第七章 継承 ~引き継がれる性被害の苦痛~ ①
文字数 3,217文字
切り捨ててからすぐ、雪子おばさんが、
奈良に戻ってきました。
雪子おばさんは相変わらず明るくて、
笑顔で、優しさに満ちていました。
でも、私は、前とは違った人間になって
しまっていました。
ただ一つ、私の願いは、平戸への復讐を
成し遂げること、それだけです。
でも、母の手紙でもあったように、もし、
雪子おばさんに、そんなこと気づかれたら、
絶対に止められるでしょうし、
説得されてしまうはずです。
私は、必死に頑張りました。
死に物狂いの演技をしました。
母の突然の死で悲しみに暮れている、
また、一方で悲しみを押し隠して、
新しい地での高校生活のために
必死に準備する健気な中学生を演じました。
「あの手紙の存在は、
一生私の胸にしまっておく」と、
決めていました。
母は、確かに、雪子おばさんあてに
書いていましたが、結局、勇気を
出し切れずに送れなかったのでしょう。
それで、良かったのですが、私に
とっても……。
なぜなら、あの手紙には、私が誰にも
知られたくない、この私の出生の秘密が、
書かれていたのですから!
あの手紙が雪子おばさんに読まれてたら、
雪子おばさんは、母亡きあと、私の世話を
してくれたのかな……とも考えました。
「普通に考えたら、それは、
あり得ないな……」と思いました。
自分の姪の娘は、なんと『汚れた強姦犯の
娘』だったのですから!
普通の人なら、そんな恐ろしい子どもから
すぐに手を引くでしょう。
自分の姪を犯して、妊娠させた、凶悪犯の
血が流れるような子どもの世話なんて、
誰もしたくないはずです。
私は、自分が変わってしまったことを、
雪子おばさんに悟られまいと、
必死の努力、演技を続けました、奈良で。
母を亡くしたことの悲しみをこらえ、
明るく振舞っている女子中学生を演じ、
そして、夜には、暗くした部屋で、画面に
向かっていました。
とにかく、使えそうな情報は皆無でしたが、
考えられる限りのワードを打ち込んで、
平戸のことを調べ続けました。
結果は、芳しくありませんでしたがけど。
雪子おばさんの前で、演技するのは、
ある意味大変でしたが、徐々に慣れました。
良心の呵責も少しずつ薄くなって、
いきました。
それが、当たり前になっていくのです、
演技することが……。
何か、自分ではない、『ヤバイ何者』かが
自分の中にいるようでした…。
私の卒業式の日……。
桜が、満開でした。
正直、「卒業式なんてどうでも良いのに。
そんな時間があれば、平戸のことを
調べていたいわ」と内心思っていましたが、
雪子おばさんや下野先生の手前、卒業式に
出ないわけにはいきません。
ここで、卒業式を蹴って、怪しまれて、
計画がとん挫するようなことになったら
元も子もありませんから。
私は、雪子おばさんと卒業式の日、
学校に向かいました。
中学の正門を通る時、一瞬思いました。
「あぁ。お母さんと一緒に今日を
迎えることができていればな」と。
すぐに、その思いを打ち消しましたが、
仮にそうだったら、私は心晴れやかに、
式場である体育館に向かい、
グランドスタッフへの道を目指して、
希望に燃え、学校を後にしていたこと
でしょう。
卒業式では、多くの女子がすすり泣き、
また、いつもクソな男子たちさえも
涙ぐんでいました。
「仰げば尊し……」と歌いながら、みんなが
泣いています。
けれど、私は、少しも泣けませんでした。
後に、実行する復讐のことで頭が、
いっぱいだったからです。
校長の下野先生の話しも全然耳に入って
来ません。
柳沼真子の名で、卒業証書を受け取った時
も、何の感動もありません。
心に余裕、感動、喜びや平安がないのです!
