第十七章 ㊺
文字数 2,974文字
すぐ、右隣の座敷席は高齢の女性4人。
左隣は、若い―自分達と同じくらいの―
女性3人。
多分、どっかの仲良しOL3人組が
一緒になって有休をとって、食べに来たん
だろうなぁ……と、義時は、彼女たちの
方を見たりしながら、考えた。
まぁ、露骨に見てるとアレだから
品書きを見てるフリしながらチラッ
チラッと……。
1人、超・美形の子がいる!
そりゃあ、もう、「この子、実は、アイドル
なんです!」って紹介されても不思議じゃ
ないレベルの……。
しかも、姿勢も良いし、髪もサラサラ…
………と、思ってると。
目の前からの強く、厳しく、そして、
軽蔑がこもった視線に気づいた。
奥さんだった……。
笑顔で、「決まった?
ちゃんと、品書きを見てる?」と、
訊いてくるけど、明らかに、目は笑って
いないし、自分が、彼女たちの方を見て
いたのに、気づかれてる、と瞬時に
分かる。
慌てて、「えっと、そうだなぁ、なかなか
決まらなくてさ……」と、言うけれど、
明らかに、自分でも、言い訳がへたくそ
だと思う。
案の定、妻からは、「ふ~ん」と冷めた
返事が。
信用されていない……。
まぁ、今回は、自分が100%悪いけれど。
で、必死に、絞る―何にするかを―。
だが、ここは、鰻の店だ。
どっちにしろ、彼女たちに気が
行ってなかったとしても、
「コレだっ!」という
メニューは見つからない……。
これは、本当に、言い訳でなく。
で、頭を悩ます。
どれにすればいいんだ……。
お手上げ状態に、さらに、追い打ちを
かけるように、妻の「はぁぁあ」という
ため息。
明らかに、「遅いなぁ!」という不満が
満ちた、ため息だ……。
それから、ボソッと、「男の人って、
キレイな人ばかり見るんだから……」と、
つぶやかれたけど。
何も言い返せなかった……。
2分が経ったと、思う。
とうとう、妻に、言われた。
「ねぇ!何してんの?!
まだ決まんないの?
早くしないと、出てくるのも、遅くなるん
だからね」と。
もうギブアップの状況だったし、
そもそも、並ぶ前に、言うべきだった。
ってか、最初から、旅行前に、そうだ、
出かける前に、こっちに確認しておいて
くれれば良かったんだ。
義時は、こっちも、ちょっとキレかけ
ながら言う。
「いやさ、俺、鰻……。
ダメなんだよね」
真子は、驚愕した…。
「この人、本当に、日本人!?」
日本人で、鰻が食べれない人、いるの
!!!???
あんなに美味しいのに!
しかも、高級で、なかなか、食べられない
って言うのに……!?
一瞬、考える。
「今の、聞き間違えかな?」
改めて、結婚相手に確認してみた。
すると、真面目な表情で、彼は、
「鰻が食べれない」と、返してきた。
聞き間違えじゃなかったんだ……。
まさに、冷水をぶっかけられたような
気分だ。
え~ッ!?
と、絶叫したくなる。
周りのお客さんや、店員さんがいなければ。
もう、正直、「何なの?!」と、思った。
コーヒーがダメ。
あの美味しい、黄粉もダメ。
それから、辛いものは、ほとんどダメ。
それは、知ってた。
結婚前に、教えてもらったり、何らかの
状況で、明らかになったりして……。
でも!!
鰻のことは、聞いてなかった!
極めつけ、さらに、言ってくる。
「俺さ、子どものころから、鰻と穴子と
あとサーモンと……。そうだ、それから、
鯵と鰯と秋刀魚とか、ダメでさ。
だから、うな重も、鰻や穴子の蒲焼も、
あと、サーモンとか秋刀魚、鰯、鯵とかの
寿司も食べれないんだよね、ずっと」
正直。
真子は、呆れた。
はぁぁあと、大声で叫びたい!
鰻屋の中心で……!!!
