第四章 ②

文字数 3,508文字

とにかく、義時は、以前と同じく
クラスの男子たちとふざけたり、
遊んだりできるようになっていった。
と言うより、以前より義時はみんなに
一目置かれるようになった。

「俺の父ちゃんは、警察署の
署長さんと仲がいいんだぜ!
だから、色々と、署長さんから
聞けるんだ!」と、自慢する義時が、
実際にみんなに知らせる情報は、
自分たちが知らないようなことだった、
全部。
大人も、先生たちも
知らないようなことを、
義時はよく話してくれた。
だから、義時は人気者になった。
今考えれば、おそらく、警察署で
義時の父親が聞いて来た話を、
家で奥さんに話していたのではないか。
それを、義時が盗み聞きして、
クラスメート達にカッコつけて
しゃべっていたのだ。
義時の立場は不動なものになった。
反対に、みどりは全く目立たない、
いるのかいないのか分からないような
存在になっていた。
義時は全く違った。
髪の毛も1か月ぐらいで、黒々と
元どおりになり、イジメられる
理由がないような存在になっていた。

そのような感じで、学校中が、
あの交通死亡事故と眼帯男のことで
持ちっきりだったから、
少しずつ少しずつ、マコのこと、
あの日 のことが、みんなの
記憶から消えていった。

そして、小3の夏休みを、
自分たちは迎えた。

夏休み明け、マコは学校に
こなかった。
クラスで、マコの名すら
上がらないような状況。
義時は何もなかったかのように
男子たちと笑っている。

翌年、自分は小4になった。
その年の夏、マコが遠く関西の方に
引っ越したとクラスメートから聞いた。

その頃、自分は思った。
たとえ自分が誰かを捨てたとしても、
自分が苦しむことはないのだ、と。
苦しむのは、捨てられた人間であり、
捨てた方は苦しむことがないんだ、と。
自分は父に捨てられ、それゆえに
寂しさや悲しさを常に身に負って
生きてきた。
しかし、父は自分と母を捨てて、
悠々と生きているはずだ。

そして、あの日 自分は確かにマコを捨て、
約束を破った。
だが、それゆえに自分に罰が下ったり、
自分が裁かれることはなかった。
自分に捨てられたマコは、
大変な目に遭い、不登校に
なってしまったが……。
別に、自分は何ともない。

自分は悟りを得た。
「マコに捨てられる前に、
マコを捨てて正解だった。
結局、痛みを被るのは
捨てられた方なのだ」

そうだ。
自分が一歩出遅れていたら、
マコに捨てられて、自分が傷つき、
プライドが痛んでいたのだ。
そうだ。マコが悪かった。あいつが、
結婚したいと言うようなことを言いながら、
自分を不安にさせるような態度を
あの頃よくとっていた。
捨てられた当然だった、あいつは。

悟りを得た時から、
自分はそのような生き方を始めた。
女に対しては。
付き合い、別れを切り出し、
また別の女と付き合う……。

中学に入って、とにかく、
遊ぶことに決めた。
「一度だけの人生。この際、多くの
女と付き合って、遊ぼう。
そして、潮時になったら、
捨てれば良い」と考えた。

中学、高校と、自分はできるかぎり
多くの女と交際した。
ようするに、遊んだ。
女子たちの間で、
評判は悪くなっていたが、
そんなのを気にはしなかった。
男仲間の間では、武勇伝となるものだ。
仲良くなり、付き合い、身体を奪い、
自分の欲望を満足させ、その後に
自分から別れを告げる―捨てる―。
これを繰り返した。
一部の女子たちからは後ろ指を
さされる学生生活だったが、
気にはならなかった。
堅い意志と金と甘い言葉さえあれば、
どんな女でも落とせた。

あっちが本気でも、こっちは
本気ではない。
最初から、欲望を果たし終え、
飽きたら、捨てるつもりなのだ。
そして、一浪して、東京の大学に
進学した。
絶対に大学に行きたかった。
大学生の女を
落としたかったからだ。
今、4年だ。

あのマコがどこにいるかも、
あの義時が何をしているかも、
またみどりのことも何も知らない。
あの3人のことはなぜか忘れられない。
あの頃に、自分の人生が大きく
変わったから。

ただ言えることは、マコにも義時にも
みどりにも関心はない。
関心があるのは、ターゲットに
なる相手だけだ。
利用するだけ利用して、
捨てれるような女だ。

今は、ある女だ。なかなか堅い。
「付き合ってる」とは言うが、
身体を許さない。


そう、つい最近、島根から出て来た
田舎娘を捨てた。
結構、愛嬌もあり丸顔で良い女だった。
だが、潮時が来たので、捨てた。
だから、新しい女を探した。
すぐに、ある飲み会で、見つけた。
理工学部の女で、一目で、
ターゲットだと分かった。
純粋で、健気な感じが、
ビンと来た。
誘いには乗ってきたが、意外と
難しい。
なかなか、手ごわい。
今までのように簡単には、行かない。
なかなか、落ちない。
他の女のように、
「うん」と言わない。
脱がない。泊って行かない。
入ろうとしない。
あいつには、多少手荒なことを
した方がいい、そろそろ。
意外と力でねじふせれば、
あとはコロッと落ちることもある。

