第四章 ⑧
文字数 3,103文字
ジャグジーや打たせ湯、サウナも
完備。
今までの銭湯時代は、半露天風呂
だったが、空を眺めれる露天風呂!
エステコーナー、食事処もある。
オープン当日は、【会傘の湯】時代
からの古い常連さんや、噂を聞いた
市内、市外の人がいっぱい来てくれた。
銭湯時代もそこそこ繁盛していたが、
常連客は高齢者が多かった。
あまり、若い世代は来なかった。
だが、キレイなスーパー銭湯にして、
当たった!
若いお客さんが、たくさん来るように
なった。
しかも、兄嫁の
「若い女の子をターゲットに
ハワイアンかヨーロピアンにしよう!
そうだ!福島の方にハワイアンが
あるから、千葉のヨーロピアンに
しよう!」と言う、アイデアがまさに
ドンピシャだった。
若い女性客が多く足を運んで
くれるようになっている。
仕事帰りのOLさん達だったり、
高校生グループだったり、
母娘二人で来てくれたりと色々だ。
女子高生たちには、ヨーロピアンの
雰囲気、内装が好評で、噂になって
いるようで、みんな写真を撮り合ったり
している。
先週、兄嫁と二人で感動した。
娘と孫を連れて来てくれた
銭湯時代からの常連のおばあちゃん。
孫が喜び、はしゃいでいた。
おばあちゃんと娘―孫のお母さん―が、
その女の子-孫-を見ながら
幸せそうだった。
おばあちゃんが帰り際、俺と兄嫁に
言ってくれた。
「ありがとうねぇ。こんなに素敵な
スーパー銭湯にしてくれて。
孫が行きたいって、わざわざ、
こっちに来てくれたのよぉ。
女三世代でこうやって出てかけて、
一緒にお風呂入って、一緒にご飯も
食べれて、私は本当に幸せ者よ」
おばあちゃん、娘さん、女の子を
見送りながら、兄嫁がつぶやいた。
「ねぇ。やっぱり、あの人の決断って
正しかったのね。おばあちゃん、本当に
幸せそうだった。
スーパー銭湯にしたからこそ、
あの娘さんとお孫さんも、いすみに
来てくれたのよね。
義時君も私も……、と言うより一番私が
最後まで大反対してたけど、あの人には
何をしても勝てないわねぇ」
同感だった。
そして、兄嫁はこっそり打ち明けてくれた。
初耳だった。
絶対に兄には言えないな。
「ねぇ。うちの売りって、ヨーロピアンと
和の融合でしょ。この雰囲気……。
まぁ、確かに良いわよね。若い子たちが
結構、『千葉に突如出現したヨーロッパ!』
とか『和と洋の調和!』って言って
くれてるもんね。それでね、義時君だけに
言うけどね、あの人が、よくお客さんや
取引先の人たちに『これは妻のアイデア
なんですよ』って言うでしょ。
でもね、違うのよ!!私ね、勝手にどんどん
話を進めるあの人にイライラして
『いっそ、ヨーロッパ風の作りにしたら!』
って言ったの。
『すごくお金もかかるし、これ以上、
借金無理でしょ。あなたでも、出来ない
でしょ。
自分にも出来ないことがあるって、
ちゃんと気づいてよ!!』っていう
圧力をかけようとしてね。だって、
そんなことしようとしたらもっと
お金がかかるでしょう。
もう、かなり銀行さんからいろいろ
言われてるの知ってたからね。
だから、あの人が
『無理だよ。そんなことしたら
いくら金がかかると思ってんだ』と
言うと思ってたの。
そうしたら
『そうでしょ。あなた。お金には
限度があるし、計画にも限度ってものが
あるの。あなた、ちょっと冷静に
今後のこと、子どもたちのこと、
考えてみて』と言って、ねじふせて
やろうってね。
……でもね、あの人ったら、本当に私の
言ったことを真に受けて、やる気に
なっちゃって……。
ブレーキかけたかったのに、まさに
拍車をかけちゃったのよ。
あの時は、一瞬、『空気読めない男!』って
殺意を覚えたわ。
……でも、実際、何事も結果が全てだから、
私の手柄ってことになるのかな?
