第九章 ⑨
文字数 3,190文字
とではなく、同性の私との旅行だったのに、
部屋の中でもガードがきつくて、私が
見ている前では、絶対に下着姿すら見せて
くれませんでした。
だから、裸なんてもってのほかです!
最初にお風呂に入り、洗面所から出てくる
彼女は、4日間とも、ピンクのパジャマ姿
でした。
確か、初日の夜に、「じゃぁ、遠慮なく、
最初に入らせてもらうね~」と言いながら、
パジャマとかも手に洗面所に入って行く
時点で「うん?」と思ったのです。
私は、そんなこと考えもしませんでした
から。
同性のしーちゃんなんだから、下着姿で
洗面所から出ても大丈夫かなぁ、
こっちで服を着れば……と、
思っていたのです。
でも、しーちゃんがパジャマ姿で、
出てきたので、そうもいかなくなりました。
2日目の時に、「あっ!」と気づきました。
そう言えば、私のマンションに、
しーちゃんが泊まる時も、しーちゃんの
マンションに私が泊めてもらう時も、
しーちゃんは一度も私に下着姿を見せた
ことはなかったのです。
私が普段通りに、下着姿で洗面所から
出て行くと、「おぉ。マコッち、
大胆だねぇ!」としーちゃんが、
笑いながら言っていたのを思い出し
ました、その時。
「あれは、ひやかしとかじゃなく、
本心だったんだ。
しーちゃん、恥ずかしがりや。」と
思いました。
私の普通は、しーちゃんの普通では
ないんだと、この時、理解しました。
「今後気をつけよ。
しーちゃんのとこに行っても、
しーちゃんが来ても、ちゃんと服を着て、
洗面所から出ないとだなぁ」と思いました。
話を戻して……。
シャワーを浴びながら、しーちゃんに
ついて、そんなことあんなことを考えて
いる自分にハッとした私は、
恥ずかしくなって、勢いよくバスタブに
飛び込みました。
でも、また、「このバスタブに、
さっきまで、しーちゃんも浸ってたんだ。
こんな感じで浸ってたのかな?
あんな感じかなぁ?」と考えてしまって
たのが正直なところです……。
そんなバスタイムを終えて、
しーちゃんに合わせて、メイクもちゃんと
やって、いつも下着姿でお風呂上りに
家中を歩いていた私ですが、しーちゃんが
いるから、ちゃんとバスローブを着て、
洗面所を出ようとしました。
あっ。ここにも女子力がありますね。
しーちゃんは、ちゃんとお気に入りの
可愛らしい薄ピンクのパジャマを持参で、
北海道に来ていました。
私は、何も考えずに、パジャマなんて
持って来ていなかったのです。
正直言って、一人暮らしを始めてからは、
パジャマで寝る習慣はなくなっていた
んです、私は。
普段は、下着姿でそのまま寝入って
しまう……。
暑い夏なんかは、ほぼ全裸で寝るのが、
当たり前。
絶対に、しーちゃんは、そんなことは
していなかったことでしょうけどね……。
そう、しーちゃんなら、夏は夏専用の
パジャマ、冬には冬専用のパジャマが
あったはずです!
とりあえず、そうです、話を戻しますね。
私は、洗面所を出る前に、もう一度、顔を
チェックしました。
「顔、赤くなってないかな。
しーちゃんのこと考えすぎてて、
赤くなってるかも」と思ったのです。
でも、大丈夫でした。
ホッとして、私は洗面所を出ました。
しーちゃんは、ベッドに横になりながら、
本を読んでいました。
「さすが、しーちゃんだな」と思いました。
私が自分のベッドに腰かけると、
しーちゃんが「あっ。出たんだ、マコッち。
いやぁ、三浦綾子ゆかりの地を廻って、
そして、北海道で、読む三浦綾子文学は、
本当に最高だよ」と言いながら、
顔を上げました。
いかにも最高に嬉しそうな顔!
