第九章 ⑥
文字数 3,833文字
のことでした。
実を言えば、このお店で、私は色々な
『技』を習得し、うまく『男』を
あしらえるようになったのです。
そして、あのお店が、一番長く続いた
お店でもありました。
一年以上は、いましたから……。
それは、全部、彼女のおかげです。
振り返ると、あの一年と数か月は、
『夜の世界』に数年間身を置いていた
私にとって、変な言い方ですが
一番楽しい時期、でした。
彼女は……、最初から、私に親切に
してくれました。
キャバクラでの第一日に私は、
今思い出しても赤面の大ミスをして
しまうのですが、彼女がそのミスを
何も言わずに、かぶってくれたのです。
それで、彼女が叱られてくれた、
お客さんと店長から…。
あの時から、彼女と私の心は、
結ばれたのです。
彼女といると、本当に苦しみが半減する
ような感じさえしました。
そして、彼女のおかげで、私は色々な
意味で強くなれたのです。
彼女がいなかったら、完全に『男』共に
やりこまれていたかもしれません、
あの頃の私なら……。
でも、彼女のおかげで、私は初心を
貫き通し、『男』から巨額を奪える、
かすめ取れるようになって行くのです。
ココだけの話、彼女から、
【とっておきの男殺しのノウハウ♡】を
伝授してもらいました。
だから、そのあとの池袋のお店も、
千住のお店も、長くは続きませんでしたが、
人気嬢№3には、すぐになれました。
あっ、彼女、彼女と言っていますが、
名前は、長谷島志与―はせじま しよ―
ちゃんです。
新宿のお店で、『不動の一番人気嬢』の、
広島県出身の女の子でした。
西洋のお姫様みたいな顔つきを
している彼女は、私より2歳上でした。
そうですね、文学好きでした。
暇さえあれば、小説を読んでいました。
とくに、三浦綾子さんの作品が
大好きで、仲良くなると、小説を何冊も
貸してくれるようになりました。
よく、「泥流地帯の拓一って、
スゴイ男性なの!拓一みたいな、
男の人に会いたいなぁ!」とか
「雪のアルバムって、三浦文学の中で、
最高の作品だわ!」とか
「細川ガラシャ夫人の上下巻は、
絶対読みな」とか、教えてくれたのを
思い出します。
彼女の優しさ、親切、ちょっとした
一声が、当初から私を助けてくれ
ました。
徐々に徐々に、私たちは親密になり、
自他ともに認める、恋人のような、
大親友になるのです。
思い出します。
彼女が、キッパリと言ってくれたので、
私は性被害を免れたこともあります。
それから、彼女が一喝してくれた
おかげで、私が、『悪いクスリ』に
手を出さずに済んだ日もありました。
あと一歩で、ある男に、大金を
騙し取られそうになった時も、彼女の
体を張った一言が、私を助けて
くれました。
私にとって、彼女は、親友と言うより、
尊敬する人、目標となる人、また、
命の恩人でした、大袈裟でなくて……。
長身で美人。
スタイル抜群の志与ちゃん。
一緒に街中を歩いていて、同性と
すれ違っただけでも、その同性の女性が
振り返ってくる…、そんなことが何度も
あったほどの容姿でした、いえ、です。
それに、そつなく、どんなお客さんにも
対応でき、話も上手-広島弁訛りの-、
何より笑わせるのが大の得意の彼女、
大人気で、当然です。
でも、いいえ、だからこそ、お店の
女の子たちの大部分は、彼女を嫌って
いました。
彼女は、どちらかと言うと、孤立して
いました。
そんなところに、私が入ったと、言う
のもあります。
志与ちゃんは、名前にひっかけられて、
よく「アタシたちには、塩対応。
客たちには、媚びまくる……。
シヨじゃなくて、塩だ。
塩子だ!!」と言われ、バカにされて
ました。
皆、志与ちゃんがいると分かっていて、
いいえ、分かっているからこそ、
わざと「塩子!!」、「塩子ってさ~」
と連発するのです、しかも、わざと、
志与ちゃんに聞こえるような声で。
他にも、ここでは、絶対に言えない
ようなことを女の子たちは、平気で、
言っていました。
つまり、志与ちゃんに関する誹謗、
あることないことをです。
しかし、「塩子!」、「塩子、うっざ!」
と連発されている中でも、志与ちゃんは、
まるで聞こえていないかのように、
強く、堂々と振舞っていました。
泣き出すこともなければ、部屋から
逃げ出すこともなかった……。
今思えば、そんな彼女の態度が、逆に、
女の子たちの癪に障り、さらに、
『いじめ』をエスカレートさせて
いったのでしょうね。
さて、彼女は強いだけの子では、
ありませんでした。
それを、仲良くなって、知りました。
お店では、キリッとしていて、弱さを
絶対に見せない彼女。
だけど、私と2人きりの時は、
甘えん坊の妹みたいな感じでした。
年下の私に、駄々をこねることも、
あるほどでした。
「こんな志与ちゃんを、見せて
あげたら皆ビックリするだろうなぁ」と
内心思いました。
そして、私は、彼女の『裏の顔』を知る
ことになるのです……!
