第十四章 ㉑
文字数 3,496文字
バックミラー越しにチラッと見て、定美は
説明することにした。
「あのね、お父さんと十文字さんは、
中学生時代からの親友なの。
私たちの結婚式に、十文字さんが来て
くれたし、私たちも十文字さんご夫妻の
結婚式に招待してもらったわ」と。
義時は、そう言えば……と、思い出す。
今までに、何度か、父と母の口から
『十文字』と言う名前を聞いたことが
ある……。
その後は、みんな黙って、義牧と十文字の
会話-もちろん十文字総支配人の声は
ほとんど聞こえないけど-を集中して
聞いていた。
定美も義時も真子も、瞬きすることさえ
忘れて、真剣に……。
真子は、自分の鼓動の音が、聞こえた。
この電話で、式場が、しかも最高の式場が、
決まるかもしれない……!
義時は、「これ、イケるな」と途中から
思っていた。そして、ある時点で、確信に
変わった。
その直後だった。
義牧が、一度、耳から携帯を離した。
そして、3人に聞こえるように言う。
「ちょっと部下に確認するから待ってろ
だって」。
3人が、無言で、頷いた。
「何とか空いていて、6月24日!!」と、
真子は、必死に、心の中で、願った。
しばらくして、向こうが話し出したよう
だった。
義牧が、また、うんうんと、反応する。
向こうが、どう言っているかは聞こえない。
でも、良い感じだ。
義牧の声も大きなる。
「そう、6月の24日だ!」。
「そうそう、やっと、次男もなんだよ!」。
そして、義牧が、大きな声で言う…。
「あぁ。そうそう、6月24の土曜日!
うん?いや、こっちの取引先とか組合関係
やら法人会関係も呼ばんといけんから、
披露宴会場はかなり大きめじゃないとな。
大丈夫か?
…………あぁ、良かった、それなら安心だ!
じゃあ、そういう事で、よろしく!」。
真子は、思わず、ガッツポーズしてしまった、
車内で……。
アッと思ったが、もう遅い。
でも、隣の義時は、両腕で、ガッツポーズ
していた!
義時と真子は、義牧を見つめた。
まだ、電話をしている。
「うん。わかった。
すぐに、そっち、行かせる……。
あっ?まず電話な……。うんうん。
イムラさんな。分かった。
本当、何から何まですまんな……。
ありがとう。じゃ、またな」
そして、電話を切った。
義牧の顔がパッと赤くなる。
そして、3人に、言う。
「決まったぞ!
取り敢えずは、今は、仮予約だが、
ちゃんと、6月24日でな!!」。
3人は、車内であることも忘れて、
騒いだ。
義時と真子は、ハイタッチした!
定美も、叫んでいる!
そんな3人に、やや冷静な義牧が、
言った。
「何だ、3人とも。
落ち着きなさい!
まだ、式場とかを仮予約できただけだぞ。
これからが、忙しくなるんだぞ!」と。
定美が、「そうですね、本当、そうですね。
でも、お父さん、ありがとうございます。
今回は、大活躍でしたね。
神様と、お父さんに感謝です!
あぁ、今日も素晴らしい一日だわ!!」と
答える。
義牧も、嬉しそうだ。
「そうだなぁ。神様のお恵みだな」と
言いながら、携帯をしまう。
後部座席から、義時も、真子も、義牧に
お礼を言う。
義時も真子も、何度お礼を伝えても足りない
くらいに思えた。
実際、義牧は、2人にとって、
『ヒーロー』になってくれた。
1時間もかけずに、式場と披露宴会場を
確保してくれたのだ!
しかも、半年後の!!
それも、立地も環境も知名度も最高の
式場と披露宴会場を。
3人の興奮で車内の温度が数度上がった
ように、義牧は思った。
それで、3人を、なだめて言う。
「あー、みんな、落ち着くんだ。
これからだぞ、本番は!
とにかく、あとで、担当の人に電話かけて、
二人で、近いうちに、行って来なさい。
……ホテルの電話番号は、あとで調べれ
るな?
で、十文字が、ブライダル事業部の
イムラと言う女性に話をつけておいて
くれるそうだ。
だから、ホテルに電話して、イムラと言う
人につなげてもらうんだぞ」。
義時と真子は、同時に頷き、
子どものような声で、「ハイ!」と答えた。
難しい問題がスイスイとクリアされていく!
