第九章 ⑫

文字数 3,767文字

一通りの『結論』を出し終えた私は、
頭が締め付けられるような痛みを感じ
ながら、また、吐き気も残ったままで
したが、吐けそうにないので、
とりあえずトイレを出ました……。




私は、長谷島志与の話を、もう聞きたく
ありませんでした。
これ以上、あの事件のことを、話して
もらいたくなかったのです。
だから、私は、つとめて明るく、
言いました。
「しーちゃん。
ごめん。もう疲れちゃってさ、眠くて
眠くてしょうがないの。
だから、話の続きは明日で良い?」と。
でも、長谷島志与は、何の返事も、
してくれませんでした…。



私は、ドキッとしました。
でも、すぐに、長谷島志与の寝息が、
聞こえてきました。


ホッとしながら、私もベッドに、
横になりました。
その前に、部屋の電気を全部消して……。



その夜、私はベッドの中で、
色々と思いめぐらしました。
それまで、私の燃える怒りは、生男や義時、
そして、父や平戸と言うクズの頭の
『男』に向けられていました。
そして、敵として認識していたのは、
全ての『男』でした。
女-同性-に対する敵対心なんて、
全くなかったですし、クズ野郎共の父、
平戸、義時、生男のように、
憎むべき女性はいませんでした。


でも、あの瞬間から、ずっと大親友
だったと信じていただけに、あの、
葦田みどりのことが憎く憎く、忌まわ
しく感じ出しました。
そう、彼女に対する怒りが燃えました。

その夜、私は、なかなか眠りにつくこと
が出来ませんでした。
私は、隣のベッドで寝る、長谷島志与の
ことも改めて考え直してみました。


良い人間です。
優しくて、本当の日本人で、嘘偽りが
ない人です。
ずっと友達でいたい、そんな人間です。
嫌われたくない、人間です。

だからこそ、長谷島志与のことが怖く
なりました。
長谷島志与と一緒にいるのが、
相当危険なように感じ出しました。
私は、長谷島志与とこれまで通りの
関係でいることは、もう出来ないと
思いました。


なぜって、いつ、どんなタイミングで、
どんなことがキッカケで、長谷島志与が、
この私こそ「あの女の子」だと気づく
か分かりませんから!
そして、もし気づかれたら、
知られたら、どうなるでしょう…?


私は、何度か自分に言ってみました。
「大丈夫よ。『辛かったね。
大変だったねぇ』って言ってくれる
かな?」と。
そして、「気づいても、気づかない
フリをしてそれまで通りに、接して
くれるかな?」とも。

そして、それらを否定するような声
だけが私に聞こえてきます。
「いやいや。さすがの長谷島志与でも、
引くだろう。って言うより、
そのことを客や知人に言いふらすん
じゃないか?」とか、
「もし、後で気づいたとしたらどう?
『何で、あの北海道のホテルで、
本当のこと言ってくれなかったの?』
ってお前に言ってくるんじゃない?」。
確かにそうだと、思いました。
私は、その声-疑いの声-を採りま
した。


さすがの、長谷島志与でも、人間で
あることに違いありませんから、
同じ店の女の子が、昔自分が目撃した
事件の張本人だと知ったら、話しの
ネタとして使い出すのでは……、
と言う恐れ、疑いが勝ったのです。

……後日、長谷島志与が何かの拍子で、
気づいた際、私に、「何で、あの夜に、
ちゃんと打ち明けてくれなかったの!?
がっかりだよ!親友じゃなかったの?」
と言ってくるかもしれない……、
そんな可能性も浮かびます。




私は怖くなりました。
恐ろしくなりました。
私のことを妹のように考えてくれ、
「マコッちと、会えて、本当に
良かった」と言ってくれている
長谷島志与が、私こそ「あの女の子」
だといつか気づいて、そして、私に
背を向けるようになるのではと……。





