第十四章 ⑲

文字数 3,912文字

年代物のベンツは、栄親子と真子を乗せて
新宿へと走っていた……。


車中で、栄親子と真子は、今後のことを
話した。
結婚式の日程が、半年後の6月24日で
あることについては、義牧も定美も異論
なかった。息子とそのフィアンセの想い
を聞いたら、反対なんかできない…!
全力で応援する、それのみだ。


ハンドルを握りながら、義牧が尋ねた。
「結婚後の新居は、どうすんだ?」
後部座席に座る義時と真子は顔を見合わ
せた。
ちなみに、義牧が、「義時たちは
新宿で降りるんだから、母さんは、最初
から前に座っていてくれ」と言って
くれたので、真子は、義時と一緒に
後部座席に座ることができたのだ。


で、真子も義時も、結婚後は、義時の部屋、
つまり、いすみ市のアパートで暮らす
つもりだった。
2人暮らしには、ちょっと狭いけど、
新婚生活だし、子どもが生れるまでは、
大丈夫だろうと、考えていた。
それに、ちょうど、真子の部屋、
都内のマンションの契約が、
今年に切れる。
しかも、ちょうど良いタイミングの
7月中旬で。
だから、それまでは、最悪、そこに
荷物を置いておくこともできる。
式前までに運び出し作業が全部終われば
それで良し、
仮に、間に合わなくても、7月中旬までに、
自分たちで、往復して、運び出せば
大丈夫。
そう、業者に頼まずに、自分たちで、
引っ越し作業をやろうと、決めていた、
節約のため……。
真子も義時も、真剣に、結婚式に向けて
色々と計画していた。


なので、二人を代表して、義時が答える。
「うん。当分、今の俺の部屋だね」。
真子も隣で、小さく頷いた。


すると義牧が、ハンドルを握ったまま、
後ろを振り向いて、言う。
「あんな部屋で、二人で生活すんのか?
マッチ箱みたいな部屋じゃないかぁ!!」。
義時は、内心苦笑した。
「あんな部屋……か」。
まぁ、両親が暮らす一軒家や兄たちの家に
比べたら、そんな表現になるだろうけど、
真子の前で、「あんな部屋」、
「マッチ箱」とは…。


そんな義時の気持ちに、気づいていない、
義牧が、さらに続ける。
「真子さんの荷物も入るんだぞ。
それに、そのうち、赤ちゃんだって
生まれるんだからな。
あんな部屋じゃ狭すぎる!
少しは、広いところに移れ。
うん、そうだ……。
2丁目の池の横のアパート!
あそこの1階のつくば市からの夫婦が
3月いっぱいで出て行くって言うから、
そこに入れば良い!!
今の、お前の部屋より、あっちの方が
広いからなぁ、一部屋分は!」。

真子は、ドキッとした。
顔が赤くなってるかも…!?
「赤ちゃん……」。
ちょっと恥ずかしい。

そんな真子の横で、義時が、
あぁ、と言う。
「あぁ、あの守塚池のムーン・ヴィレッジ
のこと。
へぇ、1階が空くんだぁ」。

確かに、あそこは良いかもしれない!
まだ、築浅だし……。
それに、公園や図書館も近いし、
スーパーも歩いて1,2分のところに
ある。
これからの真子との生活に、そして、
いつか生まれて来る子どもたちとの
生活に、今のアパートよりも、絶対に
良い……、環境も、立地も!!

あそこに、住まわせてくれるのか……。

でも、結婚したからには、家賃もちゃんと
払わないとな……。


義時は、瞬時に、このようなことを
考えていた。



で、そんな義時の前の助手席に座る定美が
声を出す。
「お父さん!良いわねぇ!!
そうだわぁ。
これから、家族も増えていくんだし、
あそこの方が、絶対に良いわね!
じゃあ、不動産屋さんに言って、3月以降も
そのお部屋は空けておいてもらうように
しないとね」。
義牧が、「うん、そうだぁ。あとで、
連絡しとかないとな」と、満足気に頷く。



