の悪魔の赤ちゃんを、
絶対に抱けませんでした、自分からは!
また、写真を撮るなんて、
その必要性そのものを全く感じません。
憎き女ですからね……。
看護師さんに促されて、抱っこしないと
いけない場面が多々ありましたが、
正直本当に苦痛でした。
あの彼女も看護師さんも、そんな私の
ことを変に思っていたでしょうけど、
そんな私にかまう余裕もないほど、
彼女は自分達夫婦の赤ちゃんを
心底かわいがって、赤ちゃん一色に、
なっていきます。
看護師さん達も日夜生れて来る
新しい命のために走り回っていて、
本当に忙しそうでした。
だから、私のことだけに構って
いられなかったのですね。
それが、私にとっては、助けでした。
とにかく、私は、あのクソの娘が、
心底憎かったのです。
悪魔の娘と言うことは、悪魔と同じです。
だから、抱きたくなかった。
おっぱいをあげたくなかった!!
その顔を見ると、
「あの鬼畜野郎にそっくりだわ。
嫌な顔!」と思うだけです。
可愛いとは、まったく思いませんでした!
(著作権は、篠原元にあります)