私は決めました。
ベッドの上で仰向けになりながら……。
「そんなことになる前に、
長谷島志与の前から消えよう」と。




もし、私が消えた後なら、
いつ長谷島志与が気づいても、もう
大丈夫です。
私は、皆の面前でバカにされることも、
一対一で怒りをブチまけられることも
ありません。

一番最悪なのは、あるタイミング、
あるキッカケで、長谷島志与が、
私のことに気づいて、お店の中で、私を
捕まえて、「ねぇ、千葉のいすみ市で、
育ったんじゃないの?」と言ってくる、
そう言うことでした。
そして、「私が、前に北海道で話した、
小学校でおもらしをしたあの女の子って、
もしかして、あなたじゃない!?」と
問い詰められる…。
それから、周りの子たちに、
「ねぇ、聞いてよ!この子ってさ、小学の
頃さ……」と触れ回られるようになる
ことです!


今思えば、そんなことを、あの彼女が
する可能性は0%以下なのですが、
あの夜の私は恐れに憑りつかれていて、
冷静に考えれなくなっていたのです。
それに、今思えば、あの夜か、もしくは
次の日の朝にでも、彼女に、
カミングアウトすれば良かったのです。
「しーちゃん。あのね、実は……」と。
そうしたらば、彼女のことですから、
思いっきり私の両手を握りしめて、
彼女自身も泣きながら、「マコッち!
辛かったね。大変だったねぇ。
もう大丈夫だよ。私が味方だから!!!」
と言ってくれていたことでしょう。
うん、私を、ガッシリと抱きしめてくれた
はずです!!
そうなってたら、私の人生も、かなり
変わっていたことだと思います。
でも、私は、カミングアウトなんて、
あの時、全く考えられませんでした。
恐れは考え方も鈍らせ、相手を疑わせ、
自分を破滅へと導くものですね。


ベッドの上で、「あっちに戻ったら、
すぐにお店を辞めよう。
この人の前から消えよう」と決めて、
私は目を閉じました。



北海道4日目の朝です。
長谷島志与は、いつも通りでした。
明るくて、さわやかな笑顔。
「あぁ、気持ち良い!良く寝たなぁ。
マコッちも、グッスリ寝れた?」と
訊いてくれました。
私も、つとめて普段通りに、
「うん。よく寝れたよ」と答えました。
正直言えば、ほとんど寝れませんでした、
色々と考えていて……。





その日は、最後まで、『普段通り』を
意識して、長谷島志与と行動しました。
おそらく、彼女も変には思わなかった
はずです。
私だって、夜の世界でドップリ生きて
いたのですから……。
しかも、彼女がマンツーマンで、人との
接し方、『騙し方』を教え込んでくれた
のです、入店当初に。
だから、感情を殺すことも、楽しいフリを
することも難しいことでは、ありません
でした。
でも、「今日で最後かぁ。こんな楽しい、
日も……」と思うと、寂しさが、ドンッと
来たのは事実です。


そして、その日の夜、私と彼女は、
浜松北町駅で別れました。
彼女は、浜松北町駅から秋葉原の方向に。
私は、浜松北町から新荻窪に。


「じゃ、マコッち、また明日ね!」と、
笑顔で言い、クルッと背を向け、
私とは別のホームへ向かう彼女の後姿……。
「これで、最後!
でも、本当は、ずっと一緒に、
いたかったな」と思いながら、私は、
長谷島志与を見送りました。



東京に戻った次の日の夕方。
私は、店長に電話を入れました。
店長が待つように言うので少し待つと、
オーナーの声が聞こえました。
私は、店長に伝えたのと同じことを
オーナーにも言いました。
「お店を辞めさせてください」