で、真子は、素直に嬉しかったけど、
同時に、家賃のことが気になった。
義時に、声は出さずに、目で訴えた。
そして、口だけ動かす。
や・ち・ん!
義時が、あぁと、分かってくれた。





それで結局、新宿へ向かう車内で、
色々と話し合いがなされて、家賃は、
ちゃんと払うことに、決まった。
もう結婚して、家庭を築くんだし、
親の所有だからと言って、甘えるわけには
いかないから……。
でも、普通の人の、「半額でいいぞ!」と、
義牧が言い張ったので、そこは、甘えさせて
もらうことにした。



続けて、義牧は、結婚式の費用のことを、
義時と真子に訊いてきた。
「式にかかる金は、どうすんだ?」と。

もちろん、二人で、ちゃんと話していた。
結婚式も披露宴も……、と。
そんなに豪勢でなくても良いから、
しっかり両方とも、家族や友人を呼んで、
やろうと。
そして、ある程度のプランを立てながら、
予想金額も出して、二人で折半する、と
決めていた……。


真子は、隣に座る義時に目で合図して、
助手席の定美に向かって、言った。
「あの……。
義時さんと私の貯金も、それぞれ、
あります。
それで、費用は折半で払うことにして
います。
それに、そんなに派手な式や披露宴は、
考えていませんし……」。


すると、定美でなく、義牧が、二人の方を
一瞬振り向いて、言う。
「一生に一度の結婚式と披露宴なんだ!
ちゃんとした式場で、ちゃんとしたのを
やった方が、絶対に良い!!
父さんが、今回は、出してやるから。
お前たちの貯金は、式後の生活やら、
出産やらで、今後どんどん必要になって
くるから、あまり使わずに、とっとけば
良いんだよ」と。

義牧は、両親が他界していて、身よりは、
年金暮らし-だと勝手に考えている-
の大伯母しかいない真子を気遣って、
言ったのだった……。
「こんな若い子だから貯金だって、
そんなにないだろう。
それに、愛媛にいるおばさんも、
細々とやってるんだろうよ」と思って。
だが、真子に、その想いは、全く通じて
いない!




で、義時も真子も、思っていた。
「反対!家賃半額の件はありがたく
受けさせてもらうけど、この話は、
ノーサンキュー!」と。

「私たちの式なんだから、私たちの
お金で……!」と、真子は、思う。
それに、みどりちゃんが言ってたように、
お金も出すけど、口も出す、と言うような
ことになったらサイアクだ……!
自分たちの思うような式、披露宴に
ならなくなっちゃう!


頼もしい義時が、真子を見て、頷き、
言ってくれる。
「いや、そこまでは大丈夫よ!
アパートのことでも世話になるんだから
さ、式の金くらい自分達の貯金で、
ちゃんと払うよ!」。

だが、義牧も引かない。
「うん、その心意気は立派だ。
夫になる者、それ位じゃなき、妻や子ども
を養ってはいけん!
でもな、実際問題な、結婚した後の方が、
何かと金がかかるんだよ。
独身時代とは比べられないほどに、出費が
かさむんだ!
だからな、ここは……」。
義時は、反論しようと、口を開いた。
けど、そこに、定美が加わってきた。
そして、義時をたしなめる。
「あのねぇ、お父さんは、あなたたちの
ことを思って言ってくれてるのよ」。
「それは分かるけど……。
俺たちの式だからね?
全部、払ってもらうなんて、あり得ない!
ちゃんと、自分たちで払いたいんだよ」。
定美が、答える。
「もちろん、あなたたちも出すことは、
出すのよ。
えぇ、当然、出してもらうわ。
そうでしょ、お父さん?

でね、あなたたちは、出してあげたいって
言うお父さんの好意に、少しは甘えてあげれ
ば良いじゃない……。それが、親孝行よ。
それにねぇ、普通、結婚式は、親もお金を
出すものなの。
義治と美織さんの時だってね、向こうの
ご両親も私たちもお金を出した……」。
最後まで言わせず、義時が口を挟む。
「でも、ちゃんと、本人たちも払ったん
だろ?
さっきの言い方だと、今回は、俺たちは、
何も払わないで良いって感じに聞こえた
からさ!」。
定美が、義時の方を振り向いて、言う。
「そうよ。あの子たちの時は、あっちの
ご両親も出したし、うちも出したし、
義治も美織さんもちゃんと出したわ……。
でもねぇ、真子さんは、ご両親もいないん
だし……」。


途中でハッとし、口をつぐむ、定美。
義時も義牧も「あぁ!」と思った。
言わないでいいことを……!!

