第十一章 ②
文字数 3,952文字
くれました……、安堵。
でも、まだ、署長が……。
当然、署長や副署長にも報告はいっている
のです。
そして、何よりも、警察官として怖いのは、
本庁の警務部の監察でした。
しばらくは、署長からの呼び出しが、
いつ来るか、いつ来るか、緊張の日々で
した。それと、監察官がいつ来るか…。
でも、結果的に言うと、
私の、公務執行妨害や道交法違反、その他
の各事案は、全てです……、驚くことに、
『不問』、『お咎めなし』に、なったの
です!!
私は、処分を受ける可能性を認識しながら
まこちゃんの件に、独断で、あたって
いました、上に報告もせずに……。
そして、あの木曜日、署の前で、
警察官の自転車を現職警官が奪うという
事件を起こしてしまった……。
それだけでなく、数々の道交法違反も…。
「監察のモンだな、絶対」と自分でも、
思っていました。
それなのに、何の処分もナシ……?
喜びより、驚きや疑問の方が大きかった
です。
「不動産!今回の件、署長からの処分は
ナシだとよ!だから、制服着てPB戻り
はナシだとさ。で、署長が取り計らって
くれたようで、監察もナシだとよ!」
と生安課長から通達された時……。
そう、まるで、夢を見ているかのように
思えました。
「信じられない!」、それが正直な
気持ちでした。
後で分かったことですが、生安課長や
水口係長が、随分と署長や副署長に、
とりなしてくれたようです。
それと、被害を訴えていた柳沼真子を、
無事に保護し、つきまとい等を続けて
いた男も警告を出す前に確保、
ニンドウ、厳重に注意し、
「今後一切柳沼真子さんに近づきません」
と言う念書を取れたことが、上に評価
されたのです。
そして……、署長からも……。
そうです。あれは、生安課長から、
「お咎めなしに、決まった」と
伝えられた日の翌朝でした。
私は署長室に行け、との指示を受け
ました……課長から。
何……?!
署長室に1人で行けなんて、初めてです。
こっちは一介の刑事。
署長は雲の上の存在!
すぐに、鞄の中から大急ぎでポーチを
取り出し、鏡をチェック&口紅。
そして、課長に急かされ、1階に降り
ました。
1階の警務課員に、その旨伝えると、
署長室の方を示されます。
署長室に向って歩を進めながら……。
自分の心臓の音が聞こえます。
緊張、ドキドキ、やっぱり処分…?
すぐに、署長室の扉の前についてしまい
ます。
逃げるわけにいかないので、スッと息を
吐き、扉をコンコンと。
そして、叫びます、直立不動で…‥、
多少周囲の警務課員の目が気になります
が、もうどうにでもなれ!
「失礼いたしますッ!!せ、生活安全課、
不動巡査部長であります!」。
自分の声が震えているのが分かります。
すぐに、署長室の中から、
「あぁ、どうぞ」と、雲の上の存在の
声が。
私は、署長室で、署長と対面しました。
署長との一対一なんて、本当に、
初めてです。
署長が、「ここに座って」と、ソファー
を示してくれたので、私は、
署長の真ん前に座ることに……。
高級な、座り心地の良いソファーですが、
緊張でそれどころじゃない……!
一介の刑事と署長……。緊張しない方が、
どうにかしてます。
署長は、私を座らせた後も、何かの書類を
ジッと読み込んでいます。
……無音の空間。
ハッキリ言って居心地が悪い、今すぐ、
逃げたいけど、そんなの絶対ムリ!!
考えてしまいます。
「何!?……もしかして!やっぱり、
PB行って来いって言われる?
それとも、監察が来てる……?」
あの時間の長かったこと!!
やっと、何かの書類を読み終えた署長。
書類をパッと置き、おもむろに口を開き
ます。
「えっと……。生活安全課の不動巡査
部長だね……。あの刑事課の不動君と、
結婚した……」
緊張MAXだった私は、自然とですが、
バッと立ち上がってしまいました。
そして、直立不動で、答え……叫んで
いました。
「その通りであります!
生活安全課、不動であります!