オーナーも店長も、そんなには私を
止めませんでした。
でも、最後にオーナーが慌てたように、
言いました。
「おい。まさか、あいつも、一緒に
辞めるとか言い出すことはないな?
お前ら二人でってことは……」と。
つまり、オーナーは、私と一緒に、
長谷島志与が、お店を辞めると言い出す
のでは……、と心配になったのですね。
何しろ、№1の人気嬢です。
私に辞められるのは、そんな問題では
なかったでしょうけれど、彼女が、
辞めるとなると大事です。
売り上げに、かなり響きますから。


私は、言いました。
「大丈夫だと思います。私が、辞める
ことすら彼女はまだ知らないはずです。
私の都合で、私が辞めるだけですから」。


オーナーはホッとした声で、「分かった。
お前もこれからも頑張れや。
とりあえず、今月分のは、ちゃんと、
振り込んでおくから……」と言い、電話を
切りました。



「終わったな……」と思いました。
これで、もう、長谷島志与と、
会うことはないのです。



オーナーに、辞めると、伝えた次の日の朝、
つまり、私がお店に行かなかった翌日の朝
ですね。
私が、起きると、長谷島志与からの
不在着信が何件も残っていました。
メールも4通届いていました。
「急に辞めるって、どう言うことなの!?」
とか
「何か、私が嫌なことしちゃった?」と
言う内容です。
私が、突然お店を辞めると連絡したことを
オーナーか店長から聞いて、ビックリして
電話をかけてきたのに違いありません。
そして、いくら電話しても私が出ないので、
メールを送ってきたのでしょう。
でも、私は掛け直しませんでした。
メールに返信もしませんでした。

それから何日間も続いて、長谷島志与から
電話がありました。
メールもたくさん届きました。
携帯電話の画面に【しーちゃん】と出ると、
通話開始のボタンを押したくて、
しょうがありませんでした!
それに、メールだって、じっくりと、
読みましたよ!
本心は、話したかった、長谷島志与と!!
すぐにでも、返信したかった、メールに。
でも、私は、自分を、必死に抑えました。


私と長谷島志与は、このまま、
永久に会わない方が良いんだ……。
「彼女の前から消える」と決めたのだから、
ちゃんとその決心を貫きなさい、
そう、自分に言い聞かせました…。


(著作権は、篠原元にあります)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介


奥中(おくなか) 真子(まこ)のちに(養子縁組により)(やぎ)(ぬま) 真子のちに(結婚により)栄真子




 本書の主人公。小学校3年生のあの日 、学校のクラスメートや上級生、下級生の見ている前で、屈辱的な体験をしてしまう。その後不登校に。その記憶に苛まれながら過ごすことになる。青春時代は、母の想像を絶する黒歴史、苦悩を引継いでしまうことなる、悲しみ多き女性である。





(あし)() みどり



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメートであり、大親友。



しかし、小学校3年生のあの日 、学校の廊下を走る真子の足止めをし、真子が屈辱的な体験を味わうきっかけをつくってしまう。



その後、真子との関係は断絶する。










(よし)(とき)



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメート。葦田みどりの幼馴染。



小学校3年生のあの日 、学校の廊下で真子に屈辱的な体験をさせる張本人。











奥中(おくなか) 峯子(みねこ)



本書の主人公、真子の母。スーパーや郵便局で働きながら、女手ひとつで真子を育てる。誰にも言えない悲しみと痛みの歴史がある。








雪子(ゆきこ)



本書の主人公、真子の大伯母であり、真子の母奥中峯子の伯母。


愛媛県松山市在住。







銀髪で左目に眼帯をした男



本書の主人公、真子が学校の廊下で屈辱的な体験をするあの日 、真子たちの



住む町で交通事故死した身元不明の謎の男性。



所持品は腕時計、小銭、数枚の写真。










定美(さだみ)(通称『サダミン』)



