第十四章 ㉒
文字数 2,364文字
会えない!!
もちろん、本命は、嫁と話して、ちゃんと、
分かってもらうこと……。
でも、折角会うなら、嫁だけじゃなく、
孫たちとも会いたい!
これが、定美の本心だった。
読者の皆さんは、お分かりのように、
『熟年離婚』の【じ】の字も、定美の脳裏
にはない!
嫁と話すついでに、孫たちに会うために、
定美は、いすみ市に出向くことを決めて
いた。
だから、嫁のありがたい申し出もキッパリと
断ったのだった。
嫁は、素直に、「分かりました……。
では、お待ちしています。
何時ごろに、こちらに来られますか?」と
言ってくれた。
定美は、本当に性格の良い、素直な嫁だ
なぁと思った。
まさか、遠く離れたいすみ市で、
電話を終えたばかりの嫁に、「熟年離婚
かな……」と思われているとは、想像も
しない!
そんなわけで、定美は、その日、真子が
神保町にいた頃、いすみ市にいた。
いすみ市の、長男の家。
チャイムを押すと、すぐに、笑顔の嫁が
迎え入れてくれた。
「前日に電話してきて、急にやって来た
姑を嫌な顔一つしないで迎え入れて
くれる……。やっぱり良い子ねぇ 」と
思う。
本当に、次男と一緒になってくれる女性
のことを理解してもらい、そして、
仲良くなってもらいたい……。
そして、玄関には、カワイイ孫たちも
出迎えに来てくれていた!!
その成長ぶりと、無邪気な笑顔を見た
だけで、長時間移動の疲れが吹っ飛ぶ。
初孫の隆子。おませちゃん……。
個性的で、人見知りなところもある俊光。
2人とも、しばらく見ない間に、大きく
なっている。
定美は、すぐに、孫たちの大好物の
『いすみ地卵ロールケーキ』を、嫁に
渡した。
孫たちが、大歓声を上げた。
騒ぐ孫たち、それをたしなめる嫁。
定美は、見ていて、幸福だった。
数分後……。
すっかり、静かになった、孫たち。
ロールケーキを食べながら、ビデオを
観ている。
定美は、嫁に声をかけた。
「じゃあ、美織さん……。
大事な話があるから、2人だけで、
良いかしら……」。
美織は、手を拭きながら、
「はい。では、上で……」と答えた。
そして、子どもたちに言う。
「ねぇ!ママたちは、2階に行って、
大事なお話をしてくるからね。
ロールケーキ食べ終わったら、ちゃんと
お片付けしてね!
喧嘩したり、パパのパソコンいじっちゃ
ダメよ!
あと、パパとママの分のロールケーキ、
絶対食べないのよ!!」。
子どもたちが、「は~い!」と叫ぶ。
そんな嫁と孫たちのやりとりを眺め
ながら、定美は微笑ましかった。
「美織さん。すっかり、お母さんねぇ」
と思う。
階段を上がり、美織と定美は、
1階リビングから2階の小さな洋室に、
移った。
義治が、ゆっくりしたい時に使って、
寛ぐ部屋だ。
大好きな本が、本棚にびっしりだ。
中央に、小さなテーブル…。
美織は、定美と向かい合った。
美織の顔は、やや強張っている。
急に、姑が1人でやって来て、
「大事な話がある」と言うのだ。
熟年離婚の報告かもしれないが、
もしかしたら、自分に対する叱責の
話かもしれない……。
そう、美織は考えていた。
だから、緊張しない方がおかしい。
そんな嫁を見つめ、定美は、ちょっと
申し訳ない気分になった。
自分が、嫁の立場でも、絶対に、
色々考えてしまう……。
それでも、定美は、嫁の美織に、
会いに行かなければ、話さなければ、
理解してもらわなくては、ならなかった。
そう。嫁いでくる真子のことを、ちゃんと
理解してもらう。そのために、定美は、
いすみまで足を運んだのだ。
定美は、分かっていた。
「美織さんは、絶対に、真子さんを、
嫌っている。
あの子の真面目な性格からして、絶対に
間違いない。
でも、このままじゃ、義時たちの結婚式
にも笑顔で参加してもらえないし、栄家に
嫁に来る真子さんと美織さんのために
絶対にダメだわ」。
何もせずに傍観していたままでは、最悪の
結果しかないと、分かっていた。
緊張している嫁を前にしていると、
自分も緊張してしまってきたのを、定美は
察知した。
内心、今から語るのは、本当に正しいこと
なのだろうかと、心が揺れた。
でも……!!
話さないわけにはいかない。
美織さんと真子さんの幸せのためにも…!
「美織さん、あのね……」と、定美は、
真子のことを話し出す。
まず、前の日に、自分たち夫婦が、真子と
会ったこと。
そして、核心の……。
真子と義時の【小学校時代のあの事件】の
ことを!!
定美は、包み隠さず、話した。
義時が、学校中の見ている前で、真子に、
ひどいことをして、恥ずかしめ、彼女の心に
大きな大きな傷を負わせてしまった、と言う
母親にとっての負の歴史を。
そして、定美は、話し続けた。
真子の生きざま、歩みの諸々を。
義時が起こしたその事件のせいで、
真子が不登校になってしまい、それだけで
なく、いすみ市にいられなくなり、関西に
引っ越して行ったこと。
それから、お母さんが急逝し、四国の大伯母
に引き取られ、その後、早くして独り立ち
して、関東に出てきて、スーパーで働き出し
たけど…、結局、最後は、夜の世界で
働くに至った……。
そして、そんな中、また事件に巻き込まれ、
それがキッカケで義時と再会したこと。
非常に、重い重い、話になった。
定美は、話ながら、真子のことを想い、
胸がズキンズキンと痛んだ。
涙を必死にこらえる。
彼女を、こんなに苦しめたのは、私たち
なのだから……。
…美織は、姑の話を聞いていた。
意外だった。
まさか、義弟の恋人のフリしているような
あの女のことを、話に来たとは……!!
と、最初は思った。
でも、聞いているうちに、泣けてきた。
自分は、大変な誤解を、していたのでは
ないか…!!
あの人の、外見、態度、素振りだけで、
全部を判断し、決めつけていた。
でも、義弟との【そんな過去】が
あったなんて……!!
美織は、舅と姑と同じ思いに至っていた。
「二人は、絶対に、結婚するべきだわ」と。
(著作権は、篠原元にあります)