大丈夫だ。今までも大丈夫だった。
不幸も孤独も悩みも関係ない。
ただ、これからも、楽しむ。
一生を楽しむ。力、金、話術を
行使して楽しむ。

モノにすれば、あいつも自分から
開いてくる…。
そろそろ、やるか…。

タバコを手に、自分は、考え終えた。


~義時の物語~

俺義時は、今22歳。
あの日 のことは、忘れることは
できない。いや、忘れてはいけないと、
思っている。
一時期、あの日 のことが原因で、
クラス中の男子と女子に総スカンに
された。当然の罰を受けた。
だが、その罰の期間、服役期間は
あまりにも短かった。

思い出す。あの日の翌日、学校から
帰った俺を、鬼のような形相をした父が、
無言で床屋に引っ張って行った。
そして、店主に
「丸刈り、とにかく坊主の頭みたいに
してくれ!」と言って、
俺の後ろにドカッと座った。
目の前の鏡を見ると、父が俺を
睨んでいた。怖くて目をそらしたが、
髪を切られている間、
涙がとまらなかった。

次の日から俺は「坊さん!」と
あだ名され、女子からは
クスクス笑われた。
いじめられる側になることは
覚悟していたが、その期間は
苦しかった。だが、俺はずる賢くも、
いろいろな立場を利用して、
その期間を短縮した。

俺は、時々考える。
人間は、すぐに忘れる生き物なんだと。
自分が被害者、また加害者、
ようするに当事者でなければ、
どんなに大きな事件、出来事も
すぐに忘れてしまう生き物だ。

このことが、加害者にとっては
好都合なのだ。
一定の期間、息をひそめていれば、
いつか周囲は忘れてくれて、普通に
出歩くことができるようになる。
だが、被害者にとってはこんなに
悔しいことはないのだろう。
特に、何も言えない、恥ずかしさゆえに
声さえ上げることのできない
被害者にとっては、二重三重の
苦難、試練だろう。

俺は、奥中という同級生を
追いかけまわし、彼女に屈辱的体験を
させてしまった。
小学生時代のことだが、
俺は加害者だ。
彼女の人生は、俺ゆえに狂った。
そして、今でも彼女は苦しんでいる
かもしれない。いや、もしかしたら
もう命を絶っているかもしれない。

俺は、ずーと、あの日 
から自分を責めている。
心の内には、葛藤がある。
「なんで、俺は、嫌がる奥中を
追いかけ続けたのか?」と。

だが、正直、あの頃は、考えた。
「なんで、奥中は逃げたんだ!
逃げたから追いかけたんだ。
もし奥中が逃げなかったら、
あんなことにならなかったのに」と。
完全な責任転嫁だが。

とにかく、俺が、あんなふうに
追いかけることをしなければ、
奥中は、あんな屈辱的な体験を
しないですんだ。
奥中は、その後もこのいすみ市で
小学校を卒業し、中学と高校と
学生生活を楽しみ、普通に就職し、
俺と奥中は何かのきっかけで仲良く
なれていたかもしれない。
だが、奥中は今いすみ市にいない。
あの日 の翌夏、奈良県に
引っ越して行った。
その後のことは分からない。
何もかも、俺が台無しにしたんだ。
奥中の人生も、俺の人生も。

時々、地元で小学校時代からの
友人たちに会う。
誰も、奥中の話しをしない。
多分、みんな、小学校の途中で
学校を去り、いなくなった
奥中のことを完全に
忘れているのだ。
俺も、奥中のことを話せない。
なぜなら、話せば、自分の立場が
なくなるから。
そう、奥中に屈辱的体験を味わわせ、
学校中の見ている前で
おもらしをさせたのは、この俺なのだ。
この重い事実を消したい!!
過去に戻れるなら、あの日の、
奥中を追いかけている小学三年の
俺をぶん殴り、止めたい。
俺を助けたいと言うより、
奥中を何とか助けてあげたい。
あの日に戻りたい!!

あの日、奥中は…。
クラスメートや上級生、
そして1年生、2年生の
見ている前で、
おもらしをしてしまった。
廊下中が大騒ぎだった。
そして、奥中は、急いで駆けつけた
担任と保健室に行ったようだった…。




(著作権は、篠原元にあります)
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登場人物紹介


奥中(おくなか) 真子(まこ)のちに(養子縁組により)(やぎ)(ぬま) 真子のちに(結婚により)栄真子




 本書の主人公。小学校3年生のあの日 、学校のクラスメートや上級生、下級生の見ている前で、屈辱的な体験をしてしまう。その後不登校に。その記憶に苛まれながら過ごすことになる。青春時代は、母の想像を絶する黒歴史、苦悩を引継いでしまうことなる、悲しみ多き女性である。





