第十章 阿佐ヶ谷中央警察署で・・・ ~再交錯する宿命~ ①
文字数 3,705文字
真子は、入ってすぐのところにいた
制服警官に声をかけた。
「あの……、ストーカーの件で、
相談したいんですけど……」。
真剣な真子。だが、警官の答えは、
素っ気ないものだった……。
「う~ん……。もう19時過ぎですねぇ。
とっくに、退庁時間だから、急じゃ
なければ、明日か後日に……」
真子は、「馬鹿警官めがッ!
ここも、頼りにならない。お役所ね、所詮」
と、落胆した。
『市民の味方の警察官』なんて、絵本の世界
だけのウソっぱちだな……、と真子は、
目の前の若いアホな警官を見て、思った。
それに、真子は、感じた。
その警官の、ジトッとした『男』の視線が、
心底、嫌だった。
イヤらしいと言うか、「風俗嬢か?」と
値踏みされているような、とにかく、
あからさまに、「ケッ、商売女か」と、
その目は言っている。
だけど、すぐそばのカウンターの中にいた
年嵩の警官が、その男性警官に声をかけた。
「あれっ?被害の相談かい?
今日、生安課の人、まだ残ってるみたい
だよ」
そして、真子の方を見て、言ってくれた。
「すみませんね。ちょっと、待って
ください。
今、担当の課に連絡入れてみますから」
そう言って、電話機に手を伸ばして
くれた。
偉くはなさそうだけど、真面目そうで、
職務に熱心だと一目で分かる、その
定年間際ぽい警官が、天使のように、
見えた、真子には……。
「この税金泥棒野郎とは、雲泥の差ね。
こんなフィリピン野郎は、警察を名乗る
価値もないわッ!!」。
真子は、例の警官を目の端で睨みながら、
そう思った。
そのすぐ横で、年嵩警官が話している。
「お疲れ様です。
あっ、当直班の三長です。
……はい、そう、防犯係の三長です。
実はですね、今、1階に、ストーカーの
被害を訴える女性が来ているんですが……」
それから、しばらく、内線電話での
やり取りが続いた。
真子は、じれったかった。
早く、担当の課の刑事に相談したい……。
そして、やっと、警官が電話を終え、
真子の方を振り返って、言ってくれた。
「では、一つ上の2階にある、
生活安全課に行ってもらえますか?」
真子は、すぐに一礼して、大急ぎで玄関横
の階段に向かった。
2階の廊下は1階と違って、暗かった。
でも、『生活安全課』の扉は少し開かれ
ていて、中から明かりが漏れていた。
真子は、その扉の前で、一度、
立ち止まった……。
そして、思い切って、中に入った。
『生活安全課』の部屋は、ガランと
していた。
ほとんどの刑事、もう帰ったんだ……、
真子はそう思った。
その真子のところに、頭がツルッとした
大柄な男性が、近寄って来た。
「あっ、あんた?ストーカー相談で
良いんだよね?」と言いながら。
真子は、印象最悪な野郎に頷いた。
すると、ハゲ刑事は、「じゃ、ここらに、
適当に座っといてぇ。
あ~、すぐ、担当者が来るから」と言う。
真子は、心底嬉しかった。
「担当、この態度でかデカじゃないんだ。
良かったぁ!」と。
何か、目の前の刑事には、嫌なオーラを感じ
ていたから。
真子は、安心しながら、椅子に腰かけよう
とした。
すると、例の刑事が、耳が鳴る大声で、
部屋の奥に向かって叫んだ!!
「オィ!!
不動産ッ!!
どこダー!?
連絡あった女性、着いたぞッ!
早よ、セィ!!」。
真子は、その大きな声、『濁声』に、
耳をふさぎたかった、内心…。
それに、「不動産」と叫んだ、こいつ!
