第十章 ⑥

文字数 3,217文字

~ここからは、真子……~


阿佐ヶ谷中央警察署の生活安全課の
不動さん。
私は、あの日、不動さんと出会うことが
できました。
警察署からの帰り道、私は思いました。
「不動さんと話せて良かった!
あの刑事さんなら、何とかしてくれる、
絶対!」と。
本当に、何だか、心が楽になりました。
それまでは、にっちもさっちも行かない
感じで、ただ逃げ回るしかない。

でも、不動さんの助言や励ましで、
勇気が出てきました!
それと同時に、心の底から悔しかった!!
平戸からのメールを消してしまっていた
ことが……。

でも、不動さんは、また送ってくるから
大丈夫ですよと、言ってくれたのです。
その言葉を信じることにしました。
それで、帰る途中に、脅迫めいたメールが、
言われた通り、一通届きました!
私は、急いで、そのメールを保護しました。


マンションの部屋に戻った私は、急いで、
あの『メモ』を取り出しました。
不動さんが、携帯電話番号を書いてくれた
あの『メモ』です。
帰宅後一番で、携帯に番号を登録しました。
「これで大丈夫。
何かあったら、すぐに電話しよう」。
ホッとしました。
その『メモ』も、大事に鞄の中に入れて
おくことにしました。
あの、〔さだみん〕さんから貰った、
キーホルダーがついている鞄です。
一瞬ですが、「あの人、元気かなぁ。
会いたいなぁ」と思いました。
あの頃は、あんなに嫌ってたのに……。
自分も変わったなぁ、と思いました。


その夜は、久しぶりに、熟睡できました。
翌日は、日曜日。
働いていた頃も休みでしたが、
仕事そのものを辞めて『無職』なので、
今日も次の日もその次の日も、休みと言う
感じです。


私は、パソコンを起動させて、仕事を
探してみることに。
もう、夜の世界はこりごりでした!
でも、私のような女……、学歴もない女に、
普通の『事務系』の仕事とか、見つかる
わけないだろうなぁと、諦め半分でした。
案の定、中々、見つかりません。
後日、電話しても、その場で断られたり
しましたね。
実際、その週のうちに、2,3社には
行けたのですが、不採用……。


奮起してたから、落ちこみましたね、
その分……。
それで、不動さんと出会えた喜びも、
消えてしまっていました……。



「こうなったら、松山に帰って、
あっちで、仕事を探そうかなぁ?
あっちなら、雪子おばさんもいるし、
孝行もできるし……」と弱気になります。
まぁ、もう、夜の仕事は辞めていますし、
絶対に再就職するつもりもないのだから、
堂々と帰れると言えば、帰れるのです
けどね。





はい、それで、平戸です。
やっぱり、日曜日も月曜も火曜も水曜も、
卑猥な内容のメールや脅迫、恐喝めいた
メールが届きました。
不動さんの言っていた通りです……。
ちゃんと、全部保護しました、届いたら
すぐに。


私は、火曜日、思い切って電話して
みました、不動さんに。
不動さんは、すぐに出てくれました。
私は、「あの……ごめんなさい。
別に、平戸を見たとか、家まで、あいつが
やって来たとかじゃないんですけど……。
でも、いっぱいメールが届いています!」
と言いました。
不動さんは明るい声で、
「大丈夫ですよ!今、こっちも内密に
ですが、捜査しています。
あともう少し段階踏んだら、そのメールとか
を証拠として提出していただくことになり
ます、正式に」と言ってくれました。





そして、その電話の後にも、平戸からの
メールは届きました。
……何か、日を追って、内容の過激度が
エスカレートしていくように感じ、
怖くなりました。
朝起きると、憂鬱な気分。
不動さんは、「大丈夫」と言ってくれた
けど、ことは悪い方向にしか行っていない
ように感じてならないのです。
だって、仕事は見つからないし、平戸から
の変なメールはどんどん届くのですから。





そして、木曜日のことです。
私は、朝から出かけました。
その日は、都内にある2社での面接が
あったのです。
朝早く、シャワーを浴びて、化粧をして、
しっかりした服装で出かけました。
駅に向かう道、私と同じような年齢の
会社員らしき女性が多くいました。
みんな、急ぎ足で駅へと向かっています。
「私も、彼女たちと同じようになれるの
かな?」と思いました、いいえ、必死に
信じようと努力しました。
「今は、失業中だけど……。
絶対大丈夫、今日こそ決まるわ!」と、
自分に言い聞かせながら歩きます……。





でも、その日の夕方、私は落胆して、
新荻窪駅の改札を通過しました。

1社は出版会社。
2社目は農薬販売会社。
どちらも、事務職、ダメでした。
駅にいる自分の周りには、同年齢のOL
さん達や、幸せそうな女性達の姿。
恨めしく思えてしまいました。