この度は、まことに、申し訳ありません
でしたッ!!」。
目をつぶってジッと最敬礼を続ける私に、
署長が言ってくれました。
「まぁまぁ。不動巡査部長。
座って、座って」
顔を上げ、目を開けると、署長がフッと
笑って、さぁと言うようにソファーを
指し示してくれました……、初めて
見た署長の笑顔……。
ぼんやりと、ソファーに座ります。
それでも、まだ緊張でカチカチの私。
でも、署長は、柔和な笑みを浮かべながら
言ってくれたのです。
「不動巡査部長。
そんなに、緊張するな。
……って言っても無理だろうな。
さてと……。
今日、ここに、呼んだのはね、
例の商店街での事案とそれに関連する
一連の案件のことで、だ。
そっちの課長から聞いただろうけど、
『不問』が私の出した結論で、本庁の
方もそれで良しとのことだ……。
まぁ、多分、信じられないでいるだろう
と思って、このように呼び出した。
私から、直接伝えようと思ってね」
ここまで言って、署長が、私を、無言で、
見つめます。
どう反応したら良いんだろう……と困惑
していると、また、口を開いてくれ
ました。
「それにね、実際、君の働きで、一人の
一般市民の女性が助かったわけだ。
しかも、男の念書も取って、侮辱罪で、
いつでも、こっちは、あげれるんだと、
警告も出来たんだしな。
もう、その男も、何もしないだろう。
まぁ、そういう事もあるし、君の
地域課員への謝罪もちゃんと済んで
いることだから、処分ナシで結論付いた
わけだよ。
だからね、不動巡査部長。
君は、安心して、今まで通り、
生活安全課での職務に励んでくれ」
署長の話を聞いて、何か、急に安心感と
言うか、肩の荷が下りたと言うか……。
「本当に、お咎めなしで、この件、
終わったんだ」と、ホッとして、
つい、署長の前で、ポロっと涙を流して
しまいました。
すぐに、ポケットからハンカチを取り出し
拭い、そして、署長に、伝えました。
私の真の気持ちを……。
「署長……。
本当に申し訳ありませんでした。
色々とご迷惑をおかけしてしまい、
私なんかのために骨を折っていただき、
本当に、本当に、ありがとう
ございます!」
私は、署長に深く頭を下げました。
ノンキャリアだけど、ここまで
上り詰めた誠実なこの署長に、
これから、全力で恩返ししよう……、
と誓いました、心の中で。
そんな私の肩を、署長はポンッと叩いて
-地域課や生安課で体験してきた
嫌らしい(セクハラ的な)ものでなく、
励ましに満ちた叩き方で-、
「よしッ!話は、以上だ。
私は、これから、また書類の束との
闘いや、午後は区長や区の幹部級達
との意見交換やらだよ!
君も、より一層、管内の安全、住民の
平和のため全力を尽くしてくれ」と
言ってくれました。
私は、最敬礼をして、署長室を出ました。
さて、話をかなり戻させてもらいます。
そう、あの木曜日の、大町通商店街
でのこと、です。
平戸を地域課の巡査部長に任せて、
私は、まこちゃんのところに、
駆け戻りました。
まこちゃんは、本当に安堵している
ようでした。
……いや、私服警官の私や制服警官が
来たので、もう力が抜けているよう。
近づく私に、気づいた、まこちゃんは、
「不動刑事。私、助かったんです
よね?」と訊いてきました。
顔は、涙で、大変なこと……に。
化粧が……。
まぁ、同じ女として、口には、出し
ませんでしたけどね。
私は、認識しました。
「まこちゃん。私のこと、まだ気づいて
ないんだ……。当然か……」と。
「今、言おう」と決めます。
もしかしたら、私が、打ち明けたら、
顔を背けられるかもしれない、
または、露骨に嫌な顔をされるかも
しれない……。
でも、謝罪するなら、今なのだ、
みどり……!!
私は、自分を奮い立たせて、
まこちゃんの前に立ちました、無言で。
まこちゃんは、怪訝そうな顔で、
私を見上げてきます。
私は、意を決して、勇気を振り絞って、
口を開きました。
どうしても伝えなければならないこと、
どうしても言わなければならない
大切なことを、告げるために……。
私は、もう一度、警察手帳を出し、
まこちゃんに見せながら、
「阿佐ヶ谷中央警察の不動みどり……。
それでね……、私ね…。
まこちゃん、分かる?
あの、葦田みどりなの……。
小学校で同じクラスだった……」
まこちゃんに話しながら、感極まって、
言葉が詰まってしまいました。
10数年ぶりに、まこちゃんと、私は、
話しているのです!
言葉が出なくなって、涙を堪える私。
目が潤んで、まこちゃんが、見えない。
「えっ?嘘……?
あの、葦田みど……」と、まこちゃんが、
呟くのが聞こえました。
目を拭います。
まこちゃんを見てみます、おそるおそる。
まこちゃんも私をジッと見つめていま
した……。
私達二人は、しばし、無言で見つめ合い
ました。
まこちゃんの方が、先に口を開きました。
「本当に……、本当に、あの、
葦田みどりちゃんなの?」と。
声が、震えていました。
私は、大きく大きく、頷きました。
もう、声なんて、出ません。
感極まる……!!
その瞬間です!
まこちゃんが、私に抱き着いて
きてくれました。
「みどりちゃん!!
会いたかったぁ~!!
ずっとずっと、私、会いたかった
んだよッ!!!」。
まこちゃんの良い匂い。
私も、まこちゃんを抱きしめながら、
「まこちゃん!私もッ!」と叫んで
いました。
もう、離れたくない。
もう、離したくない!
もう、被害者には、絶対、しない!!
目から涙が溢れ流れます……。
私は、必死に、伝えました。
まこちゃんを抱きしめたまま…。
「まこちゃん、ゴメンねッ!!
あの日、学校で、私、まこちゃんを
助けるんじゃなくて……。
逆に、まこちゃんの邪魔して、
本当にゴメン!!
私……、あの後、まこちゃんに
怒られるのが、怖くて、ずっと、
まこちゃんの所に行けなかったの……。
本当に本当に、ごめんなさい!」
まこちゃんに抱き着いて、泣きながらの
告白…。
まこちゃんも泣きながら言ってくれ
ました……。
(著作権は、篠原元にあります)