第十二章 ②
文字数 3,578文字
そして、怖くなったんだ!
自分が、行ったら、あの奥中真子に、
拒絶されるのではないか、と。
そうだ、そうに違いない!
それほどのことを、アイツにも、
してしまったしな……。
小学の頃、裏切ったのは自分だ。
だから、無視されても、当然だ。
そしたら、赤っ恥モンだ。
ノコノコ出て行って……。
なら、行かないに、限る。
そんな惨めな状況に陥るのは、絶対、
ゴメンだからな……。
自分は、大きく息を吐いて、3人の方に
ではなく、アパートの方に足を
踏み出した。
もう絶対振り向かないと、決心して…。
商店街を抜け、暗く寒い夜空の下を
一人歩いた。
「孤独だな……」と呟く。
自分は、ずっと孤独だった。
結局、アイツらのようにはなれ
なかったか……、虚しいな。
モヤモヤする。
この気持ちは、酒とタバコだけじゃ
発散不可能だ!
女を抱いて、全部、忘れるに限る。
金を出してでも、良い。
随分と長い間、商売女は避けていたが…。
今日は、それでも、構わない!
自由にできる相手がいないし、
かと言って、そこらを歩く女を搔っ攫う
わけにもいかない……。
「あぁ。自分は、かなり、精神的にも
肉体的にも追い込まれてるな」と実感
する…。
だが、歯止めがかからない。
ドロドロとした汚らしいモノが、
体内を蠢くのが、分かる。
ボロアパートに辿り着く。
とりあえず、タバコも酒も後にする
ことにして、電話だ。
前に2,3度だけ、どうしても衝動を
抑えきれずに、電話して、商売女を
呼び出した。
だが……、電話がつながらない…?
「……現在使われておりません」の
アナウンス。
チッ!!
クソっが!!
携帯を壁に投げつける。
壊れようが、もう、どうでも良い。
隣の部屋のジイさんが、怒鳴りこんで
こようが関係ない。
もう、やる気も失せるわ……。
何もかも馬鹿らしく感じ出す。
今日一日で何があった?
父が警察に捕まるのを目の前で見た。
十数年ぶりに見る父の姿が、それだ。
最悪としか言いようがない。
でもって、その後で、自分の目の前で、
小学時代の同級生3人が、再会を喜び
合ってるのを見せつけられた!
こちとら、アイツらの輪に入れない
身分だってのによ!!
公衆の見てる前で、あんなこと
ヤんじゃねえよ、しかも、刑事がッ!
通行の妨げだろうがッ!!
今、自分は、狭い部屋で、ただ一人、
天井を眺める。
電話が繋がらず、女を呼べない。
もう何もかもヤになる……。
すぐ横の、ベッドが、目がいく……。
「汚らわしい…」と、口から出ていた。
そうだ、コイツは、まさに、自分の
欲望の掃き溜め、だ。
コレの上で、いろんな女と一夜をともに
した。
時に、『彼女(と本人は思ってる女)』、
金で買う商売女、酒に酔って何が何だか
分からなくなってる女、一夜だけの関係
と分かり切った女、それから、アイツ。
底知れない絶望感が、渦巻く。
ただ単に…、自分は、女という女を
情欲の捌け口としか見ていなかった
のか…。
フン。
我ながら、最低な男、最低な人間だな。
特に、トワ……。
ずっと、自分を責め立てる女……。
ここに来て言うのも何だが、責められて
当然だな……。
「先輩、何したか分かってんですか、
私に!
先輩は、私を犯したんですよ!!
私、まだ、そんな関係は、望んで
なかったのに……」と泣きながら
言われた。
そう、それは、分かっていた。
分かっていて、自分は、体力差の
歴然としたトワに……。
そうだ。
このベッドに、トワを押し倒し、
馬乗りになり、力づくで……。
あの時は……。
もう理性が、ダメになっていた。
思いっきり、トワの服を裂き、
そして、身体を弄んでいた。
ハッと、我に返った時には、コトは
済んでいて、トワは泣いていた。
襲ってくる、後悔、不安、自己嫌悪。
「自分は……。何てことを……」
そう、あの日、初めて、女をレイプ
してしまった…。
どれ位経ってからだったか…。
キャンパス内を歩いてると、
能面のような表情をしたトワに呼び止め
られ、隅に連れていかれた。
「あの時ので……、妊娠したようです。
責任とってください」。
いきなり、告げられた。
冗談か……?
睨みながら、怒りをあらわにしている
トワの表情。
血の気が引いた。
普段は、そんなヘマなんてしない。
責任取るのも面倒だし、病気もらうのも
ゴメンだ。ちゃんと、気をつけている。
だが、あの夜は……。
もう、理性も何もなかった。
だから、そうだ。
ベッドに倒し、舐めまわし、泣き叫んでる
トワを殴り、そのまま押し込み、そして、
最後……中に出し……、つまり、
避妊しなかった、か。
だが、信じられないと言う、気持ちも。
たった、1度の、アレで…?!
