第十七章 ⑮

文字数 2,464文字

車は、羽田空港に到着した。
 
 別れの【時】が近づいている、
いや、刻一刻と近づいてくる…。


車窓から外を眺め、雪子が、はぁと
ため息をつく。
「大きいわねぇ、本当に。
ここは、要塞みたいね。松山の空港は
マッチ箱だわ」
「雪子おばさん。安心して。
だから…。ちゃんと、昨日、電話して
お世話してくれるように頼んどいた
からね」
素直に、ありがとうと姪孫―娘―で
ある真子に答える、雪子。

「2人の関係は、本当に、実の親子の、
ソレだな……」、運転しながら、義時は
思った。



義時が、大きなボストンバッグを、
真子が、手提げバッグを持って、
一行は、連絡通路を渡っていく。
 雪子にあわせて、ゆっくりと……。
ちゃんと時間も余裕があるから、
真子も安心だ。
足の弱っている大伯母を急かす必要も
ない。


連絡通路を渡りきると、そこは、
第1ターミナルだ。
騒がしい空間。
一気に、雰囲気が変わる。
「本当に、大きいわねぇ!
人も、いっぱいで。
先週も来たんだけれど、全然、
慣れないわぁ。
私みたいな、おばあちゃんは、田舎の
小さな…松山空港とかの方が良いわ」と
つぶやく雪子を2人が見つめる。

雪子と『荷物番役』の旦那を座らせて
―実際に座ったのは雪子だけだけど―、
真子は、雪子のチケット・搭乗券を手に、
JASのカウンターへと走った。

あらかじめ聞いておいた、専用のカウンター
の前に着くと、真子は、電話で話しておいた
『用件』を伝える。
熟練のグランドスタッフは、名前を言うと、
すぐに分かってくれた。


真子を待つ、2人は……。

妻の大伯母と二人きりにされた義時は、
最初、気まずいかもと考えたが。

すぐに、妻の大伯母が話しかけてきた。
まずは、何やら、鞄から、小さな包みを
取り出して。
「あの。義時さん……。
これ、私から、新婚の2人に、ね。
色々と今回お世話になったし、これから、
たくさん必要になるでしょうから。
2人で相談して、使ってください。
……あの子に、真子に……。
渡したり、あの子の前で渡すと、
何だかんだ素直に受け取らないと
思うんで、今、ここで。
それで、すぐ、しまっちゃって
ください。
家に、着いて、もう私がいなくて、
返せない状況になってから、
真子にも、伝えてもらえればいいです
から。
……本当に、あの子は、小さい頃から
頑固でねぇ」
 そう言って、妻の大伯母は、
しわくちゃな両手で、彼の手を包み
こむようにしながら、渡してくれた。

義時は、ありがたく、その『厚意』を
頂戴して、すぐに、上着のポケットに
しまった。
それを、ニコニコと見つめ、うんうんと
満足気な雪子。

 そして、さらに、続ける。
「義時さん。本当に、あの子を、真子を、
よろしくお願いしますね。
あの子は、お父さんの顔も知らずに、
育って……、そして、中学の頃、母親を
病気で亡くして…。その後のことは、
……と言うより、もう、その前のことも
全部ご存知ですね。
 それで、そんな複雑な育ちのせいか、
頑固で、気性が激しくて、自分で自分で
何でもしようって……子でしてね」

ここで、雪子が、ピシッと姿勢を正し、
それから、言う。
「そんな子をもらってくれて、本当に、
本当に、ありがとうございました!
どうぞ、どうか、うちの真子を、
よろしくお願いします!」

そう言って、妻の大伯母は……、
自分なんかより何十倍も人生経験が
あるだろう人が、頭を膝につくほど
下げた。いや、実際、膝についている。
そして、下げ続けている。
義時は、「よしてくださいッ!
僕こそ、真子さんと結婚させて
いただけて、本当に、ありがとう
ございました……!」
 本心で、言う。
そして、頭を上げてもらった。