真子も、ドキッとした。
胸が痛んだ、一瞬。
「あぁ、そうなんだ。私を気遣ってくれて
いるんだ。申し訳ないなぁ。
でも、私だって、ちゃんとお金はあるし、
雪子おばさんだって、貧乏ってわけじゃ
ないのに!!」。
彼の両親の心遣いはありがたい、けど、
その反面、何か腑に落ちない感じも
する。



車内の雰囲気が微妙なものに、なりかけた。
真子は、正直、居心地が悪くなった。
でも、その時、義牧が口を開いて、
喋り出した。
「いやな……。
真子さん、それに、義時、変に誤解せんで
くれ。
2人が立派な大人で、ちゃんと、生計を
立てているのも分かっている。
でもなぁ、同時に、親として、心配もある
んだよ、正直……。
今は、かなりの不景気だ。
これからも、どんどん、日本経済は落ちて
いく一方だろう…。
で、そんな中で結婚し、これから、家族も
増えて行く、お前たちにな、援助させて
もらいたいと思って、さっきは、あんな
言い方になったんだよ。
もちろん、2人の意思は尊重するし、2人が
ちゃんと出さないといけない、大人として
な。
でも、こちとらもな、ちょうど先月、株の
取引でかなり儲けたんだ。
だから、それをお前たちの式の一部に充てて
もらえれば……と、思うんだよ」。

義時も、真子も、何か温かなものを感じた。
ジーンと来る。
別に、悪くとらないで良かったんだ。

真子が、前に座る2人に言う。
「ありがとうございます。
お心遣い、本当に嬉しいです。
でも、私たち、もう予想額の計算も
していて、ちゃんと自分達で払える範囲内
でって、計画もしているんです……」
「そうなの。でもね……」と、定美が
言い、そして黙る。


しばらく、車内を、沈黙が覆った。
義時も真子も、黙って考えていた。
義牧も定美も同じ。
みんな、真剣に、式や披露宴の予算のことを
考えている。
そして、それぞれ、引けない立場もある。











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登場人物紹介


奥中(おくなか) 真子(まこ)のちに(養子縁組により)(やぎ)(ぬま) 真子のちに(結婚により)栄真子




 本書の主人公。小学校3年生のあの日 、学校のクラスメートや上級生、下級生の見ている前で、屈辱的な体験をしてしまう。その後不登校に。その記憶に苛まれながら過ごすことになる。青春時代は、母の想像を絶する黒歴史、苦悩を引継いでしまうことなる、悲しみ多き女性である。





(あし)() みどり



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメートであり、大親友。



しかし、小学校3年生のあの日 、学校の廊下を走る真子の足止めをし、真子が屈辱的な体験を味わうきっかけをつくってしまう。



その後、真子との関係は断絶する。










(よし)(とき)



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメート。葦田みどりの幼馴染。



小学校3年生のあの日 、学校の廊下で真子に屈辱的な体験をさせる張本人。











奥中(おくなか) 峯子(みねこ)



本書の主人公、真子の母。スーパーや郵便局で働きながら、女手ひとつで真子を育てる。誰にも言えない悲しみと痛みの歴史がある。








雪子(ゆきこ)



本書の主人公、真子の大伯母であり、真子の母奥中峯子の伯母。


愛媛県松山市在住。







銀髪で左目に眼帯をした男



本書の主人公、真子が学校の廊下で屈辱的な体験をするあの日 、真子たちの



住む町で交通事故死した身元不明の謎の男性。



所持品は腕時計、小銭、数枚の写真。










定美(さだみ)(通称『サダミン』)