つい、「まさか……。
あの時の1回でか?
他の奴とヤッた時のって、可能性は……」
と、呟いてしまった。
トワが、鬼のような剣幕で、まくし
立てる。
もう、遠慮も何もなくなっている。
もう、怒りを隠さない。
「バカにしています?
私、そんな女じゃないッ!!
先輩、私が、あの時……、初めて、
だったこと分かってましたよね!?
泣いて逃げる私を無理矢理、
アナタは!!
逃げないでくださいッ!
アナタが、今まで寝てきた、
そこらの尻軽女達と一緒に
しないでくださいッ!!」。
女の怒りに、体が震えたのは、
あの時が初めてだった。
絞め殺される……、と本気で思った。
それから、自分は、トワに責め続け
られている。
金での解決を望んでいない女だ。
結婚なんてまっぴらだが、ずっと、
結婚を迫ってくる。
渋っていると、ついには、
「強姦されたって、学部中に言いふらし
ますよ。あと、大学側にも」とまで
言われた。
今は、とにかく、時間を稼いでいる。
てか、それしか、ない。
結婚なんて……、まだ、学生の身だぞ、
自分もアイツも。
何とか、アイツを黙らせる方法を探り
つつ、ここまで、のらりくらりと、
やってこれた。
まさか、自分が、女に脅される立場に
なってしまうとは……。
トワをヤってしまってから、もうずっと、
女には触れてもいない……。
まさか、自分が、恐怖から、こんなにも
不自由な日々を歩むことになるとは…。
こんな人生、送りたくなかった!!
全部、アイツ……、生物学上の父の
せいだ!!
アイツさえ、まともだったら!
いや、母がアイツと出会わなければ!
だが、アイツは母と出会い、無責任にも
結婚し、子どもが生まれ、家庭を
養わないといけない身になってたのに、
自分たちを捨てた……!
しまいには、バカげたことして、
息子と同世代の女を追っかけて、
警察に捕まった……。
そして、その瞬間を、運命のイタズラ
なのか、それとも、今まで多くの女を
泣かせてきた天罰なのか、息子である
自分がは、目撃してしまった!!
見たくなかったわッ、あんなん!!
なんとなく、自分の行く末が、分かる。
『蛙の子は蛙』だ。
アイツも、どうせ、女を作って
出て行ったんだ。
で、何があったか知らないが、若い女の
尻を追い掛け回す、哀れな人生……。
思った。
血は争えないな……、と。
どっちとも、アイツ……父も、息子である
自分も、女を追い続ける、性欲の奴隷の
ような人間だ。
マトモじゃない。
鬼畜だ。
分かってる。
自分も女の尻を追っかけ回して来た。
それだけじゃない。
裏切って、裏切って、裏切って来た!
まさに、肉欲の奴隷状態だ!!
自分で、認識は出来ている。
もう、奴隷のまま、生き続けたくない。
って言うか、このまま生きていたら、
もっと多くの女を不幸にし、そのうち、
歯止が効かなくなり、夜道を歩く女を
襲うような『悪魔』になりかねない!
ゾンビになって仲間を襲うくらいなら、
その前に、人間である間に、
仲間の手で殺されたい……、
そんな映画があったか……。
そうだ、まだ、自分が自分であるうち
に、自分も…。
時計は、0時を廻った。
アイツが捕まったのは、昨日のことか。
愛欲の座だった、ベッドによりかかり、
自分は考えた。
そして、結論が出た。
「もう終わりにしよう。
これ以上、生きても、幸せはないし、
生きる必要も価値も自分にない。
そうだ。もっと悲惨な日が来てしまう
前に……」
死を選んだ。
未来に対する計画も希望も一切
ない。
ただ、恐れ、絶望。
そして、トワや他の女たちにしてきた
悪行の数々から滲み寄る、『罪責』。
自分には、あの父の血が流れている。
どうせ、同じような末路しか待ってない、
自分にも。
アイツが捕まったように、自分も、
このまま生きていたら、絶対に、警察の
世話になることになる。
だから、その前に、死んで、最後、
けじめをつける。
革のベルトを用意した……。
その前に、考えたことは考えた。
富士山にいこうか。
中央線の電車に飛び込もうか。
愛車―大型自動二輪―とともに、
どっかの冷たく暗い海中に、
突っ込もうか。
だが、結論は一つだった。
「このベッドの上で死のう」。
そうだ。
トワを辱め、多くの女に愛を囁いた、
このベッドの上こそ、性欲に満ちた
自分の最期にふさわしいと思う。
トワ。申し訳ない……。
自分も、アイツと同じで、お前と、
お前のお腹の中の子を捨てて、逝く、
ことになる……。
(著作権は、篠原元にあります)