真子は、この『男』が、同僚だか部下を
バカにしているのだと、思った。
刑事だろうが、心底、嫌な感じがした。
同僚であれ、部下であれ、一般市民の
前で「不動産」呼ばわりなんてない
だろうと、真子は思った。
そうだ…、所詮、警察官であろうが、
刑事だろうが、こいつらは『男』、さっき
1階にいた不親切極まりないクソ警官も、
このハゲも、敵なんだと、真子は気づいた。
敵に相談しても、意味はない……。
「ここにいても無駄だな。帰ろう」と
真子は、部屋を出ようとした。
だけど、その時…。
真子の耳に、女性の声が、飛び込んできた。
その声は、大きな声で、
「係長。すぐに行きます!」と言った。
若い女性の声だった……。
真子は、部屋の奥に目をやった。
見るからに、やり手のような女性が、
こっちに向かってくる。
年は、自分と同じ位に見える。
背が高く、上下ともに黒。
女性刑事は、誠実な表情で、真子に、
「お待たせしました。ストーカー被害の件
ですね……」と言いながら、真子に席を
促し、正面に座った。
真子は、目の前の女性刑事を見つめた。
何か、親しみを感じる。
同性で、しかも、同年齢位だからか……。
「この人なら、ちゃんと話をじっくり
聞いて、助けてくれる」そう思えた。
そんなことを考える真子の前で、彼女は、
色々と書類を手早く、テキパキ用意する。
そして、顔を上げて、言った。
「私は、生活安全課の不動と申します。
よろしくお願いします。
もし、よろしければ、最初にお名前を
伺ってもよろしいでしょうか?」
真子は、「柳沼です……」と答えた。
そして、真子は気づいた。
「この人、不動って言うんだ。
だから、『不動産』って呼ばれちゃって
るのね」
そう、「不動さん」ではなく、
「不動産」だった、さっきのハゲ野郎の
呼び方、発音は……。
真子は、不動刑事に、平戸のこと、そして、
店のことをつぶさに話した。
不動刑事は、真剣に聞いてくれたし、
時には、鋭い、的確な質問を投げかけて
きた。
その度に、真子は、ドキッとしたが、自分の
非は認めざるをえなかった。
でも、嫌な気はしなかった。
「この人、事務的じゃない。本当に、
私のこと助けようとしてくれてる」と分る。
真子と不動刑事が話している最中に、
係長-薄毛の-と不動刑事の同僚達が、
「不動産、あとはよろしくな-」と言い
ながら、生安課の部屋を出て行った…。
不動刑事は、その度に、立ち上がって、
「お疲れさまでした!」と彼らを見送る。
真子は気づいた。
目の前の刑事さん、ピンク色の靴を
履いてる。
「かわいい靴……。刑事のイメージには
合わないかもしれないけれど、これ、
お気に入りなんだろうなぁ」と内心考えた。
生安課には、不動刑事と真子だけだ。
ガランとした、ただ広い部屋…。
目の前にいるのは、ピンク色の靴を履く、
若い女性刑事だけ。
でも、真子は、本当に、心強かった。
1階にいた警官やハゲ頭や他の頼りない
奴らよりも、目の前の不動刑事が、
『本当の警官』に見えたから。
不動刑事は、係長や他の刑事が帰宅すると、
それまで以上に、真子に対して、
色々な、際どい質問をも投げかけてきた。
そして、真子に大事なアドバイスを
してくれた。
真子も不動刑事の他は誰もいないので、
ありのままを率直に話せた。
仕事のこと、平戸との関係性を、
正直に…。
結局、不動刑事と真子は、まだ被害届は
出さないと言う結論に達した。
その方が良いと、二人で結論付けたのだ。
真子は嬉しかった。
「私の身になって、じっくり考えてくれてる。
この人の言う通りにしてみよう」と思った。
そんな真子に、不動刑事が、メモを渡して
くれた。
そのメモには、「阿佐ヶ谷中央署・不動」と
書かれていて、さらに、携帯電話の番号も
書かれていた。
「これ私の携帯電話の番号です。
何かあったら、夜でも、いつでも、
連絡してください!」と言ってくれた。
心強い!!
真子は、ふと、時計を見た。
もう夜の9時近い。
生安課の外の廊下は、シーンと
静まり返っていた。
こんな時間まで、初対面の私の相談に
のってくれて、親身になって考えてくれる
不動刑事さん……。
「この人が、今日いて、話を聞いてくれて、
本当に良かった」と思う。
不動刑事は、真子をエレベーターの前まで
見送ってくれた。
「もう、こんな時間ですね。
帰り道、気をつけてくださいね。
出来る限り、明るくて人通りの多い道路を
通ってくださいね」とアドバイスを
してくれた。
その時、真子はハッと気づいた。
不動刑事さんの指の指輪……。
「結婚してんだ、もう」と、真子は驚いた。
そして、正直、羨ましかった。
同年代で、安定した公務員。
結婚もしていて、警察署での市民の安全を
守る胸を張れる職……。
それで、自分の方は、水商売ドップリ女で、
結婚なんて考えられない生き様、それに、
仕事も辞めたばっかりで無職……。
「えらい差ね……。この人のように
生きたかったなぁ」と、ひそかに思った。
エレベーターが開き、廊下が明るくなる。
不動刑事は、笑顔で言った。
「柳沼さん。本当に、何か変な事あったり、
不審なことあったら、いつでも、本当に
夜でも良いので、さっきのメモの番号に、
電話してくださいね!
何をしてても最優先で柳沼さんの所に
飛んでいきますから!」
真子は嬉しかった。
不動刑事の言葉が、心の底に響く!!
この人、本気だ……、真子は、そう悟った。
不動刑事と真子の目が、合う。
優しい目……。
「この刑事さんなら、私を守ってくれるし、
あいつをちゃんと捕まえてくれる」と思う。
真子は、強力な味方が出来たので、
勇気が溢れてきた。
「このあと仮に、平戸に会ったとしても、
一喝してやるわッ!
『今まで、刑事に、あんたのことで話して
来たから、あんたも覚悟しときなさい!』
って怒鳴ってやる!」
……夜の東京の街。
まだまだ、騒がしい……。
真子は、警察署を背に、家路についた……。
(著作権は、篠原元にあります)