(あし)() みどり



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメートであり、大親友。



しかし、小学校3年生のあの日 、学校の廊下を走る真子の足止めをし、真子が屈辱的な体験を味わうきっかけをつくってしまう。



その後、真子との関係は断絶する。










(よし)(とき)



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメート。葦田みどりの幼馴染。



小学校3年生のあの日 、学校の廊下で真子に屈辱的な体験をさせる張本人。











奥中(おくなか) 峯子(みねこ)



本書の主人公、真子の母。スーパーや郵便局で働きながら、女手ひとつで真子を育てる。誰にも言えない悲しみと痛みの歴史がある。








雪子(ゆきこ)



本書の主人公、真子の大伯母であり、真子の母奥中峯子の伯母。


愛媛県松山市在住。







銀髪で左目に眼帯をした男



本書の主人公、真子が学校の廊下で屈辱的な体験をするあの日 、真子たちの



住む町で交通事故死した身元不明の謎の男性。



所持品は腕時計、小銭、数枚の写真。










定美(さだみ)(通称『サダミン』)



本書の主人公、真子が初めて就職したスーパーの先輩。



優しく、世話好き。



だが、真子は「ウザ」と言うあだ名をつける。









不動刑事



本書の主人公、真子が身の危険を感じ、警察署に駆け込んだ際に、対応してくれた女刑事。



正義感に溢れ、真面目で、これと決めたら周囲を気にせず駆け抜けるタイプである。



あだ名は、『不動産』。警視庁阿佐ヶ谷中央警察署生活安全課巡査部長。
















平戸



本書の主人公、真子につきまとう男。



また、真子の母の人生にも大きく関わっていた。






愛川のり子



子役モデル出身の国民的大女優。



〔あいのん〕の愛称で、幅広い世代から人気。



映画、テレビ、雑誌などで大活躍中。







石出(いしで) 生男(いくお)



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメートであり、幼馴染。小学校3年生のあの日 、真子を裏切る。




(やぎ)(ぬま) 真子のちに(結婚により)(さかえ) 真子



 本書の主人公。旧姓は、奥中。



小学校3年生の時、学校中の見ている前で屈辱的体験をし、不登校に。



その後は、まさに人生は転落、夜の世界へと流れていく。



だが、22歳の時小学時代の同級生二人と再会し、和解。回復への一歩を歩みだす。

(さかえ)(よし)(とき)



本書の主人公、真子が小学校3年生の時、屈辱的体験をさせた張本人。



そして、真子が22歳の時、男に追われているところを助けた人物でもある。



その後、真子の人生に大きく関わり、味方、何より人生の伴侶となる。

柳沼雪子



本書の主人公、真子の大伯母。養子縁組により、真子の母となる。



夫は眼科医であったが、すでに他界。愛媛県松山市で一人暮らしをする愛の女性である。

定美(さだみ)(通称・『サダミン』)



本書の主人公、真子が大事にしているキーホルダーをプレゼントしてくれた女性。



真子が川崎市を飛び出して来てから長いこと音信不通だったが、思いもしないきっかけで、真子と再会することになる。

不動みどり



本書の主人公、真子が小学校3年生の時、屈辱的体験をするきっかけを作ってしまう。



そして、真子が22歳の時、再会。つきまとい行為を続ける男から真子を助ける。



旧姓は、葦田。警視庁阿佐ヶ谷中央警察署生活安全課・巡査部長。

都和(とわ)



明慈大学理工学部で学んでいた女性。DVによる妊娠、恋人の自殺、大学中退……と、真子のように転落人生を歩みかけるが、寸前を真子に助けられる。

愛川のり子



〔あいのん〕の愛称で、幅広い世代から人気。



映画、テレビ、雑誌、海外でのドラマ出演など活躍の場を広げる国民的大女優である一方、息子の『いじめ報道』に心を痛め、また後悔する母親。



本名は、哀川憲子。

()(おり)



結婚した真子の義姉となる女性。



真子との初対面時は、性格上、真子を嫌っていたが、



後には、真子と大の仲良し、何でも言い合える仲になる。



名家の出身。



 

石出(いしで) 生男(いくお)



本書の主人公、真子を裏切った人物。



真子が小学時代の同級生二人と再会し、和解した夜に自殺。



第二巻では、彼の娘の名前が明かされる。

新名 志与


旧姓、長谷島。

第一章では、主人公に、『しーちゃん』と呼ばれている。

夜の世界で働いていた真子にとって、唯一の親友と

呼べる存在、姉的存在だった…。


ある出来事をきっかけに、真子と再会する(第二章)


小羽


 真子の中学生時代(奈良校)の同級生だったが…。


第二章で登場する時には、医療従事者になっている。

居村


 義時と真子が結婚式を挙げるホテルの担当者。

ブライダル事業部所属、入社3年目の若手。

 

真子曰く、未婚、彼氏募集中。

不動刑事


主人公の親友である不動みどりの夫。


石出生男の自殺現場に出動した刑事課員の1人。



最愛の妻、同じ署に勤務する警官のみどりが、

自分に隠れ、長年自宅に『クスリ』を保管、しかも、

所持だけではなく、使用していた事実を知った

彼は……。

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