第九章 ⑮
文字数 3,593文字
認識していました。だから、店長や
男性スタッフ達にも、今思えば、失礼な
態度が多かったのです。
そう、他の子が、バレンタインに
オーナーや店長、スタッフに、
「これ、どうぞ」とか「食べてください~」
と言って、チョコを配っているのを、
私は冷ややかな目で見ているだけの、人間
でした。
ある女の子に、「あれ?あげないの?」と
訊かれた来た時には、「何であげる必要
あんの、逆に?安い給料しかもらってない
のに、よくやるね、みんな…」と答えて
しまっていたのです。
そういうのが、オーナーたちの耳に届いて
いたと考えるべきでしょう。
態度も悪い、それに、オーナーの
お気に入り嬢とぶつかった、しかも、現に
トラブルを引き起こしかけている私……。
そんな女のために店長が本腰を上げな
かった正当性も今なら分かります。
仮に、他の女の子が私と同じ立場になって
いたら、店長も早急に動いていたはず。
そうですね。
店長にしたら、「その平戸とか言う男を
使って、この際、こいつを厄介払いしよう」
と思ったのかもしれませんね。
でも、当時の私には、店長やスタッフ
の態度が解せなかった。
理解できなかった。
とにかく私は、
「まぁ、とりあえず、お店の中にいれば
安全よね。後のことは、また家で、
ゆっくり考えよう。
どうせ、こいつらは、頼りにならないん
だから……」と考えて、その日は、
働きました。
仕事を終え、車でマンションまで送って
もらい、私は、しっかりと戸締りを
確認して、横になりました。
そして、今後どうするかを考えて
みました。
平戸は普通ではなかった。
その平戸に、私は手を出してしまった、
もちろん、変な意味ではないけど……。
で、平戸はすでにストーカー化した。
現に、携帯に届くメールの数、半端ない。
私は認めざるを得ませんでした。
油断、おごりがあったことを……。
そして、同時に、クソの平戸への個人的
感情ゆえに、本来の私なら冷静に下せる
判断が下せていなかったんだと、認識
しました。
そうです。冷静な判断が出来ていたなら、
あそこまで泥沼化する前に、平戸から
身を引くなりしていたはずなのです、
当時の本来の私ならば……。
また、思いました。
平戸がこんな状態なのに、店長も野郎共も
何もしてくれない……。
「この店は、ダメだ」。
もちろん、今思えば、ダメにしたのは、
ただ私の態度、私の悪い性格なのです。
が、当時は、そうは思いませんでした。
ただ、悪いのは、お店側、つまりオーナー
や店長、それからスタッフ達だと、
決めつけました。
私は思いました。
「店長もマネージャーも他のも、
みんな助けてくれないな。
あの店って、結局、使い捨てのクソ店
だったんだ」
そして、私は考えました。
お店を辞めて、このマンションも
引き払って、どっか遠くに行くか……。
もしくは、まず、警察に行くか……。
どっちかだなと、思いました。
部屋は真っ暗です。
時計の針の音だけ、チクチク聞こえて
きます。
色々考えている中で、私の脳裏には、
フッと、あの長谷島志与の顔が、浮かび
ました。
「しーちゃんが、いてくれれば……」と
口から出ていました、自然と。
しーちゃんに、会いたくなりました。
彼女に会えば、彼女なら、味方になって
くれる気がしてきました。
優しくて、私のことを本当に愛してくれて
いて、私のためならどんなことでも
惜しまずにしてくれた友。
なのに、私が一方的に、関係を切って
しまった。
今さら、連絡なんてできません……。
私は、深くため息をつきました。
「しーちゃんの前から去ろうとしたのが、
そもそもの間違いだった」と
実感しました。
涙が溢れ流れて来ます。
あのまま、しーちゃんと一緒にいたら、
こんなことになんかならなかったんだと、
痛感します。
本当に、しーちゃんから離れては
いけなかった……、そのことを強く感じ
ました。
次に、雪子おばさんの顔も浮かびました。
「雪子おばさんに連絡してみようか」と
一瞬思いました。
でも、すぐにその思いは打ち消しました。
あり得ないことです!
雪子おばさんには、絶対に相談なんて
出来ません!
心配のかけ通しで、しかも、
雪子おばさんの意に反する仕事を続て
いるが故の、この事態です。
どの面下げて、電話が出来るでしょう?
それに、こんな私でしたが、
雪子おばさんは、大切な大切な、この
地上にいる唯一の身寄り、血縁者。
雪子おばさんには、これ以上、迷惑を
かけたくなかった。
もう、心配をかけたくなかった。
「四面楚歌だな」と思いました。
店長も他のスタッフも私を助けては
くれない感じ。
そして、信頼できる相談相手は全然いない。
相談すれば、絶対助けてくれる
雪子おばさんはいるけど、絶対に相談
なんて出来ない、その勇気もない!