でも、それは、さすがに迷惑だから、
堪える。
思う。「あんたさぁ、どこまで、好き嫌い
多いの!?
国外旅行ダメ!
コーヒーも紅茶もダメ!!
それで、今度は、ここに来て、鰻がダメぇ!?
それだけじゃなく、ここで、嫌いなネタの
羅列かよ……!!」
正直、拳が震えるのを、必死に抑えた。
もう口のすぐ先まで出かけた、
「オイ、お前、魚に謝れよッ!!」と。
こちとら、今さっき、『嫌いな魚』
として羅列された寿司ネタが、大の大の
好物なんだど!?
ケンカ売ってんの……と、思った。
でも、目下の問題は、彼の好き嫌いを
矯正することではない。
そう、ここまで、やっとこぎつけて、
最高の座敷席に案内してもらえたん
だから!
とにかく、彼が食べれるものはないの!?
ってか、もう、この際、わがまま言って
いないで、鰻を食べなさい!
真子は、義時が持ってた品書きを半ば
奪う感じで、取って……。
目を高速で運動させる。
まさか、こんなことするとは思っても
いなかった、新婚旅行の食事先で…。
つい、口から出てしまう。
「はぁ。
……最初から、そういう大事なこと
言っといてくれたらなぁ。
ってか、好き嫌い多すぎ……」
妻の小言にぴくッとする、義時。
そもそも、勝手に進めすぎだろ、この
女……。
言い返してしまう。
「いやサ……。普通、こういう旅行に
来るならさ、何がダメで食べれないのか
ってさ、確認してくるもんじゃないの?
色々、スケジュールを組む方がさ!」
メチャクチャ、ムッとする。
当然だ。
こっちは、寝る時間も惜しんで、今回の
新婚旅行のために、予定表を作ったり、
予約したり、下調べとかしてやったのに。
なのに、なんていう、言い分!!
新婚カップルの座敷席に冷たい雰囲気が
漂う。
2人の視線が、熱く、交差する。
臨戦モード、手前だ。
すぐに、隣の、若い社会人女性たちが
気づいた。
異様な雰囲気に。
「あれ?カップル、喧嘩かな……」と。
正直、自分たちは彼氏いなくて、女友達と
出かけるしかない……、だから、「彼氏、
いて良いなぁ」と、真子を見ながら思って
たから、ちょっと、いい気味……。
って言うより、期待。
「このあとどうなんの!?」と。
まぁ、若い女性達は、好奇心旺盛だ。
それに、話のネタにもなるし……。
隣の若い女性達の関心を集めているとは
露とも知らずに、義時と真子は、しばらく
無言で、睨み合ってたけど。
ちょうど、良いタイミングで、さっきの
店員がやってきた。
「お決まりでしょうか?」と。
ハッとした。
そうだ、今、ここで喧嘩とかしてる
場合じゃない。
それに、新婚旅行じゃない…!!
真子は、「ちょっと待ってください。
すぐに、決めて、呼びます」と答えて、
店員にさがってもらった。
そして、小声で、言う。
「ゴメン……。
確かに、確認不足だったかも。
何か、食べれんの、さがそ」と。
そう言うと、彼も、柔らかな表情になった。
「あぁ。ありがとう。
まぁ、こっちも、もっと色々聞いたり、
こっちの要望も言っておけば良かったし…。
だから、ゴメン」
すぐに―これは新婚だからか?―仲直り
できた。
隣のOL3人組は、『修羅場的(?)』な
ものを、ちょっと―いや、かなり―期待して
たから、残念だったけど。
まぁ、それを、2人は、知らない。
で、新婚の2人は、なんとか、見つけた!
義時が、食べれそうなのを。
白米セット―白米の丼とお味噌汁と漬物―、
それから、自家製だし巻き卵。
あとは、本当は、お子様用なんだろうけれど、
ポテトフライと唐揚げのセット。
実際、よく見たら、お子様メニューになって
たし、注文の時、怪訝な顔を若い子が
したのだけれど……。
まぁ、何とか注文はできたので、
事なきを得た。
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