本書の主人公、真子が初めて就職したスーパーの先輩。



優しく、世話好き。



だが、真子は「ウザ」と言うあだ名をつける。









不動刑事



本書の主人公、真子が身の危険を感じ、警察署に駆け込んだ際に、対応してくれた女刑事。



正義感に溢れ、真面目で、これと決めたら周囲を気にせず駆け抜けるタイプである。



あだ名は、『不動産』。警視庁阿佐ヶ谷中央警察署生活安全課巡査部長。
















平戸



本書の主人公、真子につきまとう男。



また、真子の母の人生にも大きく関わっていた。






愛川のり子



子役モデル出身の国民的大女優。



〔あいのん〕の愛称で、幅広い世代から人気。



映画、テレビ、雑誌などで大活躍中。







石出(いしで) 生男(いくお)



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメートであり、幼馴染。小学校3年生のあの日 、真子を裏切る。




(やぎ)(ぬま) 真子のちに(結婚により)(さかえ) 真子



 本書の主人公。旧姓は、奥中。



小学校3年生の時、学校中の見ている前で屈辱的体験をし、不登校に。



その後は、まさに人生は転落、夜の世界へと流れていく。



だが、22歳の時小学時代の同級生二人と再会し、和解。回復への一歩を歩みだす。

(さかえ)(よし)(とき)



本書の主人公、真子が小学校3年生の時、屈辱的体験をさせた張本人。



そして、真子が22歳の時、男に追われているところを助けた人物でもある。



その後、真子の人生に大きく関わり、味方、何より人生の伴侶となる。

柳沼雪子



本書の主人公、真子の大伯母。養子縁組により、真子の母となる。



夫は眼科医であったが、すでに他界。愛媛県松山市で一人暮らしをする愛の女性である。

定美(さだみ)(通称・『サダミン』)



本書の主人公、真子が大事にしているキーホルダーをプレゼントしてくれた女性。



真子が川崎市を飛び出して来てから長いこと音信不通だったが、思いもしないきっかけで、真子と再会することになる。

不動みどり



本書の主人公、真子が小学校3年生の時、屈辱的体験をするきっかけを作ってしまう。



そして、真子が22歳の時、再会。つきまとい行為を続ける男から真子を助ける。



旧姓は、葦田。警視庁阿佐ヶ谷中央警察署生活安全課・巡査部長。

都和(とわ)



明慈大学理工学部で学んでいた女性。DVによる妊娠、恋人の自殺、大学中退……と、真子のように転落人生を歩みかけるが、寸前を真子に助けられる。

愛川のり子



〔あいのん〕の愛称で、幅広い世代から人気。



映画、テレビ、雑誌、海外でのドラマ出演など活躍の場を広げる国民的大女優である一方、息子の『いじめ報道』に心を痛め、また後悔する母親。



本名は、哀川憲子。

()(おり)



結婚した真子の義姉となる女性。



真子との初対面時は、性格上、真子を嫌っていたが、



後には、真子と大の仲良し、何でも言い合える仲になる。



名家の出身。



 

石出(いしで) 生男(いくお)



本書の主人公、真子を裏切った人物。



真子が小学時代の同級生二人と再会し、和解した夜に自殺。



第二巻では、彼の娘の名前が明かされる。

新名 志与


旧姓、長谷島。

第一章では、主人公に、『しーちゃん』と呼ばれている。

夜の世界で働いていた真子にとって、唯一の親友と

呼べる存在、姉的存在だった…。


ある出来事をきっかけに、真子と再会する(第二章)


小羽


 真子の中学生時代(奈良校)の同級生だったが…。


第二章で登場する時には、医療従事者になっている。

居村


 義時と真子が結婚式を挙げるホテルの担当者。

ブライダル事業部所属、入社3年目の若手。

 

真子曰く、未婚、彼氏募集中。

不動刑事


主人公の親友である不動みどりの夫。


石出生男の自殺現場に出動した刑事課員の1人。



最愛の妻、同じ署に勤務する警官のみどりが、

自分に隠れ、長年自宅に『クスリ』を保管、しかも、

所持だけではなく、使用していた事実を知った

彼は……。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み