駅の前の交差点で、信号は赤でした……。
青に変わるのを待ちました。
その時、お腹が急に鳴ってしまったのです。
ハッとしました。

周りを見渡しました。
大勢の信号待ちの人々。
みんな、楽しそうに連れと話したり、
笑い合ったり……。
ホッとしました。聞こえていないか……。

でも、虚しい気持ちになりました。
「周りの人、みんな、仕事もあって、
ちゃんと家族や友人、恋人もいるのに……。
私には何もなくて、しかも、変な男に、
追われるときてる」。

ため息をつき、「今日は、コンビニで、
カップ麺買って、それで済ませよ」と
決めました。
別に、お金の面で切羽詰まっているわけ
ではありませんが、こんな状況です、
贅沢する気もない!
まぁ、それまでは、お昼から特上寿司や
鰻重……の生活。
でも、もう違うのです。
今は、無職で、しかも、クソ野郎に追われ
てもいる……。
もう、惨憺たる気持ち、です。




そして…、
あと少しで信号が青になるな……、
私はそう思いました。
その瞬間です!

誰かが、突然、私の肩を叩いてきたのです。
驚いて、咄嗟に、後ろを振り向くと、
なんと平戸でした!


不気味な笑いを浮かべて、
「見~つけた。何で、メールに返事も
くれないんだよぉ」と、耳元で囁いて
来ました!!

平戸の臭い息が、私の鼻に飛び込んできます。
そして、平戸が私の胸のあたりに手を
伸ばしてきたのです!!

私は、ただ、大声で叫んでいました!
そして、気づいたら、一目散に走って
いました。
交差点を全速力で走り抜ける、私。

後ろを振り向く余裕なんてありません
でしたが、後ろから、平戸の怒声や
通行人のどよめきのようなモノが
聞こえてきました。



話が飛びますが、中学の頃、
体育の時間は、ほぼ見学でした。
そのことで、男子たちには、「万年生理女」
と、陰で言われていました。
恥ずかしかったし、消えたかったし、
叫び出したかった!!
「あんたたちに、私の何が分かるの!!」。
でも、必死に、唇を噛みしめ、
拳を握りしめて、耐えるしか、その当時の
私にはなかった……。
だから、中学の頃、学校には通って
いましたが、全く走りませんでした。
マラソン大会も免除してもらいました。
小学も3年からは行っていない。
高校も行っていない。
そう、スポーツとは、かけ離れた人生を
送っていた私です。

もう、1分くらいで、すぐに息が苦しく
なりました。
でも、後ろから平戸が追いかけきている!

何かわめく平戸…。
タクシーは!?……、と思いますが、
見当たりません。
パトロール中の警官もいません。

そして、誰も、関わりたくないからなのか、
私と平戸を見ていても、私を助けては
くれません!


私は、走りながら、携帯電話を必死になって
取り出し、短縮ボタンを押しました。
すぐに、不動さんにつながるように、
そうしておいたのです、朝。



目の前に見える、長い長い商店街、
『大町通商店街』を突っ切って、交差点も
抜けて、左の方向に行けば、
阿佐ヶ谷中央警察署です。
このままいけば、5分もせずに、警察署。
「走り切れるかな……」と思いました。
死ぬ気になって走りました。
その間のコール音が、異常に長く
感じました。
「不動さん、早く出て、早く!!」と
必死に心の中で願いました。
やっと、コール音が切れ、
「ヤギヌマさん?不動です。
何かありましたか……」と言う声が、
聞こえました。
私は、走りながら、必死に、
叫んでいました!




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登場人物紹介


奥中(おくなか) 真子(まこ)のちに(養子縁組により)(やぎ)(ぬま) 真子のちに(結婚により)栄真子




 本書の主人公。小学校3年生のあの日 、学校のクラスメートや上級生、下級生の見ている前で、屈辱的な体験をしてしまう。その後不登校に。その記憶に苛まれながら過ごすことになる。青春時代は、母の想像を絶する黒歴史、苦悩を引継いでしまうことなる、悲しみ多き女性である。





(あし)() みどり



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメートであり、大親友。



しかし、小学校3年生のあの日 、学校の廊下を走る真子の足止めをし、真子が屈辱的な体験を味わうきっかけをつくってしまう。



その後、真子との関係は断絶する。










(よし)(とき)



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメート。葦田みどりの幼馴染。



小学校3年生のあの日 、学校の廊下で真子に屈辱的な体験をさせる張本人。











奥中(おくなか) 峯子(みねこ)



