第十七章 ⑫
文字数 2,000文字
ちなみに、まずは、新婚宅ではなくて、
雪子が今夜も泊るホテルへと向かって
いる。
後部座席に、雪子と並んで座りながら
真子は、しみじみと思った。
「松山の雪子おばさん家みたいに
大きい一軒家だったら、家に泊まって
もらって、一緒に寝れるのにな……」
また今度はいつ会えるか分からない
大伯母と、もっと一緒にいたかった……。
もう、明日には愛媛に帰ってしまう
のだから。
でも、とてもとても。
新居アパートでは…。
雪子に来てもらったら、誰かが、
冷たい床で…、となるし、何よりも、
客用の寝具も揃っていない。
諦めて。
そっと、手を伸ばして……。
今度は、真子の方から、雪子の手を
ギュッと握った。
雪子は、一瞬、驚いた感じだったけど、
優しく、握り返してくれた。
しばらくして。真子は、大事なことを
思い出して、ルームミラー越しに、
旦那にサインを送った。
隣の雪子にはバレないように…。
幸い、義時は、一瞬で、分かってくれた。
で、義時が話し出す。
つまりは、妻の大伯母に対する『提案』だ。
……そう。妻から、さっき、【会傘の庄】
で、頼まれた。
妻の大伯母が、土産物とかを見るのに
集中している時に…。
「私から言っても素直に聞いてくれない
から、お願いネ!」
義時は、快諾した。
「確かにそうだ」と思った。
見てても、ちょっと危なっかしい。
それに、式の前から、真子に聞かされて
いたし。
雪子の足腰が弱ってきていると
言うことを。
「ホテルでも危なかったしなぁ」と、
思い出して、妻に、約束した。
大丈夫……必ず説得するよ、と。
ハンドルを握りながら、義時は、
後部座席の雪子に、話す。
「あの……。足が、かなり痛そうに
見えるんですが……。
それで、ですね。あのぉ、羽田は…、
羽田空港は、かなり広い、ですよね?
それで、特に、羽田から松山に行く
飛行機に乗るまで、かなり、検査場から
歩かないといけないんです、羽田空港の
場合。
もしかしたら、飛行機に乗るのに、
バスを使って行かないといけないかも
しれない位なんです。
それくらい、ちょっと、松山行の飛行機に
乗るのは大変なんです、大阪行きや
北海道行きとは違って……。
それで、今回は、僕たちのために、
わざわざ愛媛から来て下さり、式に
出ていただいただけじゃなく、
そのあともうちの親父たちが色々と
お連れしたみたいで、お疲れだと
思うので……」
ここで一呼吸置いた、義時。
「ですので。明日は、空港の職員に
色々と手伝ってもらったり、車いすで
案内してもらえれば……と思ったんですが
どうでしょうか?
とにかく、羽田は大きいので。
その方が、絶対に、楽ですし、それに、
松山の空港に着いてからも、ご自宅まで
運転しないといけないですよね?」
……後部座席で雪子の隣に座りながら
真子は、結婚したばかりの旦那に、再度
惚れ直した―言い方はアレだけど―。
理路整然と、ウマく言うもんだなぁと
思う。
自分なら―まぁ、自分は血がつながって
いるからしょうがないけれど―、もっと、
おせっかい気味になってしまうだろうし、
それで、絶対、雪子も、「年寄り扱い
するな!」と反発してくるだろう。
でなくても、やはり自分が話せば、
どんなにうまく話したところで、
素直にはなってくれないはず……と、
考える真子の横で、雪子が、義時に
答える。
それはそれは、真子が驚くほど、
柔らかな声音で。
「本当に、義時さんは、お優しいです
ねぇ。ここまで考えていただいて、恐縮
ですわ。
でも、じゃぁ、やっぱり、義時さんの
ご意見通りにしてもらいましょうか
ねぇ?
でも……。申し訳ないですねぇ。
私1人のために、そんなにまでして
いただくのは。
空港の方にも、あと、義時さんにも」
「いえいえ。大丈夫ですよ。
こっちは、電話で連絡するだけですから。
でも、あとで、飛行機のチケットだけ
見せてください。
あと、それに、航空会社もちゃんと
お客さんへのサービスとして、やって
くれてることですから、安心して
ください」
嬉しそうにしている大伯母。
本当に親しそうに話す大伯母と旦那。
真子は、心の内で思った。
「立案者は、私なんだけどね……。
本当に、今日は、彼だけ…株上がってる
なぁ。
優しい…って何度もほめられてるし。
でも。
どうせ、航空会社に電話するの私に
なるのに……」
彼の性格上。妻になった自分には
分かる。
いつだか、みどりが、男は外面だけは
良いんだよ……と言っていたのを
思い出した。
だけど。
やっぱり、真子は、安心した。
ちゃんと―まぁ自分が話したわけでなく
旦那だけど―、受け入れてくれて、本当に
良かった。
たった1人で、空の長旅をさせられない
状況だから……。
航空会社の人が羽田でも松山でもフォロー
してくれるのなら、本当に、安心だ、
家族―娘―として……。
顔を右にちょっと動かして。
ルームミラー越しに、目だけで、
旦那にお礼する。
彼も、分かってくれた…。
そのまま、3人が乗る車は、郊外に建つ
ホテルへと走っていく……。
(著作権は、篠原元にあります)