やっぱり、本が好きなしーちゃんです。
私もベッドに横になりました。
しーちゃんは本を読んでいますが、
私は疲れていたので、ただぼんやりとして
いました。
天井をじーっと眺めるだけ…。
しーちゃんと同じ部屋で、二人だけの時間
を過ごしている……、幸せを噛みしめて
いました。
急に、しーちゃんが声をかけてきたのです。
「ねぇ、マコッち。小さい頃の話を
しようよ。
お互いにさ、子どもの頃のことを話すの」。
しーちゃんの子どもの頃の話が聞きたかった
ので、私はすぐに起き上がって、
「うん!いいね。面白そう」と答えました。
二人でじゃんけんをして、まず、
しーちゃんから話し出すことになりました。
最初の方は、前に聞いたことのある
内容でした。
つまり、しーちゃんが、小学校に上がる
前に両親が離婚してしまい、
しーちゃんは、千葉県のおばあちゃんの家
に引き取られます。
それで、ここからは、私も知らなかった
ことですが、しーちゃん曰く
「うちのお父さんさ、仕事人間でさ……。
家のことも私たち家族のことも放って
会社、会社、仕事、仕事でね。
それで、お母さんが嫌気がさして、
他に男作って、出て行っちゃたの」。
そして、両親は離婚。
しーちゃんは、父方の祖母に引き取られ、
おばあちゃんに育てられることになる
のですが、お母さんとは、お母さんが、
家を出て行ったきり1度も会ってない
そうです。
お父さんも、しーちゃんを自分の母に
預けると、さらに『仕事人間』になり、
月に2度会えていたのが、月に1度に
なり、そして、年に2、3回になり、
そして、全然会いに来てくれなくなった
のです、遂に……。
そして、極めつけに、しーちゃんが、
小学2年生の冬に、お父さんは同僚の女性と
再婚。
今では、その女性との間に二人の女の子が
いて、家庭を築いている……。
聞いていて、もう、
「やめて!しーちゃん、もういいよ!
しゃべらないで……」と叫びたくなるほど、
可哀想な人生でした。
私が、泣きたくなってしまうほどでしたね。
自分の小さい頃の悲しい歴史を一気に語り、
しーちゃんは、こう言いました。
「私さ、両親二人から捨てたられたでしょ。
だから、親になる自信がないんだよね。
って言うか、親にはなれないと思う。
私が親になったら、私もアイツらみたいに、
子どもを捨てるんじゃないかって……」。
最後まで言えずに、とうとう、
しーちゃんは泣き出してしまいました。
しーちゃんが泣くのを、私は、初めて
見ました。
しばらく、しーちゃんは、シクシクと
泣いていましたが、何度も鼻をかみ、
「ごめんね。何か、こんな感じに
なっちゃってさ。変な感じだね」と、
言いました。
私は、「大丈夫だよ。気にしないで」と
しか答えられませんでした…。
しーちゃんは、深いため息をついて、
そして、それっきり黙り込んでしまい
ました。
どれ位、無言の時間が続いたでしょうか。
しーちゃんは、あの時、何を考えていた
のでしょうか。
私には分かりません。
で、私は必死に、どうしようどうしよう、
と考えていました。
何か言った方が良いのか、それとも、
しーちゃんが再び口を開くまで待つべき
なのか、または、しーちゃんの手を黙って
握ってあげようか……、とか色々と
考えていたのです。
ですが、私が口を開く前に、また、
私が動く前に、しーちゃんの方が、
口を開いてくれたのです。
もう、いつもの声でした。
私は、ホッとしました。
「ゴメンね。マコッち。
小学校の頃の話をさせてよ」と、
しーちゃんは言いました。
そして、続けて、「私さ、おばあちゃんの
家の近くの小学校に通ったんだけどさ、
小5の時にね、スゴイ事件が学校の中で、
起こったんだよね!
下級生の女の子がさ、男子に追いかけ
まわされてさ、で、ヤバいことに、
なちゃってね」と言ったのです。
私は、思わず声が出そうになるのを、
必死に抑えました!
「もしかして、その女の子って……」
と思いました。
体が震えました。
でもすぐに、「いやいやあり得ないわ。
そんなこと!!」と心の中で打ち消し
ました。
打ち消したかった!!!
このあとに、恐るべきストーリー展開が
しーちゃんから、繰り広げられる可能性を
私は全力で否定しました、必死に!!
でもその後、しーちゃんの口から出て来た
のは、まさに、あの小3の時に、この私に
降りかかったあの忌まわしい事件のこと、
だったのです……!!
(著作権は、篠原元にあります)