第十六章 ㉚
文字数 2,456文字
時間枠が一致するので、
交互に読まれることをすすめる)
まだ、開店前なので、静かで、そして、
照明もうす暗い店内……。
あとで知りましたが、雑誌にも取り上げ
られる有名店『くるりんぱ』の
カウンター10席を私としーちゃんは独占
していました。
店内は、どっちかと言うと……、
って言うか、しーちゃん達も自分たちで
言っていましたが、「本当に狭く」、
L字のカウンター10席のみ……。
良い匂いが、私としーちゃんだけの
店内に漂います。
朝を抜いてきたので、もう、お腹は
ペコペコです。
そんな私の前に、「どうぞ」と言って、
お水の入ったコップを置いてくれる、
しーちゃんの旦那さん。
『くるりんぱ』のオーナーである新名さん
です。
私が、しーちゃんに招かれ、恐る恐る
準備中の店内に入った時に、「どうも」
と一言、そして、お水を出してくれた
時に、「どうぞ」と一言。
本当に無口な人だなぁと思いました。
まさに、『ラーメン職人』的な……。
で、私達の目の前で、落ち着いた表情で
黙々とラーメンを作ってくれている…。
何か、しーちゃんとは正反対のタイプ
だなぁ……って思いましたが、そこは、
そこ、夫婦です。
しーちゃんも旦那さんの前じゃ、今まで
に見たことのない表情だし、旦那さんも、
チラッ、チラッと奥様の方を、時々…ね。
声には出しませんでしたが、「おしどり
夫婦だなぁ」って思いました。
それで……。
そうだ。
『くるりんぱ』のオーナー、まさに、
ラーメン職人的なオーラ満開の新名さん、
しーちゃんの旦那さんは。
超重そうな中華鍋で、何故だか、玉ねぎや
ニラとかを炒めてたり……。
うん?白い粉も入れてる……?
横から、しーちゃんが、
「マコッち。あれはネ……」と解説して
くれました。
腕が細い……、と言うより、体の線が細い
新名さんが、豪快に鍋を振るのです。
そして、まさに、しーちゃんに向ける
表情とは正反対、対極の表情で、一杯の、
まぁ、あの時は二杯のラーメンに向き合って
いて……。
本当に、その真剣さ、真摯さが、カウンター
に座る私にもヒシヒシと伝わってきました。
しばらく、私は、しーちゃんの旦那さんで
ある新名さんに、変な意味ではありません
けど、見とれてしまっていました。
その、ラーメンを作る一連の流れにも…。
そして……。
私への第三声目の「特製味噌です」という
短い一言とともに、しーちゃんの旦那が、
一目で美味しいって分かる、一杯を私の
前に……。
変な言い方になるかもしれませんが、
その美しさに、その完成度の高さに、
私の全身が、本当に、震えましたね、
一瞬……。
で、一口スープをすすって……。
もう、感動……の一言です!!
正直、なめていたんです。
だって、雑誌やTVが取材に来るほどの
『時の店』だってことも知りませんで
したし……。
それに、まさか、あの、一緒に働いて
いた、しーちゃんの旦那さんのお店が
こんなに美味し過ぎる、ここまでの
ラーメンを出すとは……!?
もう目を丸くするしかない、私。
あの頃、しーちゃんと食べまくって
いた、〔高雄〕や〔くわい〕以上で
したから……、本当に!!
皆さん、本・当・に、です。
別に、しーちゃんのお店を繁盛させ
たくて言ってるわけじゃありませんし、
「友達の店だから……」ってわけでも
ないのです。
男性のような言い方になりますが、
マジ、です……!!
そして、気づいたら、スープまで全部
完食していました。
「もう一杯いけるなぁ」って、思い
ましたね、本気で。
甘さと辛さが、まさに、絶妙にマッチ
していて、それから、大鍋で炒めていた
野菜のあんかけのようなものが、
麺に合う、合う、合う!!
で、チャーシューもとろける感が最高で
病みつきになりますよ、あれは!!
あとは、白髪ねぎ、メンマ、半熟卵
……。
「絶対に、また、今度来よう。
2人で……」と、思いました。
婚約者の顔を思い浮かべながら……。
で、隣のしーちゃんも完食。
「ごちそうさま。いつもながら、最高に、
最高に、最高に、美味しかったよ!」と
旦那さんに微笑んでいて。
旦那さんも、「おぅ…」と嬉しそうな
顔を……。
何かいいなぁ……って思いましたね。
そして……。しーちゃんが、腕時計を
チラッと確認して、言います。
「うん。ちょうど良い時間かな。
じゃ、マコッち、行こっか!」。
そして、新名さんにも、「じゃあ、
あなた……。ゴメンね。行ってくる
から。夜営業までには戻るからね。
それと、もう少しで、さっちゃんも来て
くれるから」と。
静かに、無言で、頷く旦那さん…。
しーちゃんは席を立ち、コートを羽織り
ながら教えてくれました。
「普段はね、私も厨房でヘルプしたり、
色々してんだ。
でも、今日はさ、折角、マコッちと
会えるんだからってことで、お休み
もらったの。
それで、これから、私の代役に、彼の
従妹で、この近くの予備校に通ってる
さっちゃんに来てもらうことに…」と
話している時でした。
急に、入口の扉が勢いよくガラッと
開いて、頬を真っ赤にした、小柄な
女の子が入って来ます。
寒い、寒い、寒い~と体を震わせ
ながら……。
彼女が、しーちゃんの旦那さんの従妹
にあたる、さっちゃんでした。
「大ちゃん!来たよ!!
ってか、今日も大盛況だね!
もう、十人以上並んでるよ、この寒空
の下……」と、コートを脱ぎながら
新名さんに話す、さっちゃん。
そして、私にも気づいてペコっと
お辞儀をしてくれました。
それから、しーちゃんに、
「しよちゃん。今日は、たまのオフ
楽しんできてね!
しよちゃんの分も頑張るから!!」。
「ありがとう、さっちゃん~!
本当、助かるわぁ!
今日はね、急なお願いだったから、
普段の時給+150円…。それは、私の財布
から出させてもらうからね」。
へぇ、しーちゃん、「しよちゃん」と
呼ばれてんだぁ、と不思議な感じでした。
私としーちゃんは、寡黙過ぎるラーメン職人
新名さんと、その従妹で、新名さんとは
正反対で明るくて、人懐こい、さっちゃん
に送られて、『くるりんぱ』を出ました。
一気に、寒い風がビューっと吹いてきます
……。
私としーちゃんは、次の『女子会の舞台』
へと歩き出しました。
(著作権は、篠原元にあります)