「スゴイなぁ」と思っている真子の前で、
義牧と定美が喋っている。
「おい、母さん。十文字が、色々と、
ブライダルの人間や宴会部の人間に、
話を回してくれるそうだ。
多分、十文字のことだから料金もかなり
優待してくれるだろうな。
だから、式の前に、そうだな……、
来月あたり、十文字と奥さんを食事に
招待せんとなぁ」。
「そうですね。じゃあ、お父さん、明日
にでも、十文字さんに電話して、予定を
訊いてくださいね」。
なんか、自分とは生きる世界が違う人達
のように、思える。
「もしかして、私の想像以上に、偉い
人たちなんじゃない?!」と思う、真子
だった。
その証拠が、自分たち2人が事前に候補
にあげていた2,3の式場とは、格が天と
地の差の、あの幕張のSDGホテルで、
挙式できるようになったこと……。
しかも、車の中から総支配人に直に電話
して、瞬時に、それが決まったこと。
自分たち2人だけで動いていたら、
こんなにスゴイこと、絶対にあり得ない!
しかも、SDGホテルで式を挙げるなんて、
夢のまた夢……。
なんか、真子は、本当に、夢を見ている
かのような気分だった。
で、車は、あっという間に、目的の駅前に
到着した。
そこで、真子と義時は、栄夫妻と別れた。
別れ際、定美が、真子に、「真子さん!
今日帰ったら、本を読んでみてね」と
言う。
真子は、
「はい!ありがとうございます!!」と
答えた。
この日は、義牧にとっても、
定美にとっても、義時と真子にとっても、
感極まる一日だった……。
一時期一緒に働いていた、
〔さだみん〕-定美-と真子の再会の日と
なった。
そして、何より、義時と真子の結婚が、
認められた!
それだけでなく、2人の式場が、決まる
日となった!!
4人とも、その日、幸せに浸りながら帰宅
した。
その夜……。
真子は、半年後には義母になる定美から
プレゼントされた本を開いた。
【Bibleと100人】という本だった。
世界の偉人、有名人が、聖書を読んで、
学んだことや教えられたこと、彼らが、
クリスチャンとして歩んだ日々の事など
が感動的に綴られていた。
読み進めていくうちに、泣けてきた、
なんとなく……。
「この人たちも、明るい日々ばっかり
だったわけじゃないんだなぁ。
苦しい時があって、そんな時、神様に
助けられてきたんだなぁ」。
ぼんやりだけど、松山時代のことを思い
出す。
あの頃、聖書を読んでいたっけ……。
真子は、思った。「明日、本屋さんに
行って、買ってこよう」と。
そして、真子は、翌日、神保町へと
向かった。
真子が、神保町でショッピングとランチを
楽しんでいる頃……。
定美は、自宅のある神奈川ではなく、
千葉のいすみ市にいた。
実は、定美は、ずっと考えていたのだ。
式場が決まって、その後、駅で次男達と
別れ、車に乗り、自宅に向かう道すがら。
そして、自宅に着いてからも、考えた。
結論は、出た。
「やっぱり、美織さんと話そう!
ちゃんと、美織さんにも分かって
もらわないといけないわ!!」と。
で、その日のうちに-ちょっと夜分遅くに
なってしまったが-、定美は、電話した。
嫁の美織は、すぐに、出てくれた。
夜遅くだが、嫁の声の後ろからは、
孫たちのはしゃぐ声が、聞こえてくる。
いつもなら、孫たちに替わってもらうけど
今日は、大事な、用件がある。
定美は、常套句の「替わってもらえる
かしら?」を、久しぶりに使わなかった。
それほど、大事なことなのだ。
ちゃんと、嫁に、伝えないといけない。
そして、しっかり、理解してもらわないと
いけない。
栄家の家族関係のために!
定美が常套句を言ってこないので、嫁の
美織は驚いた。
「あれ?いつも、言うアレは……」。
だが、姑は、早速用件を伝えて来た。
「明日なんだけど、会えないかしら?
ちょっと、お話したいことがあるん
だけど」……。
そして、定美と美織は、真子が神保町へ
出かける時間帯に、2人で、いすみ市で、
会うことになった。
ちなみに、美織は、「お義母さん。
私が、車で、そちらに行きましょうか?」
と言ったのだが、定美に断られた。
「大丈夫!美織さんも、色々と忙しい
でしょ。私のことで、話があるんだから、
私が行くわ。それに、出歩かないと、
身体も弱るしね」と、言われた。
正直、電話が終わって、椅子に腰かけた
美織は、思った。
「もしかして……。熟年離婚とか、じゃ
ないよね?」。
一方、嫁に大変な誤解をされている定美は、
ちょっとウキウキしていた。
久しぶりに、いすみ市に行ける。
そうなのよ!美織さんが、こっちに来る
ってことになっちゃうと、あの子たちに
会えないわ……。
多分、美織さんの実家に、あずかって
もらうことになるのだろうし……。
(著作権は、篠原元にあります)