いえ、『裏の顔』と言うよりは、
彼女の『素顔』ですね。
実は、いつも、暇さえあれば本を
読んでいる文学女子の志与ちゃんは、
なんと、大のラーメン好き、強いて
言えば、『ラーメンマニア』だったの
です!
私以外のお店の女の子は、絶対に
知らなかったはずですが、彼女の
ルイヴィトンのバックの中には、
いつでも、全国の繁盛ラーメン店が
載っているガイドが入っていた程です!
私と二人だけの時、志与ちゃんが、
「ここも、ここも、この店にも、行った
ことあるよ」とか「この店は、昔は、
美味しかったけど、今は全くダメだよ。
おすすめしない!」とか
「ここのラーメンを食べるためだけに、
お休みもらってさ、電車に乗って、
朝から並んだんだよ!」と、
雑誌をめくりながら自慢していたのを、
まさに昨日のことのように思い出します。
お店が、休みの日には、私と彼女は、
朝早くに、どっちかのマンションに
集合して、支度をして、『出かけ』
ました。
支度と言うのは、『お泊り』する支度です。
その日は、夜遅くまで二人で出歩いて、
夜遅く帰って来て、そのままどっちかの
マンションに泊まって、翌日二人で、
出勤することにしていたのです。
えっと、夜遅くまで、若い女二人が、
どこに出かけるか、ですか?
決まっています。
『ラーメン屋巡り』と文学女子の
志与ちゃん行きつけの『古本屋さん巡り』
です。
そんな日は、朝食は抜いて、お昼は、
ラーメンです。
志与ちゃんが、私のためにピックアップ
してくれた、お店でまず一杯です。
そして、ビールを出してくれるお店なら、
お昼から、若い女子二人で乾杯です。
そして、ラーメン屋を出たら、
『古本屋巡り』ですが、時には、大きな
一般書店に入ることもありました。
私と彼女のお目当ては、漫画やラーメン
の本。
どっちかが買って、相手にも貸してあげる
のです。
夕方近くまで、『古本屋巡り』や町歩き
を楽しんでいると、やっぱり、お腹が
減ってきます。
そして、どうすると思いますか?
近くの居酒屋やお洒落なレストランに
入る……?
って選択肢は、絶対にありません、
私たち二人にとって!!
その日二店目のラーメン屋さんで、
しめるわけです!
そう、休日は、ラーメン2杯、そして、
どっちかの家に泊まる……。
そんな楽しいイベントの日でした!
最初の頃、ラーメンなんて、醤油味か
塩味か味噌味の違いでしょと、考えて
いた私ですが、志与ちゃんと一緒に
行動し、食べ歩く中で、どんどん
『ラーメンの深み』を知り、
ラーメンの虜になっていくわけです。
今、私は自他ともに認めるラーメン好き
ですが、それは志与ちゃんのせいです!
私が、体に悪いとは分かっていても、
味噌ラーメンの味濃い目で、しかも、
こってりで、背脂多めの一杯が大々好き
なのは、全部、志与ちゃんと一緒に、
食べ歩いていたからで、彼女の好みが、
私の好みになってしまったからなのです!
しーちゃん。
あっ、私は、志与ちゃんを、
ある時期からこう呼んでいまいたが、
本当に、しーちゃんは、ラーメンを
食べている時が、最高に幸せそうでした。
実際、「あぁ~。ラーメン食ってる時が、
一番幸せかな?いや、小説の世界に、
浸ってる時かなぁ?うん、どっちもだ!」
と言っていました。
そして、大盛のラーメンを汗を流しながら
食べるのです!
そう、そうです。
しーちゃんは、いつも大盛で食べてました。
しかも、トッピングもたっぷりして……。
「なんで、こんなに食べてんのに、
太らないの?こんな大食いで、この
スタイルって何!?」と不思議&嫉妬した
のを思い出します。
そんなスタイル抜群、超美人の
しーちゃんが、額の汗をぬぐって、
グイッとジョッキのビールを飲むんです。
「しーちゃん、お店の時と全然違う!
オッサンみたい!」と思ったのが、
昨日のことのようです。
しーちゃんも大変だったんだと、
今では分かります。
お店の№1人気嬢と言うことで、
他の年上の女の子たちから妬まれて
いたのですから。
私の次に、いや、次の次くらいに、
彼女はそのお店の中で、若かった。
だから、尚更です。
周囲の視線のキツさ、容赦ない悪口……。
「あの子は、暴走族総長の女だから、
気をつけてネ。目をつけられたら、
何をされるか分からないよ」とか、
「前科2犯の凶悪女。クスリ、傷害、
恐喝、その他、悪いことなら何でも、
手をつけた女だから、あんた、
取り込まれないようにしなね」とか、
「騙されない方が良いわよ……。
あいつ、ヤクザの親分のコレだから。
ちょっと怒ったら、何することか……。
前にね、気に入らない女を、チンピラに
レイプさせたらしいしねぇ」と、
同僚の女の子たちから聞かされたこと
だってあります……。
(著作権は、篠原元にあります)