義時君、これ、あの人には絶対内緒ね!」
そう言いながら義姉は、俺に向かって
手を合わせた。
もちろん、俺だって言えるわけない。
そんな、和とヨーロピアンの融合の場
にも冬は訪れる。
冬に入り、寒い季節……。
最近は、家族連れがどんどん
やってくる。
仕事を終えた父親と家族が
みんなで温まりに来て、そして、
ホカホカになった後は、
食事処で家族団欒の時。
【会傘の庄】は大ヒットだ。
最近は、県外からもお客さんが
やって来る。
俺は、ほぼ毎日出ている。
受付や食事処を担当したり、
色々な裏仕事もある。
俺と兄夫妻の3人では、もう到底
やっていけない。
広さ的にも、お客さんの数的にも。
なので、バイトもかなり雇うことに
なったので、その指導も俺の担当だ。
定休日の日曜日以外、兄夫妻も俺も
ほぼ毎日働いている。
そんな毎日の中での休息、憩いが、
姪と甥との平和な時間であると言える。
二人の無邪気さ、そして駆けまわる姿。
見ていて、幸せだ。
しかし、俺は、姪や甥と外出すると、
いやでも あの日 を思い出し、
あの記憶に苦しむ。
公園で子どもたちがかくれんぼや、
鬼ごっこをしているのを目にすると、
小学生の俺が あの日 奥中を
追いかけまわした姿、
また、奥中が必死に逃げる姿が
見えてくる……。
そして、その小学生時代の俺に
「やめろ!大変なことになるぞっ!!」
と叫びそうになるところで、
ハッとする。
俺は完全には幸せになれない。
いや、それで良いのだと、最近は思う。
なぜなら、奥中から幸せを奪って
しまったのだから。
幸せを感じるが、フッと罪責感や
昔の記憶に苛まれる。
そんな毎日を送っている……。
これは、俺に課せられた宿命。そして、
この宿命からは逃げられない。
いや、逃げてはいけないのだろう。
この宿命を負い続けて、俺は贖罪を
し続けるのだ……。
奥中のことを考えると、そう思う……。
~みどりの物語~
あの日 私は、学校の廊下で、
向こうから走って来た
まこちゃんの左腕を掴んだのです。
そう、まこちゃんの腕を、
掴んでしまったのです。
掴んではいけなかったのです。
私が、まこちゃんの腕を掴んだ直後、
まこちゃんは私の方を向いて、
私を見つめました。
一瞬のことだったと思いますが、
なぜかあの時、涙をうかべていた
まこちゃんの表情を私は忘れることが
できません。
そう、私は、禁断の果実に手を伸ばした
人のように、絶対に手を伸ばしては
いけない時に、まこちゃんに対して
手を伸ばしてしまったのです。
そして、あの日 まこちゃんは
私の知らないうちに帰って
しまいました。
私は、ずっと待っていました。
まこちゃんが戻ってくるのを。
戻って来たら、一番最初に駆け寄って、
手を握って、味方になってあげよう。
バカにするような男子たちから
守ってあげようと。
そう考えていました。
でも、まこちゃんは、教室には戻らずに、
誰にも知られずにヒッソリと学校を
後にしたのです。
そして、まこちゃんは、その後一度も
私たちのクラスに、いえ、学校に
来ることはありませんでした。
……事件の後、担任の先生は教室に
来ませんでした。
別の先生が来て、私たちのクラスを
担当してくれたのですが、
何を勉強したのか私は全く憶えて
いません。
多分、大親友のおもらしの現場を
目の前で目撃してしまった私は
ショックで心そこにあらずの状態
だったのでしょう。
私は、給食を一口も食べれませんでした。
先生に色々言われ、牛乳を一口口に
するのが限界でした。
それ以上は、もう何も口に入れたく
なかった。それほど、ショックでした。
夕方、家でも何も食べたく
ありませんでした。
そして、その夜、私は一睡も
できなかったのです。
狭いベッドであっちに行ったり
こっちに行ったりと、とにかく
寝れないのです。
下の段からは妹たちのかわいい寝息が
聞こえてきました。
でも、私は寝付きません。
まこちゃんが可哀そうで
ならなかったし、
幼馴染の義時を憎たらしく感じ
ていました。
次の日の朝、私は、
いつもより早く学校へ向かいました。
(著作権は、篠原元にあります)