本書の主人公、真子の母。スーパーや郵便局で働きながら、女手ひとつで真子を育てる。誰にも言えない悲しみと痛みの歴史がある。








雪子(ゆきこ)



本書の主人公、真子の大伯母であり、真子の母奥中峯子の伯母。


愛媛県松山市在住。







銀髪で左目に眼帯をした男



本書の主人公、真子が学校の廊下で屈辱的な体験をするあの日 、真子たちの



住む町で交通事故死した身元不明の謎の男性。



所持品は腕時計、小銭、数枚の写真。










定美(さだみ)(通称『サダミン』)



本書の主人公、真子が初めて就職したスーパーの先輩。



優しく、世話好き。



だが、真子は「ウザ」と言うあだ名をつける。









不動刑事



本書の主人公、真子が身の危険を感じ、警察署に駆け込んだ際に、対応してくれた女刑事。



正義感に溢れ、真面目で、これと決めたら周囲を気にせず駆け抜けるタイプである。



あだ名は、『不動産』。警視庁阿佐ヶ谷中央警察署生活安全課巡査部長。
















平戸



本書の主人公、真子につきまとう男。



また、真子の母の人生にも大きく関わっていた。






愛川のり子



子役モデル出身の国民的大女優。



〔あいのん〕の愛称で、幅広い世代から人気。



映画、テレビ、雑誌などで大活躍中。







石出(いしで) 生男(いくお)



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメートであり、幼馴染。小学校3年生のあの日 、真子を裏切る。




(やぎ)(ぬま) 真子のちに(結婚により)(さかえ) 真子



 本書の主人公。旧姓は、奥中。



小学校3年生の時、学校中の見ている前で屈辱的体験をし、不登校に。



その後は、まさに人生は転落、夜の世界へと流れていく。



だが、22歳の時小学時代の同級生二人と再会し、和解。回復への一歩を歩みだす。

(さかえ)(よし)(とき)



本書の主人公、真子が小学校3年生の時、屈辱的体験をさせた張本人。



そして、真子が22歳の時、男に追われているところを助けた人物でもある。



その後、真子の人生に大きく関わり、味方、何より人生の伴侶となる。

柳沼雪子



本書の主人公、真子の大伯母。養子縁組により、真子の母となる。



夫は眼科医であったが、すでに他界。愛媛県松山市で一人暮らしをする愛の女性である。

定美(さだみ)(通称・『サダミン』)



本書の主人公、真子が大事にしているキーホルダーをプレゼントしてくれた女性。



真子が川崎市を飛び出して来てから長いこと音信不通だったが、思いもしないきっかけで、真子と再会することになる。

不動みどり



本書の主人公、真子が小学校3年生の時、屈辱的体験をするきっかけを作ってしまう。



そして、真子が22歳の時、再会。つきまとい行為を続ける男から真子を助ける。



旧姓は、葦田。警視庁阿佐ヶ谷中央警察署生活安全課・巡査部長。

都和(とわ)



明慈大学理工学部で学んでいた女性。DVによる妊娠、恋人の自殺、大学中退……と、真子のように転落人生を歩みかけるが、寸前を真子に助けられる。

愛川のり子



〔あいのん〕の愛称で、幅広い世代から人気。



映画、テレビ、雑誌、海外でのドラマ出演など活躍の場を広げる国民的大女優である一方、息子の『いじめ報道』に心を痛め、また後悔する母親。



本名は、哀川憲子。

()(おり)



結婚した真子の義姉となる女性。



真子との初対面時は、性格上、真子を嫌っていたが、



後には、真子と大の仲良し、何でも言い合える仲になる。



名家の出身。



 

石出(いしで) 生男(いくお)



本書の主人公、真子を裏切った人物。



真子が小学時代の同級生二人と再会し、和解した夜に自殺。



第二巻では、彼の娘の名前が明かされる。

新名 志与


旧姓、長谷島。

第一章では、主人公に、『しーちゃん』と呼ばれている。

夜の世界で働いていた真子にとって、唯一の親友と

呼べる存在、姉的存在だった…。


ある出来事をきっかけに、真子と再会する(第二章)


小羽


 真子の中学生時代(奈良校)の同級生だったが…。


第二章で登場する時には、医療従事者になっている。

居村


 義時と真子が結婚式を挙げるホテルの担当者。

ブライダル事業部所属、入社3年目の若手。

 

真子曰く、未婚、彼氏募集中。

不動刑事


主人公の親友である不動みどりの夫。


石出生男の自殺現場に出動した刑事課員の1人。



最愛の妻、同じ署に勤務する警官のみどりが、

自分に隠れ、長年自宅に『クスリ』を保管、しかも、

所持だけではなく、使用していた事実を知った

彼は……。

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