第十五章 ㉖
文字数 2,115文字
第六章④、⑤と
時間枠が一致するので、
交互に読まれることをすすめる。
ただし、第六章については、
性犯罪の描写が含まれます)
あの夜、私が、横になりながら考えて
いたこと……。
人によっては、「単なるお節介だ」、
「そこまで、第三者が介入するべきじゃ
ないよ!」というレベルのことだった
かもしれません…。
いえ、そうだったのです。
今、思い直すと、その通りです。
でも、私は、「助けてあげたい」と、
本気で考えていました。
普通なら、介入しないでしょう。
また、「中絶しなさい」とアドバイス
する人もいるでしょう。
だけど、私は、助けたかった。
それに、そのように考えることができた
あの夜の私を、私は褒めてあげたいです。
「良くやったね!」と。
彼女に……、都和ちゃんに必要だった
のは、日本人特有の『そっと見』でも
なく、「一人で産んで、育てるのは到底
無理よ。病院行きなさい……」と言う
ような第三者の意見なんかでもなかった
のです!
必要だったのは、実際的な助け。
そう、誰か一人でも良いから、手を
差し出してあげること……。
私は、そんな人になりたかった。
そして、実際、結論から言えば、
その『一人の人』になることが、できた
のですが……。
あの夜、目をつむりながら考えたんです。
私と、母のこと。
そして、顔も知らず、どんな子なのかも
よくは分からないけど、切実に困っている
ギリギリの崖っぷちにいる、都和ちゃんと
そのお腹の中の赤ちゃんのこと。
母も、ある夜、突然、見知らぬ男に目をつけ
られ、夜道を追いかけられ、ついに、その
クズ野郎の手に落ち、最後は、空地に連れ
込まれ、乱暴されました。
一度じゃなく、何度も何度も、見知らぬ
クソ野郎に、凌辱されます……。
そして、私を……、強姦魔の娘を妊娠
してしまう……。
それでも、母は、こんな私を産んで、
一人で育ててくれました。
スーパーで、郵便局で、必死に働いて。
それと、精神的にも肉体的にもダメに
なっていく私のために、一大決心して、
仕事を辞め、全然知り合いも何も
いない、全くの見知らぬ町に引っ越し
てもくれたのです。
母は、自分を犯し、さんざん弄んだクズで、
最低で、最悪なバカ野郎の娘……である
私のために、ここまでしてくれました。
そのおかげで、今、自分は生きている
ことができてるんだ……。
そう、思ったのです。あの夜。
そして、母と都和ちゃんが、完全に
重なりました……!!
母と同じ境遇の都和ちゃんも、母と全く
同じように、今、一人で、その自殺した
強姦野郎の赤ちゃんを産もうとしている
……。
そして、都和ちゃんは、苦しみながら
苦しみながら、産んであげるのでしょう、
一人の命を。
その、都和ちゃんが、何時の日か、
産んで、腕に抱くその赤ちゃん……。
つまり、都和ちゃんのお腹の中に生きる
尊い生命……、その赤ちゃんと私が
重なりました!
母と都和ちゃん。全く同じ境遇、同じ未来
をいこうとしています。
私と都和ちゃんのお腹の中の子。
同じ境遇、そして、同じ未来……のはず
です。
ちゃんと、都和ちゃんが、産んでさえくれ
たら……。
でも、ここで、最終困難があります。
今は、産みたいと願っていても……。
「このまま行けば、絶対に体を売るように
なる。もしかしたら、みどりちゃんが、
言ったように、もう、やってるかも……。
そうしたら最後には、絶対に、自暴自棄に
なって行って、最悪、流産か、もしくは、
違法に堕ろすかだな……」と、私は、冷静
に考えました。
酷な考え、分析だというのは分かります。
また、こしまちゃんとやよいちゃんには
聞かすわけには、いきません。
でも、これまでの経験、体験、見聞きした
事等から間違いないのです。
【あの世界】には、そんな……、つまり
都和ちゃんのような女性を食い尽くす
魔物が棲んでいるのです…。
それで、そうこうするうちに、寝息が
こっちからもあっちからも聞こえて
きました。
みんな……、みどりちゃんも、大学生
ペアも遂に寝落ちちゃったよう…。
しばらくして、私は、そっと、立ち上がり
ました。
一人で真剣に考え抜いて、決断したの
です。
思いました、その、立ち上がった時。
「顔を知ってるとか、血のつながりが
あるとか、そんなの、全然関係ない!」。
ただ、助け出したかった!!
このまま行けば、絶対に、堕ちると、
分かっていたからです。
それで、そうなったら、その、都和ちゃん
のお腹の中の赤ちゃん……、つまり、私と
同じような子も、死んでしまうのです。
生まれてこれずに、終わりです。
私よりも、不幸になってしまうのです。
生まれて来ることができれば、苦しい
ことはあるかもしれないけれど、
それでも、良いことだって絶対に、
いっぱいあるのです!
3人を起こさないように、そっと、
隣の隣の部屋に移動します。
そこにあるのは、金庫です。
中には、通帳がそろっているのです。
その部屋で……。
私は、金庫の前に、膝をつき、通帳の束を
取り出しました。
結婚式までは手を付けないでいるつもり
だったけど……。
そう呟きながら、両手で、私名義の通帳を
見つめます。
何か、ズッシリとした重みを感じます。
その私の両手には、都和ちゃんと、都和
ちゃんの赤ちゃんの『生命』が乗っかって
いる……、そのように見えました。
(著作権は、篠原元にあります)