本書の主人公、真子が初めて就職したスーパーの先輩。



優しく、世話好き。



だが、真子は「ウザ」と言うあだ名をつける。









不動刑事



本書の主人公、真子が身の危険を感じ、警察署に駆け込んだ際に、対応してくれた女刑事。



正義感に溢れ、真面目で、これと決めたら周囲を気にせず駆け抜けるタイプである。



あだ名は、『不動産』。警視庁阿佐ヶ谷中央警察署生活安全課巡査部長。
















平戸



本書の主人公、真子につきまとう男。



また、真子の母の人生にも大きく関わっていた。






愛川のり子



子役モデル出身の国民的大女優。



〔あいのん〕の愛称で、幅広い世代から人気。



映画、テレビ、雑誌などで大活躍中。







石出(いしで) 生男(いくお)



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメートであり、幼馴染。小学校3年生のあの日 、真子を裏切る。




(やぎ)(ぬま) 真子のちに(結婚により)(さかえ) 真子



 本書の主人公。旧姓は、奥中。



小学校3年生の時、学校中の見ている前で屈辱的体験をし、不登校に。



その後は、まさに人生は転落、夜の世界へと流れていく。



だが、22歳の時小学時代の同級生二人と再会し、和解。回復への一歩を歩みだす。

(さかえ)(よし)(とき)



本書の主人公、真子が小学校3年生の時、屈辱的体験をさせた張本人。



そして、真子が22歳の時、男に追われているところを助けた人物でもある。



その後、真子の人生に大きく関わり、味方、何より人生の伴侶となる。

柳沼雪子



本書の主人公、真子の大伯母。養子縁組により、真子の母となる。



夫は眼科医であったが、すでに他界。愛媛県松山市で一人暮らしをする愛の女性である。

定美(さだみ)(通称・『サダミン』)



本書の主人公、真子が大事にしているキーホルダーをプレゼントしてくれた女性。



真子が川崎市を飛び出して来てから長いこと音信不通だったが、思いもしないきっかけで、真子と再会することになる。

不動みどり



本書の主人公、真子が小学校3年生の時、屈辱的体験をするきっかけを作ってしまう。



そして、真子が22歳の時、再会。つきまとい行為を続ける男から真子を助ける。



旧姓は、葦田。警視庁阿佐ヶ谷中央警察署生活安全課・巡査部長。

都和(とわ)



明慈大学理工学部で学んでいた女性。DVによる妊娠、恋人の自殺、大学中退……と、真子のように転落人生を歩みかけるが、寸前を真子に助けられる。

愛川のり子



〔あいのん〕の愛称で、幅広い世代から人気。



映画、テレビ、雑誌、海外でのドラマ出演など活躍の場を広げる国民的大女優である一方、息子の『いじめ報道』に心を痛め、また後悔する母親。



本名は、哀川憲子。

()(おり)



結婚した真子の義姉となる女性。



真子との初対面時は、性格上、真子を嫌っていたが、



後には、真子と大の仲良し、何でも言い合える仲になる。



名家の出身。



 

石出(いしで) 生男(いくお)



本書の主人公、真子を裏切った人物。



真子が小学時代の同級生二人と再会し、和解した夜に自殺。



第二巻では、彼の娘の名前が明かされる。

新名 志与


旧姓、長谷島。

第一章では、主人公に、『しーちゃん』と呼ばれている。

夜の世界で働いていた真子にとって、唯一の親友と

呼べる存在、姉的存在だった…。


ある出来事をきっかけに、真子と再会する(第二章)


小羽


 真子の中学生時代(奈良校)の同級生だったが…。


第二章で登場する時には、医療従事者になっている。

居村


 義時と真子が結婚式を挙げるホテルの担当者。

ブライダル事業部所属、入社3年目の若手。

 

真子曰く、未婚、彼氏募集中。

不動刑事


主人公の親友である不動みどりの夫。


石出生男の自殺現場に出動した刑事課員の1人。



最愛の妻、同じ署に勤務する警官のみどりが、

自分に隠れ、長年自宅に『クスリ』を保管、しかも、

所持だけではなく、使用していた事実を知った

彼は……。

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