彼は、思った。
「そうだ。この人は、もう、俺の
お母さんでもあるんだ」
一生をかけて、この、新しくできた
母を幸せにしよう、義時は心の内で
強く誓った。




そして……。
抜群のタイミングで、真子が戻って
来る。
後ろには、車いすを押す、JASの
グランドスタッフも。

雪子の前に立って、真子は言った。
「雪子おばさん。
このJASの職員さんがね、飛行機に乗る
ところまで案内してくれるからね。
……じゃあ、よろしくお願いします」

真子はそう言って、頭を下げた。
義時も、車いすを押して来てくれた、
JASのグランドスタッフに軽く会釈する。

雪子が、「お願いしますねぇ。
忙しいのに、悪いですね」と、本当に
申し訳なさそうに言うが、彼女―グランド
スタッフ―は、にこやかな笑顔で、挨拶し、
「お気になさらないでください」と。

プロだなぁ……と義時は思った。
真子も同感。
言葉、表情、態度で、雪子の気持ちを
ちゃんと楽にしてくれた、一瞬で。
それが、分かったから。


膝を折って、雪子と同じ目線にしてから、
ゆっくりとした口調で話す彼女―彼女
と言っても自分達より一回りは年上
だろう―を見ながら、真子は、
「この人なら安心だわ」と思った。
  いい人が、担当になってくれて、
本当に、良かった。


で、義時と一緒に、しばらく、
彼女と雪子を見守っていた、真子は、
ふと、思った……。
「あれ……」
どこかで見たことある?
いや、どっかで見た感じがする。

気のせいか……。
でも、やっぱり。
髪の毛をお団子にしている、後姿。
かがんで、雪子と話している姿。

アッ……!!
声が出そうになった。いや、実際、
出たかもしれない…。
「ウソ!?いや、そんなこと、
ありえないよネ?
や、でも、もしかして……」

真子は、さりげなく、2,3歩移動して、
雪子と話す、彼女の身分証とネーム
プレートを確認しようと…。
そんな妻を、義時が、不思議そうに
見つめている。

で、真子は、確認して…。
目を大きく見開いた。
だって……。
名前が!
信じられない……!?

その、雪子と話しているJASの
グランドスタッフの身分証には、
確かに、「下木高穂」とあったから。












(・著作権は、篠原元にあります

・次話もご期待ください。
今回の話、それと次話につながるのが、
第五章⑭です。真子が、まだ学生時代。
松山空港での感動的エピソードが
よみがえります。そして、真子と今回
登場の下木高穂との関係性……。
 詳しくは第五章⑬からオススメです!

・感想、高評価、登録……お待ちして
います♪             )
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登場人物紹介


奥中(おくなか) 真子(まこ)のちに(養子縁組により)(やぎ)(ぬま) 真子のちに(結婚により)栄真子




 本書の主人公。小学校3年生のあの日 、学校のクラスメートや上級生、下級生の見ている前で、屈辱的な体験をしてしまう。その後不登校に。その記憶に苛まれながら過ごすことになる。青春時代は、母の想像を絶する黒歴史、苦悩を引継いでしまうことなる、悲しみ多き女性である。





(あし)() みどり



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメートであり、大親友。



しかし、小学校3年生のあの日 、学校の廊下を走る真子の足止めをし、真子が屈辱的な体験を味わうきっかけをつくってしまう。



その後、真子との関係は断絶する。










(よし)(とき)



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメート。葦田みどりの幼馴染。



小学校3年生のあの日 、学校の廊下で真子に屈辱的な体験をさせる張本人。











奥中(おくなか) 峯子(みねこ)



本書の主人公、真子の母。スーパーや郵便局で働きながら、女手ひとつで真子を育てる。誰にも言えない悲しみと痛みの歴史がある。








雪子(ゆきこ)



本書の主人公、真子の大伯母であり、真子の母奥中峯子の伯母。


愛媛県松山市在住。







銀髪で左目に眼帯をした男



本書の主人公、真子が学校の廊下で屈辱的な体験をするあの日 、真子たちの



住む町で交通事故死した身元不明の謎の男性。



所持品は腕時計、小銭、数枚の写真。










定美(さだみ)(通称『サダミン』)