だって、今後の私の人生は、血に染まった
ものになるのが確定済みですから……。
式後、みんなが笑顔で語り合い、別れを
惜しみ合っています。
私は、「こんな平和な風景も今日が
最後だな」と、体育館の中を見渡しました。
もう自分の中では、松山での
高校進学の線は、消えていましたから…。
近くで、クラスの人気者、井木がみんなに
囲まれていました。
男子からはサインを、後輩女子からは、
ボタンをねだられています。
野球部のキャプテン。
勉強も出来て、イケメン。
全学年の女子の憧れの的。
「井木君の笑顔って最高だよねぇ」とか
「井木先輩の笑顔見るだけで癒されるぅ」
と、よく廊下で耳にしました。
でも、私には、その笑顔が、どこか、
偽物ぽく見えていました。
何か引っかかるところが、あったのです、
ヤツに対しては……。
そんな私ですが、「小羽ちゃんには、
最後ぐらい何か話したいな」と、
ずっと思っていました。
でも、やっぱり、小羽ちゃんの周りには
女子がいっぱいです。
1年や2年の女子達の憧れの的、
小羽ちゃん。
誰にも優しくて、生徒会の副会長。
勉強も出来る。全校でトップの成績!!
でも、それを誇ることなく、いつも
ニコニコしていて、誰もが近寄りたくなる
雰囲気と人柄。
私は、遠くから、小羽ちゃんに見とれて
しまっていました。
少し涙ぐみながら、後輩達としゃべる
彼女の横顔が女子の私から見ても、
キレイでした。
一瞬、「羨ましいなぁ」と思いました。
私にないものを、小羽ちゃんは、
全部持っているように見えたのです。
…いつだったか、理科の授業で、
たまたま彼女と二人一組の『班』に
なったことがありました。
確か、先生の指示で、だったはずです……。
人気者の彼女と一緒になってしまった
ので、焦りました。
だって、女子達からの妬みの視線を感じる
からです。
でも、彼女と一緒になれたのが、正直、
嬉しかった。
その時のことを今でも思い出します……。
そう、急に小羽ちゃんが、
「奥中さん。将来の夢って何?」と、
訊いてきたのです。
あまり話したこともない、クラスの
人気者から話しかけられた私は、驚いて、
すぐには答えられませんでした。
状況が判断しきれなかったとも言えます。
「えっ?」と聞きなおす私に、
小羽ちゃんはニッと笑って、
「私は看護師になりたいんだ」と教えて
くれました。
続けて、小羽ちゃんは、
「お祖母ちゃんが、病院で働いてるの。
だからね、お祖母ちゃんと同じように、
たくさんの人を助けてあげられる、
ナースになるんだ!」とも説明して
くれました。
キラキラ輝く目で語る小羽ちゃんに、
私を見とれてしまいました。
そして、私も、それまで誰にも学校では、
しゃべったことのなかった将来の夢
『グランドスタッフ』について語って
いました、気づいたら……。
小羽ちゃんは真剣に、うんうんと聞いて
くれました。笑わずに、少しも
バカにせずに。
私は、そのことが嬉しかったのです、本当に。
私も小羽ちゃんもすぐに意気投合して、
授業そっちのけで、お互いの夢について
語り合っていました。
そして、理科の先生に見つかり、大目玉を
喰らいました……。
あれは、本当に良い想い出、笑いが、
こみ上げてくるような青春の思い出です。
でもあの日以降は、小羽ちゃんと親しく
話したり、遊んだりすることは
ありませんでした。
彼女は、クラスの女子、いいえ、女子全員
の憧れでしたから、なかなか私が近寄れる
チャンスがなかったのです。
声をかけたかったけれど、いつも周りに
誰かいて、私は声をかけることが、
できませんでした。
そうだ。小羽ちゃんと言えば、
3年生最後の週の体育館でのこと、
を思い出します。
私たち3年は、ある日の4時限目に、
突然体育館に集められました。
何が始まるのかなと思いました。
みんな、訝しがっています。
そこに、下野先生が、背が高くてスラッと
した女性と入ってきました。
そして、騒がしくしてる3年生に向かって、
大声で言いました。
「あぁ、みんな、静かに!!今日は、卒業を
前に、大事な話を聞いてもらいたいんで、
集まってもらった!
こちらは、県警本部の生活安全部から
来られた板野刑事さんだ」と。
3年生全員が、その刑事の女性に、
注目します、特に男子。
周りの男子生徒たちが、「超美人だな!」
とか「胸、デカくね?」と言っている
のが聞こえましたが、私は、無視しました。
(著作権は、篠原元にあります)