とうとう私は一睡も出来ぬまま、
いつもの時間を迎えました。
もう起きて、お店へ行く用意をしないと
いけません。
軽く食事もとらないといけません。
でも、食欲はありませんでした。
電源を切っておいた携帯をチェックして
みると、有るわ有る、クソ野郎平戸
からのメール。
かなりエスカレートして、イヤらしい
内容のものも複数含まれていました。
私は、決心しました。
「平戸のことは、お店に関連してのこと
なんだから、やっぱり、お店に何とか
してもらうのが筋だわ!
ちゃんと、店長と、もう一度話そう。
それでも、あっちが何にもしてくれな
そうだったら、こっちから辞めてやる!」
と。
そして、私は、その日も、タクシーを
呼んで、タクシーでお店に向かいました。
タクシーの運転手さんに、お店の住所を
告げて、私は目をつぶります。
この後の店長たちの態度次第では、
また『職なし、無職女』になるのです。
貯金はありましたが、また仕事を探す
のが、億劫でした。
「普通の仕事を探してみようかな?
事務職とか……。
でも、無理か……。
私の学歴や職歴を見られたら、一発で
アウトだよね……」とも思います。
そんなことを色々考えていました。
しばらく経って、
「お客さん。この辺りで良いのかな?」
と言う、中年の運転手さんの声で、
私はハッとして、目を開きました。
確かに、あともう少しでお店でした。
でも、私は一瞬見てしまったのです!
いいえ、目が合ってしまったのです!
お店の方に歩いて行く、変態野郎平戸
と、です。
そう、私はタクシーの中から外を見た
のです。
そして、たまたま、タクシーのすぐそば
を歩く平戸がこっちを向いた。
次の瞬間、本当に、あの『男』と私の目
が合ってしまったのです。
スローモーションのような感じでした、
あの時間は、おそらく2,3秒だった
はずですが。
でも、ハッキリと見えました!!!
あいつの異常なほど大きく見開かれた目!
血走った両目……。
私は、すぐに大きな声で、言いました。
「運転手さんッ!!
もっと、スピード出してください!!
急いで、真っすぐ行って、新宿の方に、
向かってください!」。
運転手さんは驚いて、
「えっ?お客さん、ここらでなくて、
新宿に行くの?それで良いの?」と
言いましたが、私の言う通り、急加速して
くれました。
私は、運転手さんにもう一度、
「そう!新宿方面に、急いでッ!」と
叫びました。
車内から、後ろを振り向きました。
平戸の野郎が何かわめきながら、
私の乗るタクシーを追いかけてくるよう
でしが、タクシーは加速していますし、
人間が走ったところで、タクシーに
追いつけるわけありません。
私は、ホッとしました。
でも、ホッとなんてしていられません!
すぐに、お店に、電話をかけました。
店長が、すぐに出ました。
私は、一気にまくし立てました。
「店長!?私です!!
昨日話した、平戸っていう奴ですけど、
さっきもお店の近くにいました!
もう怖くて、私、タクシー降りずに、
そのまま通り過ぎてもらって、今、
タクシーの中から電話してるんです。
何とかしてくれませんか!?
お店の客だった『男』なんだから、
今すぐ何か手を打ってください!」と。
必死に伝えました。
でも、店長から返って来た返事は、
冷たくやる気のないものでした。
「あのねぇ。君が変なことしちゃったん
じゃないのぉ?第一さ、そこそこ稼げる
からって、こっちが何度言っても
アフターとか同伴とかしなかったくせに、
急にあの男には、尻尾振り出してさぁ、
それで、このザマでしょぉ?
正直、前々から君の態度は、どうかなぁ
って思っててさ……。
とにかくね、こっちは何も出来ないし、
するつもりはないよ、君のためにはね。
自分で始末してね、ちゃんと。
うん、謝るなり、誠意をもって話す
なり……」
私は、通話を切りました!
「もう良いですッ!自分で、何とか
しますから!!」と怒鳴って。
もう、店長は何もしてくれないと、
ハッキリ分かったのです。
一呼吸ついて、すぐに、お店に
電話しました。
店長の最高にけだるそうな声が、
私の耳に入ってきます。
「はぁい?」と。
私は、一気に伝えました。
「私です、今日かぎりで、辞めます!!
それだけですッ!」。
そして、最後の電話を切りました。
(著作権は、篠原元にあります)