本書の主人公、真子が初めて就職したスーパーの先輩。



優しく、世話好き。



だが、真子は「ウザ」と言うあだ名をつける。









不動刑事



本書の主人公、真子が身の危険を感じ、警察署に駆け込んだ際に、対応してくれた女刑事。



正義感に溢れ、真面目で、これと決めたら周囲を気にせず駆け抜けるタイプである。



あだ名は、『不動産』。警視庁阿佐ヶ谷中央警察署生活安全課巡査部長。
















平戸



本書の主人公、真子につきまとう男。



また、真子の母の人生にも大きく関わっていた。






愛川のり子



子役モデル出身の国民的大女優。



〔あいのん〕の愛称で、幅広い世代から人気。



映画、テレビ、雑誌などで大活躍中。







石出(いしで) 生男(いくお)



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメートであり、幼馴染。小学校3年生のあの日 、真子を裏切る。




(やぎ)(ぬま) 真子のちに(結婚により)(さかえ) 真子



 本書の主人公。旧姓は、奥中。



小学校3年生の時、学校中の見ている前で屈辱的体験をし、不登校に。



その後は、まさに人生は転落、夜の世界へと流れていく。



だが、22歳の時小学時代の同級生二人と再会し、和解。回復への一歩を歩みだす。

(さかえ)(よし)(とき)



本書の主人公、真子が小学校3年生の時、屈辱的体験をさせた張本人。



そして、真子が22歳の時、男に追われているところを助けた人物でもある。



その後、真子の人生に大きく関わり、味方、何より人生の伴侶となる。

柳沼雪子



本書の主人公、真子の大伯母。養子縁組により、真子の母となる。



夫は眼科医であったが、すでに他界。愛媛県松山市で一人暮らしをする愛の女性である。

定美(さだみ)(通称・『サダミン』)



本書の主人公、真子が大事にしているキーホルダーをプレゼントしてくれた女性。



真子が川崎市を飛び出して来てから長いこと音信不通だったが、思いもしないきっかけで、真子と再会することになる。

不動みどり



本書の主人公、真子が小学校3年生の時、屈辱的体験をするきっかけを作ってしまう。



そして、真子が22歳の時、再会。つきまとい行為を続ける男から真子を助ける。



旧姓は、葦田。警視庁阿佐ヶ谷中央警察署生活安全課・巡査部長。

都和(とわ)



明慈大学理工学部で学んでいた女性。DVによる妊娠、恋人の自殺、大学中退……と、真子のように転落人生を歩みかけるが、寸前を真子に助けられる。

愛川のり子



〔あいのん〕の愛称で、幅広い世代から人気。



映画、テレビ、雑誌、海外でのドラマ出演など活躍の場を広げる国民的大女優である一方、息子の『いじめ報道』に心を痛め、また後悔する母親。



本名は、哀川憲子。

()(おり)



結婚した真子の義姉となる女性。



真子との初対面時は、性格上、真子を嫌っていたが、



後には、真子と大の仲良し、何でも言い合える仲になる。



名家の出身。



 

石出(いしで) 生男(いくお)



本書の主人公、真子を裏切った人物。



真子が小学時代の同級生二人と再会し、和解した夜に自殺。



第二巻では、彼の娘の名前が明かされる。

新名 志与


旧姓、長谷島。

第一章では、主人公に、『しーちゃん』と呼ばれている。

夜の世界で働いていた真子にとって、唯一の親友と

呼べる存在、姉的存在だった…。


ある出来事をきっかけに、真子と再会する(第二章)


小羽


 真子の中学生時代(奈良校)の同級生だったが…。


第二章で登場する時には、医療従事者になっている。

居村


 義時と真子が結婚式を挙げるホテルの担当者。

ブライダル事業部所属、入社3年目の若手。

 

真子曰く、未婚、彼氏募集中。

不動刑事


主人公の親友である不動みどりの夫。


石出生男の自殺現場に出動した刑事課員の1人。



最愛の妻、同じ署に勤務する警官のみどりが、

自分に隠れ、長年自宅に『クスリ』を保管、しかも、

所持だけではなく、使用していた事実を知った

彼は……。

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